
沖縄の海とともに歩み続ける“塩の名門企業”が、サステナビリティレポートを開示した。どのようにして未来を切り拓いていこうとしているのか。さっそく読んでみた。
シママース本舗の青い海とは?
沖縄県糸満市に本社を置く株式会社青い海(ブランド名:シママース本舗)は、1974年創業の製塩メーカーである。沖縄の伝統的な塩文化を復活させたパイオニアとして、日本復帰後に消滅しかけた「マース(塩)」の製造を再興。現在では、沖縄県内唯一の大規模塩製造業者として、国内外へと販路を広げている。
主力商品「シママース」は、沖縄料理の基礎を支える存在であり、海水を原料とした独自の製法と無添加・無薬剤によるこだわりで、多くの飲食事業者や家庭から高い評価を受けてきた。また、観光体験施設「Gala青い海」では、塩作り体験ややちむん(沖縄陶器)・琉球ガラス制作などを通じ、地域文化の発信拠点としても機能している。
このたび公開された『シママース本舗サステナビリティレポート2025』は、同社が創業50周年を迎える節目に発行した初の本格的な統合型レポートである。地域、自然、文化と深く関わる企業として、環境・社会・ガバナンスの三側面にどう取り組むか、その全容が明らかになった。
トップメッセージ “おいしいの起点”としての使命と覚悟
レポート冒頭では、代表取締役・又吉元榮氏が、これまでの歩みと未来へのビジョンを語る。創業50年を迎えた2024年には記念イベントの開催や紙包材製品の導入、沖縄美ら海財団への寄付など、環境・地域連携の両輪での展開を強化した。特に「シママース300g」の紙パッケージ導入によるプラスチック削減は、従来比で67%にも及ぶ。
また、MVR型蒸発装置を備えた「立釜」への製造工程転換によって、CO₂排出量を2030年までに25%以上削減する計画も明示。味と環境負荷削減の両立に挑戦する姿勢が打ち出されている。
環境負荷の見える化 LCA導入が拓く塩製造の未来
同社のレポートで最も読み応えを感じたのは、ライフサイクルアセスメント(LCA)の本格導入である。LCAとは、原材料調達から製品の製造、使用、廃棄に至る全プロセスを通じて、エネルギー使用量やCO₂排出量、資源消費といった環境影響を定量的に評価する仕組みだ。
この先進的な評価手法は、上場企業でも試行錯誤しながら進めているが、いかんせんデータ整備と現場運用の両立が難しいとされる。それにもかかわらず、沖縄に本拠を置く中堅メーカーが、製塩というアナログな製造業において、この手法を実装しようとしている点にこそ、同社のサステナの本気度がうかがえる。
実際、同社では海水の取水から脱水・結晶化・包装・出荷に至るまでの各工程で、エネルギー消費量や排出量を項目ごとに可視化。課題が多かった平釜製法から、MVR型蒸発装置を備えた立釜方式への転換を進め、排熱の再利用や自動化によって省エネ化を実現した。これにより、2026年度にはCO₂排出量を2023年度比で25.4%削減する目標を掲げている。
加えて、包装工程では紙やバイオマス素材への切り替え、物流では積載効率の最適化など、製造周辺の環境負荷についても細やかに分析し、改善が進められている。これら一連のプロセスは、LCAの導入が単なる“レポート上の取り組み”ではなく、事業運営の意思決定レベルに浸透していることを示している。
多くの企業が「LCAの必要性は理解しているが、社内運用には至っていない」と苦しむなか、シママース本舗は中堅企業として、しかも地方発の製造業として、この困難な課題に真正面から向き合っている。その姿勢は、環境経営の先端に果敢に挑戦する地方企業の在り方として、大いに注目に値する。これから工程改善や自動化によるエネルギー最適化を実現し、2026年にはLCA評価を基にした環境KPIの本格運用を開始する予定だ。
LCA導入によって、単なる「環境配慮型企業」ではなく、科学的根拠に基づいた改善サイクルを確立する企業としての地位を確立しようとしている点は、業界内でも注目に値する。
マテリアリティ特定とKPI化への布石
同レポートでは、環境・社会・ガバナンスそれぞれの視点から計25項目のマテリアリティ(重要課題)を抽出し、その中でも戦略的に重要な10項目を優先課題として定義している。これにはCO₂削減、水資源の効率化、エシカル調達、安全な製品供給、ダイバーシティ推進、従業員満足度向上などが含まれる。
