温室効果ガスの排出をゼロにする「カーボンニュートラル」。日本政府は、2050年までの達成を掲げている。
あと20余年での達成に向け、「人材」という切り口からの変革に取り組み始めたのが、2024年7月2日に設立されたグリーン人材開発協議会だ。
産官学で連携し、これまでにはなかった新たな情報発信のプラットフォームとなる。
デジタルグリッドは、その設立に発起人として携わっている。
今回は、グリーン人材開発協議会の発起人からグリーンタレントハブ株式会社代表取締役 井口和宏さんと、デジタルグリッド株式会社 江頭 渉さんに設立の背景や目指す社会像などについて伺った。
「人材」を起点とするカーボンニュートラル推進
グリーン人材開発協議会とはどのような団体なのでしょうか。
井口
同じ志を持つ6社が有志で集って立ち上げた団体で、カーボンニュートラルの実現に向け、「人材」という観点で課題を具体化・顕在化するとともに、グリーン業界(※1)を盛り上げる人材を増やすための環境整備や、産官学連携の施策を進めていきます。
ただ、私たちがサービスを直接提供するのではなく、グリーン人材に関する情報を発信するプラットフォーム的な立ち位置なんですね。今後は大企業の電力需要家だけでなく、サプライチェーン、またサステナビリティ部門に加えて全社的にGX(グリーントランスフォーメーション)関連の知見やスキルが求められると予想されます。そうした近々来るであろう未来に向けて、情報発信の受け皿を作っているのです。
本協議会を立ち上げた経緯についてお話しします。まず、カーボンニュートラルを2050年に実現するという目標を2020年に菅前首相が掲げました。それから政府はGX基本方針を掲げ、官民合わせて150兆円規模の投資をこのグリーン産業に投じる意向を示しています。そういった意味では、VC(ベンチャーキャピタル)や政府、民間の投資を含めてお金はついてくるようになってきています。
一方で、カーボンニュートラルの実現を担う人材の質と量の確保が十分ではないと我々は考えていまして。加えて、これは様々な業界に渡る課題なので、一つの企業だけでは解決ができません。そこで、産官学にまたがる様々なステークホルダーが集うことによって、人材を起点とした施策を行い、カーボンニュートラルの推進に寄与することを目的としています。
(※1)グリーン業界:脱炭素社会の実現に寄与する製品やサービスを提供することで、持続可能な経済成長を促進する産業・業界
「グリーン人材」とはどのような人材を指すのでしょうか。
井口
狭義には、例えばサステナビリティマネージャーや太陽光発電の施工管理職、再エネの事業開発者などがグリーン人材のイメージに近いと思いますが、私たちは「脱炭素化を推進する人材」と広義に捉えています。そのため、例えばディープテックやクライメートテックのスタートアップで働く人事や広報の方々も、広義のグリーン人材だと考えているんですね。
すなわち、脱炭素領域で事業を展開しようとしている企業に所属する方々、もしくは脱炭素化を目指す会社に所属する方々も、幅広くグリーン人材と呼んで良いと考えているのです。
ただ、そもそも現状では、どの分野でどんな人がどれぐらい足りないのかが分かっていません。そこで、脱炭素化を推進する上で必要な職種やスキルとして何があるか、そしてどれくらいの人材が足りないかを整理することに取り組む方針です。
その先で、カーボンニュートラルという大きな目標と現状とのギャップが見えてくると思います。そこで、そのギャップを埋めるための政策の提言や、官民連携でできることに取り組んでいく考えです。
そうした人材の整理からスタートし、その次にどのような取り組みやサポートを提供されるのでしょうか。
井口
まず、グリーン人材開発協議会では3つのアクションを考えています。
