photoACより
GDP統計の計算手法やその根本的な問題点を解説し、日本が実質GDP大国である真実と、21世紀における企業社会の使命・挑戦を考察します。
第1回は以下からご覧になれます。
第2回 GDP(国内総生産)の根本的な不正確さの真実、実質GDP大国としての日本の素顔と挑戦課題
GDP統計計算の実態は?
GDP計算方式は経済学の入門知識とされ、考え方として3通りの計算手段があると教えられています。すなわち、 その1.民需(消費額+投資額)+政府支出+貿易収支(輸出額-輸入額) その2.雇用者報酬+当期利益+(間接税-補助金) その3.(産出)-(中間投入) これらは、支出面、分配面、生産面からの3通り計算で、いずれの計算でも同じ結果になるともされています。 しかしながらこの計算結果の詳細は経済学者にも一般にも公開されてはいません。とはいえ、常識的に考えても、一国の社会全体についてこれだけの数値を収集するのは大変な作業であることは推測がつくでしょう。 それを可能にしているのが、80年代までのテレビの視聴率調査のように、驚くほどの少数サンプリングで全体を推定する手法です。ビデオリサーチ社史にも公開されているように、1977年の視聴率日報開始時には、関東地区「300」世帯のデータで全番組の視聴率が算出されていました。こちらは2024年現在では全国10,700世帯 (ビデオリサーチ社) に拡大されているようですが、GDP調査に関してはそのあたりは明確にはされていません。 この統計に関して最も公開度が高いのは米国で、米国商務省経済分析局では、分配面計算とされている全産業の社員報酬、法人税、当期利益の合計額を産業別に公開しています。(商務省・経済分析局:産業別国内総生産付加価値一覧 )しかしながら、日本社会では同様の公開データは見当たりません。その結果、産業別にどれだけの国内総生産が実現しているのかなどは一般には把握できません。 にもかかわらず、経済学者から一般ビジネスやメディア関係者まで、IMF(国際通貨基金)発表のGDP数値をいわば鵜呑みにしています。最近では、その順位データのみに基づいて、日本経済に警鐘を鳴らす研究者まで出現しています。
GDP統計の根本的な不正確さ
しかしながら、GDP統計については、その計算過程の不明朗さだけでなく、その計算方式そのものに根本的な偏向、あるいは不公平さがあります。それが、貯蓄増分額の不算入、ドルベース換算、インフレ影響の過小評価 、の三点です。にもかかわらず、経済研究者もビジネス関係者もまるでこれらが視野の外にあるかのごとく無視、あるいは、見逃しています。
貯蓄増分額の不算入
まず日本のGDPを計算する上で、最も欠落しているのが、貯蓄増分額の不算入です。IMFデータは、グローバル標準として米国社会を基準としているからかもしれませんが、「国民は収入報酬をすべて消費か投資に回す」という考え方は、日本社会には当てはまりません。日本家計の預貯金総額は2023年現在1100兆円を超えています。(日銀「資金循環統計」、岡三証券HP) また、日本企業も、株主第一主義信奉の欧米企業とは異なり、純資産を過去60年にわたり持続的に蓄積し続けています。その規模は2023年現在で918兆円に上ります。(「法人企業統計」財務総合政策研究所) これらの預貯金や純資産は、企業が算出した合計価値の一部ですが、預貯金増分は当然、消費 (家計) には含まれませんし、純資産増分の利益剰余金増分以外も当然ながら、当期利益 (企業) には含まれません。預貯金文化が希薄な現代米国社会などでは、預貯金に相当する額はほぼ投資としてGDPに算入されますが、1100兆円の日本家計預貯金のほぼすべてと企業純資産918兆円の少なからぬ部分はGDP計算には算入されていないのです。ただし、この例外的なケースが該当するのは、巨大な預貯金文化のある日本のみですのでグローバル統計機関としては対応に躊躇しているかと思います。 しかし、国内産出価値合計というGDP定義に準拠すれば、日本のGDP計算式は、 その1.民需+「貯蓄(増分)」+政府支出+貿易収支 その2.雇用者報酬+当期利益+「Δ純資産-Δ利益剰余金」+(正味・法人税) その3.(産出)-(中間投入) であることで、実情を正確に示す数値になります。
ドルベース換算
GDP最終数値がすべてドル通貨に換算されることも、特に円ドル換算率が最近急速に下降している日本社会の実質GDP額を押し下げています。図1.が示すように、2015年からの10年間でもドル円為替レートは25%下降しています。2011年からでは85%も円安となっています。このドル換算方式による日本の実質GDPの割引率 (過小評価)のレベルは一般の推測などをはるかに超えているでしょう。 図1.円ドル為替レート
たとえば、2023年10月、ドイツのGDPが日本を超えたとのIMF発表がありましたが、円とユーロによる自国通貨ベース計算では日本とドイツの入れ替わりは生じていません。(図2、3)IMFもこの点は補足注記していますが、大部分のマスコミはこの事実ではなく、購読者の興味や関心を引く意外性のある内容の方を大々的に報道しているようです。 しかしその実状は、円ドル為替レート換算方式による幻影とでもいえるでしょう。図3.が示すように、日独のGDP格差は並行的に推移しているのみなのです。 図2.日独GDP推移(ドル建て)