こうした課題に対し、既に「25%のCO₂排出削減(2026年まで)」といった定量的目標が設定されているものと現況を開示しているままでKPIなどは言及されていないものがあるので、今後はマテリアリティにおけるKPIの明確化とPDCA運用の精緻化、定点観測の結果などが盛り込まれていくことが期待される。
ステークホルダーとともに 地域・従業員・取引先への共創姿勢
レポートの後半では、同社が重視するステークホルダーエンゲージメントが開示されている。
従業員とは毎年の満足度調査や1on1ミーティング、改善提案制度を通じて双方向のコミュニケーションを行い、2022年度には有給取得率70%を達成。リモート勤務やフレックスタイムの導入など、多様な働き方の拡充にも着手している。
地域社会との関係では、子ども食堂への物品提供だけでなく、従業員が現場運営にも関与。また、観光施設「Gala青い海」を通じた伝統工芸イベントや文化教育プログラムにより、地域文化の継承と観光振興を両立している。
取引先や顧客との関係でも、品質・価格・環境対応における協議の場を定期的に設け、ステークホルダーとの共創モデルを実践している。
ただ、網羅性の高いステークホルダーエンゲージメントだからこそ、ステークホルダーサイドからの声や取組の社会的インパクトの可視化まで踏み込んでもらいたいと期待したくなる。次年度以降は社会貢献活動に触れた社員が何を学び、どういった成長を遂げ、それが同社の企業価値向上にどのように結びついていくのか、そういったアウトカムの開示も見てみたいと思わせるものだ。
金融評価と外部認証 PIFとおきなわSDGs認証
サステナビリティ経営の裏付けとして、同社は「ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)」を活用した資金調達にも踏み出している。これはJCR(日本格付研究所)などの第三者意見を伴うESG金融手法で、CO₂削減やエネルギー効率改善、社員満足度などをKPIとした融資条件が設定されている。
また、沖縄県による「おきなわSDGs認証(プラチナパートナー)」も取得。2024年度に認定された11社のうちの1社として、地元での先進的なサステナビリティ企業としての評価も高まっている。
伝統と革新の融合 地域とともに成長する企業へ
シママース本舗は、塩という最も古い食材を扱いながらも、最先端の環境評価手法を取り入れ、ガバナンスと社会共創の統合を実現しようとしている。その姿は、「地方発」「伝統産業発」の企業にとって、新しい社会的価値創造のモデルとなる可能性を秘めている。
沖縄の自然と文化を次世代につなぎ、「おいしいの起点」から持続可能な未来へ──その挑戦は始まったばかりだ。
非上場企業による「任意開示」の挑戦 信頼を築く新たなかたち
今回のレポートを通読して強く印象づけられるのは、シママース本舗が非上場企業でありながら、上場企業の統合報告書にも引けを取らないほどの情報開示を行っている点である。環境・社会・ガバナンスに関する指標の明確化、マテリアリティ分析、LCA評価の導入、定量的な目標設定と進捗開示。どれもが、株主向けのIRに近しいレベルで“社会との対話”としてのドキュメントづくりの姿勢を感じさせる。
法的義務のない任意開示であるにもかかわらず、ここまでの水準を実現している背景には、地域企業としての責任感と、持続可能な未来への覚悟があるのだろう。こうした情報開示を通じて、自社の価値観や取組を社内外に共有し、ステークホルダーとの信頼関係を育む姿勢は、特に地域密着型の非上場企業にとって、今後のロールモデルとなる可能性を秘めている。
統合報告やサステナレポートは、上場企業だけのものではない。むしろ“株主だけではない全体社会との対話”という本質に立ち返るとき、こうした非上場企業の取り組みこそが、地域社会に根ざした真のサステナビリティ経営の証左と言えるのではないか。
この先、同じような姿勢を持つ企業が一社、また一社と増え、任意開示が「対話の文化」として広がっていくことを願わずにはいられない。