1つ目が、グリーン人材の職務定義とキャリアマップの策定です。どんな職務スキルを持った方が必要で、そのスキルを持った方のキャリアにはどんな事例があるかを定義し、共有します。それにより、今は業界外にいる方でもグリーン業界でのキャリアを描くことができるようにし、働く人を増やしたいと考えています。
2つ目が、グリーン人材を増やすための共通理解の醸成です。このグリーン業界には次々と新しい技術が出てきています。そういった情報や、それに関する規制などについて、ご入会いただいた方を対象に勉強会を開催したり、イベントを通じて情報発信をしたりしていきます。それにより、グリーン人材の職務やキャリアへの理解を深めていくことを目指します。
3つ目が、グリーン人材のスキル開発やキャリア開発における実行フェーズまでのサポートです。このグリーン業界に人を増やし、育てていくことが私たちの目的なので、キャリアマップを作って終わりではなく、実行までしっかりサポートします。例えば、脱炭素領域で人材採用をしている企業や、脱炭素領域に強い人材紹介会社の求人情報、GX人材育成サービス事業者の情報を本協議会のwebサイトに掲載して、グリーン業界にどんなキャリア機会や研修プログラムがあるかを知ることができるようにします。
このように、協調領域として人材の観点から産官学連携でグリーン業界を盛り上げつつ、一方でユーザー(企業・個人)がどのサービスを利用するか、または募集に応募するか、といった部分は競争領域ですので、健全な競争環境も作っていきたいと考えています。
井口さんはグリーンタレントハブ株式会社の代表として脱炭素領域に特化したキャリアエージェンシーの事業をされている中で、グリーン業界の人材の現状をどのように捉えていますか。
井口
企業の採用ニーズに対して、グリーン人材は圧倒的に不足しているという実感を持っています。
例えば、「カーボンニュートラル2050」宣言の2020年頃から、ディープテックやクライメートテックと呼ばれる脱炭素領域のスタートアップが急速に増えてきました。こういった企業では、技術者はもちろん、自社独自の技術を事業化に繋げられるビジネスプロフェッショナルの採用ニーズが強いです。
加えて、発電事業者側でも、太陽光や風力の領域はもちろん、系統用蓄電池や水素・アンモニアの領域でも、事業開発担当や技術者の採用ニーズは増える一方です。
さらに、スタートアップだけでなく大企業においても、GXの取り組みを積極的に展開している企業が増えてきています。ですから、脱炭素関連の知識を持ったビジネス人材や、脱炭素市場をビジネスとして活用できるような人材が求められるようになってきているのです。
これらを裏付けるデータとして、リクルート社が2023年に発表したGXの求人の倍率によれば、2016年から見て2022年は5.87倍。6倍近くまで急上昇しているんですね。これだけの採用ニーズの高まりに対して、求職者数はまだまだ追いついていません。
グリーン産業は「上りエスカレーター」
グリーン人材開発協議会の中で、デジタルグリッドさんはどういった役割を担っているのでしょうか。
井口
このグリーン人材開発協議会には、それぞれの“会社”でありながら、まずは“人”が参加してくださっているイメージなんですね。ですから、デジタルグリッドの江頭さんが参加してくれているという感覚なんです。
そういう意味で言うと、江頭さんはCNO(Chief Nomikai Officer)であるように、まさにいろいろな人を気持ち良く巻き込んでくれるような方だと思っています。この6社が集まったきっかけも、グリーン業界を盛り上げたいという江頭さんのアイデアから始まった勉強会だったんです。
江頭
