2022年に池袋にオープンした、本を起点として社会をデザインするサードプレイス「HIRAKU IKEBUKURO 01-SOCIAL DESIGN LIBRARY-(以下、SDL)」。棚には多様なジャンルの本がずらりと並び、つい足を止めてしまう。その沢山の本を持ち込んだのがSDLのファウンダーの一人である中村陽一氏だ。SDL開設の背景や展望、マテックスへの期待などを伺った。
自己紹介
中村さんは色々な取り組みをされていると伺いましたが、具体的にどんなことをされているのでしょうか?
中村
マテックスと同じく池袋に拠点を構える、立教大学の社会人大学院・社会デザイン研究科の創設メンバーとして20年以上にわたり研究指導などに携わり、現在は名誉教授として授業を担当しています。私が専門としている分野は社会デザインで、研究科では社会課題に取り組むための新しい発想や方法、具体的な戦略などを皆さんと一緒に考えています。
そのほかにも、青森でのまちづくりに携わったり、一般社団法人社会デザイン・ビジネスラボ代表理事として社会課題に取り組んだり、NPOとの協働での取り組みをしたりと多岐にわたって活動をしています。
中村
「人と人」や「人と地域」や「人と組織」の関係性を編みなおし活かしていくのが社会デザインだと私は表現しています。
デザインと聞くとファッションやインテリア、製品のデザインを思い浮かべる方が多いかもしれません。それだけではなく、社会における様々な関係性をもう一度編みなおすという意味でのデザインなのです。
具体的にどういうことかというと、現代の日本の社会では、ある場面において排除されてしまう人たちがいます。それは高齢者や障がい者、母子世帯、若者、女性などケースはさまざまです。
そこで例えばバリアフリー整備を進めたり、相談センターを開設したり、制度を作ったりすることは確かにより良い社会づくりに貢献するでしょう。しかし、そうした取り組みが良いことであることは大前提として、社会の背景にある構造やシステムが根本的に変わっていかないと、本当の意味で社会が良くなったとは言えないと考えているのです。
排除されてしまう人たちが出てしまうのは、そもそも社会の構造として対応しきれない部分があるから。そこでただ改良や改善を積み上げていくだけではその構造は何も変わりません。ですから、そういう構造やシステムに対してもアプローチする必要があります。
そうなると、社会の仕組みを成り立たせている人々の意識や、その意識を規定している地域環境や行動環境を変えていかなければいけない。そこで必要になるのが、関係を編みなおすこと、つまり社会をデザインすることなのです。
社会課題に向き合うマテックスとの親和性が高いのもうなずけます。そもそもマテックスとの関わりのきっかけは何だったのでしょうか。
中村
2022年3月に定年を迎えるにあたり、立教大学の研究室を占拠していた1万数千冊もの書籍や雑誌、報告書を撤去する必要があり、やり場に困っていました。
本は私物であると同時に社会的な共有リソースでもあるので、どうにか活用できないかと思っていたのですが、その量を保管できる広さと耐荷重性のあるちょうど良い建物がなかなか見つからず…。
そんな時にとしまNPO推進協議会 代表理事の柳田さんから、「松本社長に相談してみたらもしかしたら解決の糸口が見つかるかもしれない」と紹介していただき、2021年の暮れごろにお会いすることとなりました。
相談してみると、「倉庫として使われている建物をサードプレイスにしたいと思っているんです」という話が出て、アイデアを出し合っているうちにトントン拍子に話が進んでいきました。
もともと松本社長は私の講演に何度か足を運んでいただいていたようで、社会デザインの考え方についての説明は必要ありませんでした。それに、パーパス経営などに対して「まさにソーシャルデザインですね」と言うと、「そうなんです。そういう発想を持ってやりたいとパーパス経営を掲げているんです」と話されていました。
そんな松本社長の理念との共鳴があったことでアイデアがこうして形になりましたし、今の深いかかわりにもつながっています。
そうして出来上がったSDLをどのような場所にしたいと考えていますか。
中村
社会デザインが編みなおすものには社会以外にもう一つあります。それは「知」です。
人間の知には、言葉になっていない経験知、形式化されている専門知、実践の現場で人々が持っている実践知などさまざまな形があります。いろいろな形でそういった知の再編集が行なわれる場にしたいです。
例えば、いろいろな人が集まって地域や事業の課題を出し合い、お互いの知に基づいてアイデアを出して実践していく。そうして知の再編集が行われ、展開していってほしいと思います。