図3.日独GDP推移(円・ユーロ建て)
インフレ影響の過小評価
多くの日本人にも必ずしも認知されていない事実ですが、先の図1.にも示したように、日本社会は1995年からほぼ30年間、ゼロ近傍金利社会です。この結果、図4.のG7の1995-2024年30年間のインフレーション推移統計が示すように、日本とG7諸国とはインフレーションに関しては全く異なる社会となっています。G7のインフレーション累積倍率は30年間で日本の「ほぼ倍」です。GDP数値もこの膨張率を含んで計算されていますから30年累積では日本の「ほぼ倍」にバブル膨張しています。 図4.G7 インフレーション指数 (IMF2024)
1995年以後の日銀ゼロ金利政策により出現した、30近くインフレがほぼ存在しないという世界でも極めてまれな社会では、インフレ期待や懸念もほとんど存在しません。一方でそれらが高い社会では預貯金の持続的成長などはありませんから、日本社会の1100兆円の預貯金額は、米国などインフレ期待と操作が常在する社会 (FRBはドル通貨発行ペース基準として年2%のインフレ率を前提)では、信じられない事実でしょう。 このゼロ金利30年の日本社会では、名目と実質のGDP乖離がほとんどありません。これに対して、日本以外の欧米社会ではインフレは常在していますから、実質GDPを計算する場合、科学的厳密さを追求すれば公開説明が困難なレベルの仮説計算が必要となりますが、それが実施されることはありません。(注1,2) 注1.例えば、米国商務省統計局もセントルイス連邦準備銀行の公開統計も、2024現在、実質GDP計算は2017年ドル基準としています。しかしその計算では2017年以前の名目GDP数値が実質数値となります。10年後に2024年ドル基準の実質GDPが計算される場合には、2024年以前の名目数値が実質GDPにすり替わります。 注2.また厳密な純粋科学計算では、米国GDPは1971年の金兌換停止以後の半世紀以上の期間の少なくとも2%のインフレ年率累積で割り引く必要があり、2024年の米国の実質GDPは、(1.02)の53乗=2.86倍の膨張率を割り引いて、名目値の約3分の1になります。 ユーロやポンド社会もドル為替レート維持のために同レベルのインフレ率を許容していますから、ドイツ、フランス、英国、イタリア、と日本のGDPを比較する場合には、厳密には、図4.に示した年率インフレ累積効果を排除した計算が必要です。現実にはそのような調整は適用されませんから、ここでも日本のGDP値は相対的に大きく割り引きされています。
実質GDP 大国としての日本の素顔
以上のGDP計算の三つの根本的な不正確さを直視すれば現実には日本は実質GDP大国であることがおわかりになるでしょう。では、実質GDP大国としての日本の素顔はどのようなものでしょうか?財務総合政策研究所の法人企業統計データから、その素顔が浮かびあがります。図5、6、7、8は、日本株式会社299万社、社員数4900万人(2023年現在)の、企業総生産、企業数、社員数、純資産、利益剰余金の1960-2023年推移の直接計測データです。
企業総生産の持続的成長
図5.に示すように、日本企業全体のGDPに相当する企業総生産は、1960年の5兆円から、1990年に205兆円、その後1997年以後の株主第一主義経営要求による人件費増加率の停滞期間はあるものの、2023年には328兆円を実現しています。90年からの34年間平均GDPは241兆円、年率1.1%、2.6兆円の成長です。 図5.日本企業299万社(2023)GDP成長(1960-2023)
純資産の歴史的保有高
さらに、図6が示すように、株主第一主義の米国型グローバル標準経営に100%同化した社会から見れば驚異的な伸張速度で日本企業の純資産が成長しています。1990年219兆円が34年間で918兆円。一方で同期間の利益剰余金の成長は127兆円から601兆円。これらの累積差分317兆円はGDPに追加算入されるべき数値です。 図6.日本企業299万社(2023) 純資産成長(1960-2023)
その年率追加分はどの程度でしょうか?図7.は、1961-2023年の純資産増分と利益剰余金増分の差額推移です。この62年間の差額平均値は約5.0兆円、1990年から2023年まででは6.8兆円です。同期間の企業総生産の年率増分の単純平均値が2.6兆円でしたから、その2.5倍以上の年率追加増分が存在しています。これは年率1.1%の成長率が3.5% となることを意味しています。図8.はこの企業総生産を実現している企業数と社員数、人件費合計の1960-2023推移です。 図7.純資産増分と利益剰余金増分との差額推移(1961-2023)
図8.日本株式会社の 企業数、社員数、人件費合計 (1960-2023)