僕はグリーン業界が本当に素敵な業界だなと思っているので、人事の力でさらに良くするにはどうすればいいか、という思いから何かコミュニティを作りたいと考えていたんですね。それをお話したところ、井口さんが力を貸してくださったんです。
そうして、少人数で集まってデジタルグリッドのオフィスで勉強会を開催してから、2回、3回と定期的に開くようになって。グリーン業界のスタートアップや新電力の方、さらに輪が広がってエージェントの方や大手企業の方などが集まってくるようになりました。そうして集まったメンバーで何か良いことができそうだと、このグリーン人材開発協議会の話が始まりました。
井口
会員企業さんと一緒にグリーン業界を盛り上げていくには、コミュニティのマネジメントがすごく大事だと思うんですね。そこで、人を巻き込みながら楽しくモチベーションを上げてもらうのが、まさに江頭さんの得意とする分野であり、重要な役割なのではないかと思っています。
また、デジタルグリッドさんという会社の観点で言うと、デジタルグリッドさんは再エネを中心とした電力を売買できるプラットフォームを運営しているだけでなく、直近では「GX navi™」という人材育成サービスも展開されています。それを通じて、ステークホルダーの方々にはグリーン人材の解像度を上げていただくきっかけを作っていただけるのではないかと思います。
また、グリーンテックにおけるリーディングカンパニーであるデジタルグリッドさんが発起人として参加されていることで、協力いただける方の幅も広がると思うので、そこでも大事な役割を担われているように思いますね。
発起人の一人として、この協議会に対して提供したい価値や成し遂げたいことを教えてください。
井口
グリーン産業は日本でも数少ない成長産業だと捉えています。その成長産業に、お金はついてきているけれども、人が追いついていない。そこで、人がボトルネックになってその成長が止まってしまうことを懸念しています。
成長産業は「上りエスカレーター」とよく言われるんですね。市場が広がっていて、需要もどんどん増えている。そこにサービスを供給すれば売上も伸びるし、企業価値も上がっていくし、働く人はキャリアの機会も広がっていくし、年収も上がっていく。いわゆる上りエスカレーターに乗っているような状態だと。
ここで成長を止めないため、人材という観点からグリーン業界を盛り上げられるよう、情報発信をしたり、転職やリスキリングするきっかけや機会を作ったりと、実践的に取り組んでいきたいです。
江頭
実は私はグリーン業界歴は3年ほどなんですよ。しかも、リファラル採用で入社したので、入社前は電力業界のことを全く分かっておらず、新電力という言葉すら知らないくらいでした。
でも、今僕はこの業界がすごく素敵だと思ってるし大好きなんです。そんな僕と同じように、この業界を魅力的に感じる人が世の中に沢山いると思うんですね。ただ、ここで一番ネックになっているのが、その魅力が知られてないことなんです。
だから、このグリーン人材開発協議会の一員としてまず、PRを通じて知ってもらう活動をしたいです。この業界には課題ももちろんあると思いますが、わくわくすることが沢山あります。それを伝えていきたいですね。
またこの業界に入って感じる最初の壁は「覚えることや学ぶべきことが多い」ということだと思います。でも、私たちが策定するキャリアマップなどによって、事前に必要なことが分かっていれば学びやすいですし、ステップアップもしやすい環境を作ることができるのではないかと。
PRによってグリーン業界について知ってもらい、キャリアマップによって効率的に自分のやるべきことも知ってもらう。そこまでをセットで取り組みたいと思っています。
「グリーン業界の経験がある人ってイケてる」と思ってもらえる社会を目指して
グリーン人材開発協議会に関わる方々のシナジーによって、どのような社会を目指しますか?