ここには本という形の知もたくさんあります。それも社会科学系のものだけではなく、文学的なものもあれば評論やエッセイ、漫画などもありますし、シェア型書店の棚主さんが厳選したものもあります。それらをどんどん活用していただかないと、宝の持ち腐れですから。是非たくさん活用していただきたいです。
それに、本は難しいものでも、全部きっちり読まなくてはいけないものでもありません。勉強をするためではなく、面白そうなものから読むも良し、ヒントになりそうな部分だけ読むも良しです。私をはじめとするサポーターたちが本の読み方などをシェアすることで、だんだん本が日常的なものになっていく。そんなことも目指していきたいですね。
中村陽一さんから見たマテックス
SDLをきっかけに深くかかわるようになったマテックスについて、どんな会社だと感じていますか。
中村
ブラックでない経営に基づいて業績をちゃんと担保すること。さらにそれに加えて、社会により良いインパクトを与えること。マテックスさんはこの両方を追求しようとされています。
そこには松本社長のカラーが色濃く反映されているように思いますし、大きな特徴だと思います。いわゆる一般的な「ビジネス」を営むことだけではなく、事業やそれに関連のあるものを通じて、社会や地域に自分たちも主体として関わっていきたいという強い意志を感じますね。
私もいろいろな地域企業の経営者の方々とお付き合いをしていますが、その中でも松本社長は特徴ある経営者です。それゆえに、松本社長自身のカラーが企業の文化にも生きているのではないでしょうか。
マテックスの4つのマテリアリティである「依(よりどころ)」「自分ごと化」「脱炭素」「経済成長至上主義からの脱却」のうち、最も納得するものはどれですか。
中村
4つともすごくよくわかるのですが、あえて自分のやってきたことと重ね合わせて言えば「経済成長史上主義からの脱却」です。今のSDGsの流れはまさにそうですが、これって世界的な課題なんですよね。
環境や地域のことは、高度経済成長期の企業は「企業じゃなくて行政がやることだ」「地域でやればいい」と言って経済の外にある要素として打ち捨ててきたわけです。自分たちが取り組んでいるところだけで効率性と生産性を追求すれば良いと。
ところが今そんなことを言っていたら社会からは突き放されますし、そうなれば優秀な人材も魅力的な人も寄ってきません。松本社長はいろいろ勉強し、たくさんの方の話を聞いて、そういう流れをかなり早い段階から自分の中の感覚として取り入れていると思います。
また、ビジネスは勝ち組と負け組が出てくる「ゼロサムゲーム」になってしまいやすい性質があります。みんなこぞって勝ち組になろうとするので、競争が発生します。良い競争はもちろん大事ですが、ゲームに勝った者が総取りして、負けた者は潰れても構わないというような資本主義は誰も幸せにしません。
松本社長がウェルビーイングに取り組まれているように、そこにかかわる人たちが幸せになれるビジネスのために必要なのが、まさに「経済成長至上主義からの脱却」だと思います。
中村
ビジネスは市場性と創造性(クリエイティビティ)の2つのバランスによって成り立っています。
市場性だけで突っ走っては面白くないビジネスになったり、それで儲かっても誰も幸せにならなかったり。一方で創造性だけでも、市場性がないと続かなかったり、実現可能性の低いものになってしまったりする。この両者のバランスを取っていくことが必要なのです。
これを松本社長だけがリーダーシップを発揮して舵取りをしていくのではなく、松本社長の意を理解して、もしくは社長以上にそれを理解して動いていけるような人たちがマテックスさんの中に現れてほしいです。マテックスさんはもうすぐ創業100年を迎えますが、その次の100年で大事なことだと思います。
また、これからは自分の持っているリソースだけで企業があらゆることをするのは不可能です。ですから、社会や地域とビジネスを結び、コーディネートをするような立場で、いろいろな人と繋がりながら進めていってほしいですね。SDLの取り組みがまさにそうであるように、マテックスさんは良い方向に向かっていると思うので、このまま突き進んでいってほしいと思います。
◎プロフィール
中村 陽一
立教大学名誉教授、社会デザイン研究所特任研究員(前所長)、東京大学大学院情報学環特任教授
東京大学社会情報研究所客員助教授、都留文科大学文学部教授、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授・法学部教授等を経て現職。一般社団法人 社会デザイン・ビジネスラボ代表理事、社会デザイン学会会長。青森中央学院大学経営法学部特任教授、(株)ブルーブラックカンパニー代表取締役。ニッポン放送「おしゃべりラボ~しあわせSocial Design」パーソナリティ。民学産官協働によるまちづくり、社会デザインの専門家としてNPO/NGO、SB/CB、CSR、SDGs、ESG投資等をカバーしている。