図8.では人件費と社員数は1990年の経済バブル破裂後から停滞傾向を示していますが、2024-25年には、経済団体や労働団体から提起されている2年合計10%の人件費増が期待されます。2023年時点で900兆円超の純資産がそれを可能にしています。ただし、2026年以後は1980年代のインフレバブルを二度と繰り返さないために、日本株式会社の進化に応じた堅実な賃金アップルールが新たに必要となるでしょう。そしてこれが今後の日本株式会社の最重要な挑戦課題の一つともなります。
日本企業社会の21世紀使命と挑戦課題
日本経済高度成長の原動力を直視する
―なぜ米国製造業は衰退し一方で日本の高度経済成長は実現したか? では実質GDP大国の基盤である日本企業社会は21世紀に何を目指すべきか?2025年初頭現在その新たな進路を日本製鉄が見事なまでに強力に推進しています。80年代に一時的にもてはやされ、日本企業自身も勘違いした日本的経営の本質を、21世紀に改めて世界に普及する。日本企業社会が世界経済の持続的成長と雇用を推進し、それによってもたらされるグローバル社会全体の平和共存の実現に尽くす。 しかし、その道は決して簡単なものではないでしょう。二つの大きな障害があります。まず第一には、日本的経営とはいったい何か?さらには1960年代から80年代にかけてJapan as No.1を実現した日本的経営の原動力は何であったか?を日本企業社会自身もいまだに直視、納得できていないことです。次には、一方で米国の製造業衰退、「ラストベルト」を出現させた米国社会内部に起因する原因は何か?についても米国社会のみならず日本企業社会でも明確には把握できていないことです。 この日米社会の明暗を分けたそれぞれの原因は何であったか? これら両方について、戦後の日本製造業の品質管理技術発展の父とされるW.E.デミングの行動と発言が明確に解き明かしています。彼は著書“Profound Knowledge”で、「製造産業の進化には現場社員の思考力と創造力の育成進化が不可欠」と述べているのです。1950年代の日本での品質改良運動指導の30年後になって米国でも彼の存在が注目され、フォード自動車で同様の指導を求められました。その際に彼は品質改良運動の成功実現には「現場労働者を人間として尊重する経営が不可欠」と提起しています。しかしその条件は米国企業社会では21世紀の今日でも実現していません。 その最大原因は、第二次大戦後10-15年間の米国経済の歴史的な大繁栄と成長にあります。さらにいえば、その大繁栄をもたらした原因が労働者の人間的な育成進化を妨げています。米国経済の繁栄の原因、それは戦争遂行のための軍需産業の科学技術力と生産体制の急速な発展、そして他の先進諸国製造体制が完全破壊されたことで競合他社が存在しない圧倒的な米国製造業優位の時代環境、の二つに尽きます。 しかしながらその結果、完全に見落とされたのが、製造現場労働者の進化育成への投資でした。むしろ景気繁栄の分配を求める鉄鋼や自動車労連の賃金交渉圧力をいかに乗り切るかに経営意識が偏っていたといってよいでしょう。50年代に世界に先駆けて、「給与後払い」のための企業年金制度を導入したのが、当時世界最大の自動車メーカー、GM社であった事実がそれをものがたっています。 また米国社会特有の数え切れないほどの経営大学院(2023年認定約1000校)の存在もあります。これは米国企業における合理性追求意欲の証であると同時に、現場労働者の自立的な判断やボトムアップ起案力などに依存することなく、労働者を合理的な生産システム資源(Resouce)と認識し管理する経営意識の根強さを示しています。無数のビジネススクールがむしろ現場労働者の進化育成を後回しにする原因ともなりました。
戦後日本の中等教育の世界的卓越
一方で、終戦直後1950年代の日本企業の製造現場はなぜW.E.デミングの品質改善の統計理論と技術体系を受け入れることができたのか?それを可能にしたのは、卓越した中等教育により育成された人材の学習行動でした。(注) 当時の集団就職ブームで全国から投入された「金の卵」人材。彼らは文字通り輝ける金の卵でした。世界的にも突出したハイレベルの中等教育を受け、会社と社会に貢献する誠実さと勤勉さを備えた人材。彼らこそが池田内閣の掲げた高度経済成長政策を実現した最大の功労者でした。彼らがビジネススクールなども存在しない20世紀中盤の日本企業社会に高度な進化成長をもたらしています。そして、彼らの高い知性と意欲を活かす経営、それが日本型経営の本質でした。 注:日本の中等教育の世界的な卓越度を示す顕著な事例として、米国経営大学院の入学資格判定共通試験(GMAT)があります。必ずしも一般には知られていない事実ですが、この修士課程大学院の入学判定共通試験の50%を占める数学問題群は、日本の中等教育課程までの数学力で完全に対応できるのです。 しかしながら、20世紀中盤から後半かけての日本の高度経済成長を推進した高い知性と会社/社会への貢献意欲にあふれた労働力基盤は21世紀の今日、日本企業社会の断然の強みといえるほどに維持されているでしょうか?また、米国製造業の現場社員の学習行動力と会社/社会貢献意欲は20世紀からさらに衰退こそすれ、進化しているとは期待できそうもないのが現状でしょう。 これらの現実が、日本型経営の本質を米国社会に普及するための最大の障害、挑戦課題でもあります。ではどうすべきか?
