最近の経済現象をゆる~やかに切り、「通説」をナナメに読み説く連載の第15回!イマドキのビジネスはだいたいそんなかんじだ‼
日本のピッチャーの平均球速は、12年間で6.4km/h上がっている
2020年:0.19、2021年:0.257、2022年:0.273、2023年:0.304、 2024年:0.316。
グーグルの最新AI、ジェミニ君に尋ねると出てくる数字だ。何の数字かというと、かのSHOHEI OTANIのレギュラーシーズンの打率である。見ての通り、右肩上がりだ。もっとも20年の0.19はコロナ禍での無観客・60日間の短縮リーグで、多くのメジャーリーガーが数字を落としている。
21年も最終的に入場制限は外されているが、7月まではワクチン普及と比例して段階的に入場制限を外していくスタイルだったため、試合数は十分だが選手のコンディションは十分ではなかった。
にしてもである。着実に数字を上げていくのは、さすがOTANI-SANである。さすがなのは大谷さんだけではない。年間を通じフル出場を果たした選手はすべてさすがだ。
だってこの世界は、とんでもなく厳しくて、ちょっと成績不振に陥るとマイナーリーグに落とされたり、シーズン中でもトレードに出されたりする。その中で数字を残し続けるのは、ほんの一人握りである。まさに超一流のアスリートでなければできない。
野球の世界では選手を評す際、「アベレージバッター」、「アベレージピッチャー」といった言葉が使われることがある。アベレージ、すなわち平均的な打者、投手を揶揄する目的で使われる。大谷さんやジャッジさんのようなスーパースターにばかり目が行きがちだが、だがワタシはこの「平均的」であることがいかにすごいことであるか、この場を借りて世の紳士淑女に訴求したいのである。
なぜなら、アスリートの世界の平均値は毎年レベルアップしているからだ。
たとえば日本のプロ野球(NPB)投手が投げる平均球速は、2012年に140.4km/hだったが、24年には146.8km/hとなり、6.4km/hもアップしている。この間、現役選手として対戦バッターが「アベレージ」を残し続けるということは、少なくとも6km/h以上アップした球をアベレージに打ち返す能力がなければならない。
当然打ち返された球の速度も速くなるから、野手の技術もレベルアップしなければ「アベレージ」の数字は残せない。球速だけではない。投手がアベレージピッチャーとしての勝率を残していくためには、球種も増やしていく必要がある。
元ロッテのキャッチャーでワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表にもなった里崎智也さんによれば、プロで投手として活躍するためには最低でもストレート、スライダー、チェンジアップの3つの球種を自在に操れなければならないと語っている。あくまで最低の数である。日本のプロ野球では平均で5〜6種。多い場合10種以上投げ分ける。
メジャーリーグのパドレスで活躍するダルビッシュ有投手は、20種もの球種を投げ分けるとされる。もっとも球種名はピッチャーが「言ったもん勝ち」(里崎さん)らしいから、野球中継では名称を言わなくなっている。
理想のフォームに近づけるために日々ミリ単位の修正をかける大谷さん
いずれにしても増え続ける球種に対して「アベレージ」の成績を残したかったら、自身もその球種に対応していかなければならないのだ。
さらにその上のトップクラスの選手になると、アベレージ以上の成績を残すのだから凄まじい。そうして大谷さんのようにMVPクラスになると、毎年のように数字を上げていき、未踏の記録を残し続ける。
とくに大谷さんのすごいところは、成績の浮き沈みが少ないことだ。初対戦の相手でも打ち崩すことが多い。それは彼の修正力の高さを示している。大谷さんに限らず、多くの優れたバッターは、序盤こそ抑え込まれても、自分の打ち方や読み方に修正をかけて終盤にはヒットや長打につなげることができる。とりわけ大谷さんの修正力には目を瞠るものがある。