江頭
もしかしたら僕が人事職だから余計そう感じるのかもしれませんが、業界の本当の魅力や実力は結局、その業界にかかわった方々からしか伝わらないと思っています。つまり、グリーン業界を経験した方々が次の転職した業界でも活躍し評価されることで、グリーン業界の魅力はより高まりますし、「グリーン業界の経験者は素敵だね」となれば、さらに転職希望者が増えるという循環になります。
「グリーン業界の発展を人材の面からサポートする」がグリーン人材開発協議会として成したいことであることは間違いありませんが、「業界の発展」への近道は「人材」お一人お一人の人生やキャリアをより豊かにするためにグリーン業界として何を提供できるのか、をとことん追求していくことかもしれません。
それを積み重ねて「グリーン業界って面白い経験が出来て、人としてもレベルアップ出来るよね」が共通認識である社会にできたら嬉しいですね。
井口
この業界に入るとキャリアにプラスに働くこともそうですし、それに加えて、社会貢献に繋がっていることも大事なポイントですよね。
Z世代は、「単純なお金儲けだけでなく、何かしら社会や地球に良いことをしている会社で働きたい」という思いを持っている方が多いと、色々な調査等で見聞きします。ということは、グリーン業界で脱炭素化に向けたアクションを実践している会社は、これから優秀な人材や若い人材にどんどん選ばれてくるようになってくるということです。そういう意味でも、グリーン業界に対する認知が変わっていくことを期待したいですね。
グリーン人材開発協議会で取り組みたいことや実現したいことを教えてください。
井口
やっぱり、より多くの企業や個人が、今後成長が期待されるこのグリーン業界に入ってきてほしいという思いが強いです。
近年は、コンサルティング業界や金融、商社などが就職先として人気です。その理由としては、収入面とともに、こうした業界で得られる経験値が明確で将来のキャリアプランが描きやすい点があります。一方グリーン人材はその社会的・経済的な重要性はこうした業界や職種に勝るとも劣らない反面、その評価や将来性が明確ではありません。
そのために、グリーン人材開発協議会のアクションとして話した「キャリアマップ」が貢献できます。グリーン人材の価値を言語化し社会に浸透させる。それによって、高い評価と報酬につながるとともに、価値を発揮すべき領域が明確になりキャリア設計がしやすくなることを目指しています。
今は他の業界にいらっしゃる方もどんどんこの業界に入ってきていただきたいですし、そのきっかけをグリーン人材開発協議会で作っていけるように取り組んでいきたいと思います。
江頭
僕も、業界全体を盛り上げるなら、取り組むべき優先事項に収入増加はあると考えています。その業界が魅力的かどうかの尺度の一つに業界全体の平均年収があるので年収をぐっと上げて、色々な人にこの業界を目指してもらうような構造を作っていきたいです。
また、グリーン人材をタレント化するための活動もしていきたいですね。エネルギーに関連する企業従業員だけではなく、一般企業のサスティナビリティ担当の方々も含め、すでに沢山いるであろう魅力あふれるグリーン人材が情報発信できる場を作っていきたいですし、メディアに取り上げて頂いたり、登壇機会の創出などの仕組み作りをグリーン人材開発協議会としても取り組みたいと考えています。
◎団体情報
団体名 グリーン人材開発協議会
代表 橘川 武郎(国際大学 学長)
発起人・小嶋 祐輔(東京大学大学院 工学系研究科 学術専門職員)・永島 寛之(トイトイ合同会社 代表社員/中央大学 企業研究所 客員研究員)・井口 和宏(グリーンタレントハブ株式会社 代表取締役)・江頭 渉(デジタルグリッド株式会社 コーポレート部 人事責任者/CNO)・柳田 晃輔(株式会社アイデミー 法人事業本部 GX/SXグループリーダー)・河野 朋基(OLIENT TECH株式会社 代表取締役)
設立日 2024年7月2日
団体の種類 任意団体
HP:https://greentalent.jp/
◎プロフィール
井口 和宏
グリーンタレントハブ株式会社 代表取締役
(株)アイアンドシー・クルーズ((株)じげんにM&A)にて人材紹介事業に従事した後、電力・ガス領域の新規事業立ち上げを推進。2018年創業に参画した(株)シェアリングエネルギーでは、事業開発室長・エバンジャリストとして、エネルギーテック領域の新規事業開発、広報/PR、マーケティング業務をリード。累計80億円超の資金調達に貢献。脱炭素領域で、圧倒的に人材が足りていないことに課題意識と可能性を感じ、当社創業。慶應義塾大学総合政策学部卒。
江頭 渉
デジタルグリッド株式会社 コーポレート部 人事責任者/CNO
2007年(株)コンヴァノに設立から参画し美容サロンの全国展開を主導。営業、人事、教育、商品開発など複数部門の責任者を兼務し、取締役CHOとして上場を経験。2021年よりデジタルグリッド(株)で人事担当兼バックオフィス部門の責任者として従事しつつ、「開かれた人事」を掲げ業界、業界横断型人事コミュニティのマネージャーを務める。