「人間社会の未来のために何ができるか」を追求する会社経営
最近になって、日本企業では過去2-30年以上にわたる認証データ不正処理が明るみになっています。また様々なハラスメント事象も指摘されています。これらは現代日本企業が決して見逃してはならない一面です。このような現代日本企業が衰退に向かうことなく、未来社会を拓く持続的な成長を実現することができるのでしょうか? 誰も未来を保証することなどできません。しかしそのような日本企業の現状の一面のみから、明るい見通しを諦める必要は全くないでしょう。まずは現在まで四半世紀もの長期間にわたり潜在し慣習化した負の面が表面化した事実そのものを前向きに捉えることです。日本株式会社が抱えてきた部分的な病巣、患部の治療が始まっているのですから。 次には、グローバルビジネス環境が「社会のために何ができるか!」を追求し始めている事実。かつての日本的経営が追求した方向をグローバル社会全体が目指し始めている。その事実を直視することです。国連提唱のSDGsがまさにそれを象徴しています。地球環境と人間社会の未来を開くために社会全体のボトムアップ行動を促す提起。まさに20世紀中盤の日本企業社会に浸透したQC(品質改善)活動、「社員の社会貢献意欲と学習創造行動を推進する全社的活動」、が地球規模の環境と資源の保全、育成、リサイクルという、より大きなテーマでグローバル社会に広がりつつあるのです。 そしてこれが社員の人間としての尊厳と誇りの源泉、社会貢献意欲と学習創造行動、を高める土壌となっています。日本型経営の本質が21世紀の今再び力強くグローバル社会全体からも求められているのです。米国ラストベルト地帯を進化させるためには、まさにこの再び世界的に求められつつある日本型経営の本質を移植することでしょう。 ただしもはや日本型経営の移植!などと提起すべきでもないでしょう。振り返れば、20世紀の日本型経営は、人間社会の未来を拓く社会的運動の先駆け事例であったともいえるからです。日本企業が欧米企業はじめグローバル社会のすべての企業とともに人間社会の未来を開く経営を追求する。この先頭を走る日本製鉄では、あるいはすでにそのような方針も準備されつつあるかとも思います。それが21世紀に日本企業社会が追求すべき最重要な使命であり挑戦課題でもあるでしょう。 なお、20世紀型の自己利益のみを追求する企業経営から、人間社会と地球環境の未来を拓く企業経営への進化を追求することは、社会的にも、個人の無限の自由を追求する弱肉強食の矛盾に満ちた「自己中心の利己主義」から、「社会全体に尽くすことで自己としての存在意義を確立し進化成長するー新たな利己主義」へと進化するということでしょう。そのためには会社の組織制度もこの新たな価値観転換を推進する必要があります。 そのための重大な挑戦課題の一つが賃金報酬ルールの進化でしょう。まず日本企業は80年代バブルを繰り返さないためにも、欧米諸国企業の「インフレーションを前提としこれに相応した賃金上昇制度」 を導入することは厳に避けなければなりません。ではどうすべきか?その原則は、通貨価値バブルやそれにともなう物価上昇などではなく、「社員と組織のリスキリング実践度と社会・自然環境への貢献成果」に基づく「人間的進化」を基準とする報酬体系でしょう。これについては今後の多様な議論と創意工夫が期待されます。
大中忠夫 株式会社グローバル・マネジメント・ネットワークス代表取締役 (2004~)、CoachSource LLP Executive Coach (2004~) 三菱商事株式会社 (1975-91)、GE メディカルシステムズ (1991-94)、PwCコンサルタントLLPディレクター (1994-2001)、ヒューイットアソシエイツLLP日本法人代表取締役 (2001-03)、名古屋商科大学大学院教授 (2009-21)