大谷さんは24年6月に行われたロイヤルズとの3連戦では、試合前にバットを地面につけてベースとの距離を測る姿を見せた。「球場によって引かれたラインの太さが違うので、その距離を測っていた」のだそう。大谷さんは直前まで珍しくバッティングが2割台に落ち込んでいた。どこかがズレていると感じた大谷さんは、正確なフォームを正確な位置で最高のパフォーマンスを発揮するために、ミリ単位の修正を行ったのである。結果、その試合で2本のホームランを打ち、打率を引き上げたのである。
こうした修正力はもちろんピッチャーとしても発揮される。調子が悪い時は球種を変え、投球フォームすらも変えることがある。
トップ投手は、天気や温度、湿度、時間によって変わるマウンドの微妙な感触がわかる
中日ドラゴンズのエースピッチャーで監督を務めた与田剛さんは、一流選手に必要な能力を「高い修正力」と言い切っている。
「修正力があるかないか。選手の真の実力はそこに隠されている。たとえば、いつも同じに見えるマウンドは、天気や温度、湿度、時間によって微妙に硬さが違う。松阪大輔やダルビッシュ有といった選手が素晴らしいのは、『あれ、おかしいな』と言ったところからしっかりと修正しているからだ」(東京新聞)
天気や湿度、時間による微妙な地面の硬さの違いを感じ取って「仕事」をするというのだから、さながらプロの登山家である。
こうしたトップアスリートはだいたい独自の修正法を持っている。
スポーツはおしなべて修正力が求められるが、なかでもゴルフは修正力がモノを言う世界だ。
プロとなれば、毎週予選と本選を2日ずつラウンドしなければならない。コース環境や天気、気温、日差しなどが刻々と変わるなかで、アップダウンするコースをフルスイングしながら平均で9〜10kmは歩く。4日間であれば40kmは歩くことになる。さらに試合となれば心理的な駆け引きも求められ、1打ごとに細かい修正が必要となる。
とかくゴルフは、プロでもショットが乱れがちになり、修正を図ろうとすると理想のショットを構成している要素がバラバラとなり、却って乱れてしまったりする。そのため一流プロはどこを軸に修正をかけるべきかという自分なり修正法を確立しているという。
元世界ランキング1位の韓国人女子プロゴルファーのシン・ジエさんはその代表だ。あるゴルフ解説者はその能力の高さをこう語る。
「スィングをスィングで修正しようとすると、スィング自体がバラバラになり、どうにもならなくなる可能性があります。それに比べ、スタンスの向きやボールの位置などセットアップでの修正であれば、今できるスィングはそのままでも、入射角やフェースの向き、クラブ軌道を変化させることができます。
シン・ジエ選手の場合は自分なりの修正法をしっかり持っていて、ラウンド中に実践できるところ。それが崩れない秘訣になっているんだと思います」
調子が悪い時はとかく根本的な原因を探りたがる。しかしそこまで修正がかけられないときは、負担をかけずにできる修正法を持っていることが、プロゴルファーには必要なのである。
修正力は、自分の変化、違和感に対してだけ求められているのではない。現代スポーツはルールやレギュレーションが目まぐるしく変わるので、その変更にも対応して修正していかなければならない。
たとえばゴルフでは、ゴルフクラブやゴルフボールの性能が良くなりすぎたため、いわゆる「飛びすぎ」が問題となっていた。そこでゴルフクラブの長さや反発係数など、規定数値内の道具でなければ公式大会では使用できないことになっている。
野球でも、近年は「フライボール革命」という長打が出やすい技術理論が浸透し、ホームランが出やすくなった。ホームランは野球の華でもあるので、その数が増えるのは観客にとっても楽しみが増えるわけで、興行的にもいい。けれどもこのフライボール革命は、長打か三振かというバッティングになりやすく、単打を繋いだり、足で稼ぐ野球が出来にくくなる。試合が大味になることから、公式ボールを低反発素材、つまりあまり飛ばないボールに変更している。
トップアスリートのみならず、スポーツを生業にする人は自身の体調やメンタルの変化だけでなく、新ルールや新技術に融通無碍に対応する必要があるのだ。
そしてそのときモノを言うのは、修正力なのである。もちろんその能力は、ビジネスでも発揮される。
