
移動の利便性を提供する企業が、なぜ教壇に立つのか。シェアサイクル「チャリチャリ」が進める、教師と企業が授業をゼロから共創する試みから、ビジネスアセットを地域教育に還元する新たな共生モデルを紐解く。
福岡の企業連合が挑む「産学共創」の最前線
シェアサイクルサービス『チャリチャリ』を運営するチャリチャリ株式会社は、2026年1月18日、福岡市立草ヶ江小学校において小学生向けの公開授業「福岡イチ受けたい授業!? 〜ワクワク授業大作戦〜」を開催する。
本プロジェクトは、株式会社LX DESIGNやFukuoka Smart City Communityらと共に、現役の教師と地元企業が「TEAM」となり、体験型授業を共創するものだ。2025年12月14日に行われた事前ワークショップでは、企業の強みをどう教育に落とし込むか、教師と企業担当者が膝を突き合わせ、本気の設計プロセスを経て授業案が練り上げられた。
当日のチャリチャリTEAMの授業では、児童が「1日社員」となり、実際のユーザーの声をもとにサービスを改善する「チャリチャリ未来会議」を実施。子供たちのアイデアが実際のサービスへと繋がる、極めて実践的な学びの場が提供される。
「正解のない問い」を教材化するチャリチャリの独自性
他社の出前授業との決定的な違いは、企業が完成された「知識」を教えるのではなく、現在進行形の「課題」を子供たちに託している点にある。
通常の教育支援は、自社製品の仕組みや環境保護の啓発に留まることが多い。しかし、チャリチャリが提供するのは、サービスを磨き上げる際の「葛藤」や「改善の試行錯誤」といった実務の追体験だ。「どうすればもっと使いやすくなるか」という、プロでも正解のない問いに子供たちを参加させている。
また、教師が持つ「教育的視点」と企業が持つ「実務の論理」を掛け合わせ、ゼロから授業を構築するプロセスは、単なる企業のPR活動とは一線を画す。子供たちのアイデアが実際のサービスに反映される可能性を孕んだこの取り組みは、教育を「消費」するのではなく、社会と「共創」する体験へと昇華させている。
「公共の庭」を地域と共に育てる経営哲学
この取り組みの根底には、シェアサイクルを単なる「乗り物の貸し出し」ではなく、都市のインフラ、すなわち「公共の庭」の一部として捉える同社の哲学がある。
「チャリチャリは、地域の皆さまと共に育てていくサービスです」と関係者が語るように、同社にとって地域住民は単なる消費者ではなく、共にまちを良くしていくパートナーだ。代表の家本賢太郎氏が率いる同社は、サービス開始当初からユーザーとの対話を重視し、泥臭い改善を積み重ねてきた。
子供たちを「1日社員」として迎える姿勢は、まさにこの「対話による共創」の延長線上にある。自分たちのまちのサービスを、自分たちのアイデアで良くしていく。この成功体験を通じて、次世代のシチズンシップ(市民意識)を醸成することこそが、同社の描く真のサステナビリティ戦略といえるだろう。
ビジネスパーソンが学ぶべき「地域社会を味方にする力」
本事例から学べるのは、自社の事業アセットを、いかにして地域の文脈へ「翻訳」し、価値を還元できるかという視点だ。
少子高齢化やコミュニティの希薄化が進む現代において、企業に求められるのは資金的な寄付だけではない。自社が持つ専門性や思考プロセスを地域課題に接続し、住民の主体性を引き出すハブとしての役割である。
自転車という「点」の移動手段を、教育という「線」で地域と結び、持続可能な未来という「面」を形作っていく。チャリチャリが福岡で見せる「企業と学校の共創」は、都市における企業の在り方を再定義する有力なベンチマークとなるはずだ。



