
カナダではフェンタニルの蔓延が深刻な社会問題となっている。最新の統計によると、2024年までに年間約8,000人がオピオイド関連の過剰摂取で死亡しており、その多くがフェンタニルによるものとされている(出典:カナダ公衆衛生庁)。
特にブリティッシュ・コロンビア州では2023年だけで2,500人以上が過剰摂取で死亡し、州政府は公衆衛生上の緊急事態を宣言した。トロントなどの都市部でも路上でのフェンタニル使用が急増し、地元の法執行機関や医療機関が対応に追われているという。
フェンタニルの流通が拡大する背景には、いくつかの社会的要因が関係している。経済格差の拡大により、低所得者層の一部がホームレス化し、薬物依存に陥るケースが増加している。また、パンデミック以降のメンタルヘルス問題の悪化により、うつ病や不安障害を抱えた人々が処方薬の代わりに違法薬物へ手を伸ばす事例が増えている。
さらに、中国などからのフェンタニル前駆物質の密輸が依然として活発であり、カナダ国内での製造も指摘されている。
こうした状況を受けて、カナダ政府は違法薬物の供給網を断ち切るための新たな措置を発表した。2025年2月14日、メンタルヘルス・中毒対策担当大臣であるヤーラ・サックス氏は、フェンタニルなどの違法薬物の製造に使用される3つの前駆物質に対する追加規制についての協議を開始すると明らかにした。カナダ保健省(Health Canada)が主導するこの取り組みは、法執行機関の対策強化を目的としている(出典:Government of Canada takes further action to address fentanyl precursor chemicals)。
前駆物質の管理強化
カナダではすでに多くの前駆物質が厳しく規制されているが、さらなる取り締まりを目的に、今回の規制強化が進められる。また、現在カナダで市販されていない鎮静薬「カリソプロドール」についても、新たに規制対象とする方針が示された。サックス氏は「フェンタニルは我々の社会にとって大きな脅威であり、今回の措置は違法薬物市場への管理をさらに強化するものだ」と述べた。
カナダ保健省は、これらの物質が合法的な商業、産業、研究用途に使用されている可能性があることを認識しており、影響を受ける関係者からの意見を募る。今回の協議は、2月14日から24日まで「Canada Gazette, Part I」にて公開される。政府は3月1日までに緊急スケジュールを設定する意向だ。
国境管理強化と法執行支援
今回の措置は、カナダの国境管理計画とも連携している。カナダ保健省は「前駆物質リスク管理ユニット」を新設し、前駆物質の流通経路をより詳細に監視することで、法執行機関が迅速に対応できる体制を整える。公共安全大臣のデービッド・マギンティ氏は「フェンタニルの製造と流通を取り締まるために、すべての手段を講じる」と強調した。
また、政府は法執行機関の能力向上を目的に7,870万カナダドルを投じ、カナダ保健省のラボと規制能力を拡充する。新設される「カナダ薬物分析センター(CDAC)」では、違法薬物の分析を高度化し、薬物の成分特定だけでなく、製造地や流通経路の特定を行う。この情報は法執行機関と連携し、犯罪組織の摘発に活用される。
フェンタニル対策の新責任者
政府はフェンタニル対策を強化するため、ケビン・ブロッソー氏を「フェンタニル・ツァー(Fentanyl Czar)」に任命した。ブロッソー氏はカナダ王立騎馬警察(RCMP)で20年以上の経験を持ち、マニトバ州のトップ警官を務めた経歴を持つ。彼のリーダーシップのもと、カナダ国内でのフェンタニル製造と流通を徹底的に取り締まる方針だ。
カナダ・米国間の協力
カナダと米国は長年にわたり緊密な協力関係を築いており、両国間の国境管理強化に取り組んでいる。政府関係者は「国境での厳格な管理とともに、合法的な貿易と移動の円滑化も両立させる」と説明している。
政府は、今回の措置がフェンタニルの違法流通を減らし、カナダ国内の安全を確保するための重要なステップとなると強調している。協議の結果次第では、今後さらに厳格な規制が検討される可能性もある。