アメリカマイナーリーグ、日本の独立リーグで体得した修正力を活かす証券マン
国内大手証券会社の営業パーソンとして活躍している鷲谷修也さんは、北海道の駒大苫小牧高校出身である。そう、お察しのとおり、プロ野球楽天で活躍し、ニューヨークヤンキースのエースピッチャーとなり、日本に戻って楽天で活躍するあのまーくんこと、田中将大さんと同期で野球部員だった。鷲谷さんは、日本のプロ野球12球団から声はかからなかったが、アメリカに渡ってマイナーリーグでプレーし、日本に戻って独立リーグで活躍して、現在にいたっている。
彼はあるインタビューで「野球をやっていてビジネスに活かせたことは、修正力」と言い切っている。
「打ちました、投げました、こういう結果になりました。じゃあ、次はこんな意識をもっていこう。野球ではそういう修正とか以前の連続でした。今の仕事は結果が出るまで時間がかかるし、結果が出ないこともあれば、出ているかは見えづらい。そういうなかでも振り返って修正する行為は、野球をやっている時と変わらない」
修正力は「理想と現実のギャップを埋める力」
そうなのである。人間は修正することで成長する生き物なのである。
過去20,000人のビジネスパーソンと向き合ってきた人材・組織コンサルタントの大西みつるさんによれば、「結果を出す人ほど、修正力がすごい」と言う。
大西さんのいう修正力とはどういった能力なのだろうか。
それは「最高の結果を手に入れたるために、自分を柔軟に変える力」のことだと言い、「理想と現実のギャップを埋める力」だと言う。
まさに大谷さんが、不振に違和感を感じたときに、バットでホームベースからの距離を測った行為である。
ビジネス的に言えば、目標と現実とのギャップである。
ただやっかいなのは、スポーツに比べてギャップが見えにくいとだ。
先の大西さんが、「修正力がすごい」人が結果を出せると言っているのは、ギャップが明確に見えているからだとも言える。あるいは大谷さんのように、ものすごくセンスのいい人か、だ。しかし、さんざんアスリートの人たちを持ち上げていてこう言うのもなんだが、現実の世界は、プロ野球やプロゴルフほどルールや条件が明確化されているわけではない。
なにせVUCA(不安定で不確か、複雑で曖昧)な時代である。
VUCA時代にアベレージヒッターであるために、自分の修正力基準を持つ
そもそも我々は、大谷さんやシンさんのように、自己分析ができているわけではない。
「私は自分自身のことは客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」と質問した記者に怒気を込めて言い放ち、辞任していった二世首相がいたが、怒気を込めて弁明をしなければならないほど、辞任が想定外だったのだろう。結局客観的な自己分析ができていなかったのだ。
「あなたとは違うんです」
そう、修正力をつけるには、「あなたとは違う」ということを自覚することだ。その原理においてはその首相の発言は正しかった。
問題は、違う基準をどこに求めるか、である。大谷さんは確固たる自分の理想がわかっている。より分解して言えば、マイクロレベルでアップデートし続ける理想像を持っているのである。そしてその修正を無意識に行っているのである。そしてその修正行為を楽しんでいるのだ。
件の首相は、おそらく首相だった父の姿が基準だったのだろう。父よりも少しでも偉大だと言ってもらいたいがために、忠告や意見を受け入れて修正や調整をするのではなく、自分の虚勢基準で修正を重ねていったのだ。あるいはそうせざるを得なかった。
VUCAの時代は、偉大な先人や大家を超えることとか、並ぶこととか考えなくていい。
アベレージヒッターでいいのだ。アベレージであり続けるだけで偉大なのだから。
VUCAの時代のアベレージヒッターであり続けるために、ちょっとずつ修正を実践しよう。
そのために修正の基準をつくろう。
世代による価値観の差とか、現場で見て何かを感じてみよう。そしてその感じた違和感を言語化してみよう。
修正力は、そこから身についていく。
それぞれが修正力を高めていけば、その組織のアベレージレベルは自ずと上がっていく。
イマドキのビジネスはだいたいそんな感じだ。