
ビジネスにおける「循環」を、概念から実装へ。白鶴酒造は酒造工程で排出されるCO2を捕集し、原料となるバジルの栽培に転用した。伝統と最新技術が交差する、製造業の脱炭素化に対する一つの「最適解」を読み解く。
発酵由来CO2を資源化する、限定SAKEの静かなる登場
白鶴酒造株式会社は、神戸市のマイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT」において、発酵過程で生じる二酸化炭素(CO2)を利活用して育てたバジルを原料とする新商品「HAKUTSURU SAKE CRAFT No.15 ホップ&バジル」を2026年1月17日に発売する。
本製品は、純米大吟醸の技術をベースにホップとバジルを加えて醸造された「その他の醸造酒」である。単なる新商品のリリースに留まらず、2025年春より始動した「発酵由来CO2の利活用実証プロジェクト」が、具体的な「味」として結実した点が極めて重要である。
「店産店消」を実現したクローズド・ループの独自性
他社が取り組むカーボンオフセットと一線を画すのは、排出源と吸収源が物理的に「隣接」している点にある。
通常の酒造りにおいて、酵母の息吹とも言えるCO2は大気中へ霧散する。同社はこのガスを捕集・濃縮し、醸造所に併設された小型室内農業装置へ供給。光合成を加速させ、収穫されたバジルを再び酒の原料として蔵へ戻す。この一連の「クローズド・ループ(閉じられた循環)」は、物流エネルギーを一切介さず、副産物を価値ある原材料へと転換させている。製造現場のなかで資源を完結させるこの手法は、循環型社会における極めて純度の高いモデルケースと言える。
伝統を停滞させない「循環」への静かな情熱
この取り組みの根底には、醸造という伝統技術を現代の環境倫理へと適合させる、しなやかな哲学がある。
現場の杜氏は、「醸造所から回収したCO2を利用して栽培した特別なバジルです。味わいが虹のように変わっていくのを感じていただければ」と語る。この言葉は、サステナビリティが決して「我慢」や「コスト」ではなく、むしろ製品の奥行きを深め、消費者に新しい情緒的体験を提供する「価値の源泉」であることを示唆している。環境負荷の低減を、酒の風味という「表現」に昇華させた点に、同社の誠実な姿勢が透けて見える。
現代の製造業が白鶴酒造から学ぶべき、視点の転換
今回の試みは、多くの日本企業が直面する脱炭素という課題に対し、二つの重要な教訓を与えてくれる。
第一に、自社の事業プロセスで生じる「負の副産物」を、他事業の「正の資産」として定義し直す力だ。第二に、その循環プロセスそのものを、7,700円(税込)というプレミアムな価格設定を正当化するストーリーへと構築したことである。小規模な実証実験ではあるが、ここには地域資源と先端技術を融合させ、未来の伝統を創り出すための指針が凝縮されている。



