厚生労働省によると、実父母のもとで暮らせず、社会的養護が必要な18歳未満の子どもは全国に約4万5千人。児童養護施設による子どもたちのケアの重要性は言うまでもないが、実は施設を巣立った後、より困難な現実が待ち受けていることはあまり知られていない。「退所後にスムーズに自立するのは簡単ではありません。路上生活に陥る子もいます」。
一般社団法人SHOEHORN代表 武石和成さんは、そんな現状に一石を投じようと問題意識を持つ一人。現役の児童養護施設職員である武石さんが仕掛けた、新たな児童養護のかたち、そして児童福祉業界のヒーロー「くつべらマン」とは?
その社会課題解決に向けた具体的なアクションについて伺った。
◎聞き手:加藤俊
靴べらのような存在でありたい。児童福祉業界のヒーロー「くつべらマン」
加藤
はじめに、「くつべらマン」について教えてください。
武石
よくぞ聞いてくれました。「くつべらマン」とは、児童福祉業界のアンパンマンとなるべく生まれた、若者の出発を応援する「靴べら」のヒーロー!……という設定で我々一般社団法人SHOEHORNが作ったオリジナルのキャラクターです。
「靴べら」は、靴を履き、社会に出る時に使うものであり、使っても使わなくてもよい存在です。児童養護施設で生活する若者や出身者の支援活動は、そんな「靴べら」のようでありたいという思いを込めて、匿名で参加できるようにするために作りました。子どもたちを導いたり見守ったりしつつも、共に悩み、失敗し、成長していく存在ですね。
加藤
「児童養護施設」という言葉が出てきましたが、「くつべらマン」の活動は社会的養護に向けたものなのですね。
武石
はい。幼少期に、守ってもらうべき家庭や社会において、しんどい思いをした子どもや若者に「大人になって社会に参加していくことって面白くて楽しいんだよ」「君たちは、君たちが思っている以上に、社会の役に立てるんだよ」といったメッセージを取材事業やカフェ事業、夕ご飯会の開催といった居場所事業などを通して伝え続けています。
身近な社会を広げていく。リアルな体験から生まれた事業
加藤
武石
社会人に仕事についてインタビューする『くつべらマンのプロにきく!』という動画をシリーズ展開しています。動画を視聴することで就労社会を身近に感じることができるほか、取材を自分で行うことでインターンのようなキャリア教育の場にもなっています。
虐待をはじめとした、社会に虐げられた体験を持つ若者は安心を感じるスペースが狭いがゆえに、就職することや、その前のアルバイトやインターンにもストレスを感じる場合があります。『くつべらマンのプロにきく!』は、若者たちにとって身近な存在である私たち支援者が同行するので、安心して参加することができます。
若者たちの質問や視点は凄いですよ。素直だし、社会に対して批判的視点を持っていることがあるので「世の中って公平じゃないよね?」「正義って何なの?」とストレートに聞いてくるんです。
実はこの取材事業が生まれたのは、こうした質問に僕一人では答えられなかったからです。「色々な大人や専門家に聞いてみよう!」ということで始まった『くつべらマンのプロにきく!』ですが、若者たちは、取材の撮影から動画公開のプロセスに参加することで「社会の知らなかったところに、一つ、身近な場所ができる」という意義深い事業となっています。
吉祥寺「BILLY’s CAFE」は、社会的養護の枠組みからこぼれた若者の受け皿の一つ
加藤
武石
吉祥寺でBILLY’s CAFE(https://www.billys-cafe.com/)というカフェを運営しています。誰でも利用できる普通のお洒落なカフェですが、実は社会的養護下にある、あるいは社会的養護出身の若者が、店頭に立つ職員を訪ねに来てくれたり、前述の取材の作業に専念してくれたりしています。懐が寂しい子もいるので、ドリンク1杯を無料で飲める仕組みもあります。
この「普通のカフェ」から我々の活動が始まっています。というのも、僕は都内の某児童養護施設で10年以上働いているのですが、居住支援や就労支援、路上生活脱出支援といった既存の福祉サービスからこぼれてしまう若者を何人も見てきたんです。高校卒業後に施設を出た後、家出状態で夜のファーストフードやコンビニエンスストアをねぐらにしている若者が何人もいました。
「衣食住が確保される支援があるはずなのに何故?」と疑問に思い、当事者や外部団体に聞いて回ったところ、社会的存在である「人」が生きていくためには、衣食住だけでなく、「話を聞いてくれる存在」や「安心できる場所」、「自分が役に立てるポジション」が求められていると気付いたんです。
気軽に立ち寄れる「普通のカフェ」だったらそれらが全て実現できる。そう思って、世田谷でカフェを立ち上げ起業したのが成り立ちです。
手探りで始めたカフェですが、立ち上げてから5年で300名以上の人が訪れてくれました。現在は、株式会社ビリーデザインさんのご協力で吉祥寺に拠点を移しています。ちなみに取材事業で公開した動画は89本。様々な苦労がありましたが、続けてこられたことに感謝ですね。
BILLY’s CAFEについてはこちらから
「可哀想」から尊敬へ
加藤
継続のモチベーションはやはり、社会的養護への想いですか?
武石
そうですね。実は最初はそういった立場の人を「可哀想」と思っていました。しかし、一緒に生活をする中で、同じことに悩んだり笑ったりと共感する時間を積み重ねていく内に、どんな辛い生い立ちがあっても、子どもは社会的に成長をしていこうとする健全さがあることに気が付き、それを実践する彼ら一人ひとりに強い尊敬の念を感じました。
そんな子どもたちが、施設を出た後に、また苦しい境遇に陥り、それを目にするのはとても辛いことでした。その自分の感情を素直に取り扱い、起業をしました。
児童福祉、社会的養護に興味を持つ企業・団体の皆さんへ
加藤
「可哀想」という視点には確かに驕りが通底しているのかもしれませんね。私もどこかそういった目で見てしまっていたところがあるので、気を付けます。ただ、当事者に非があるのではなく、環境に恵まれなかっただけで、社会に出た後も不利益を被っている人が現実にいるという構造は私たち一人ひとりがもっと意識を向けるべきだし、変えていかないといけませんね。社会包摂の行き届いた世の中にしていく責任を感じます。
企業活動の目的も、その多くが最大多数の最大幸福であることが多いです。くつべらマン活動の想いに共感する企業・団体も多いと思います。
読者に向けたメッセージをいただけますか?
武石
ありがたいことに、社会的養護に興味関心を持ってくださる企業や社会人は数多くいらっしゃいます。実際に、問い合わせをいただくことも多いです。「何をすればいいか」悩まれる方も多い印象で、私たち児童福祉関係者の説明・提案の不十分さも実感しています。
少なくとも「社会的養護」は私たち支援者だけでは、子どもたちのニーズを完全に満たすことはできません。世間の皆様が関心を持ってくださることは望ましく、何か貢献したいと思ってくださるのは貴重なことです。ぜひ「貢献したい」と思う気持ちを大切にしながら、現場の支援や活動に理解を寄せていただいたり、実際に話を聞きに足を運んでいただけたら幸いです。その相手が私たちであるのなら、説明に力を尽くしたいと思います。
我々の社名である「SHOEHORN」は「靴べら」という意味です。先ほども説明しましたが、出発時に使うものであり、使っても使わなくてもよい存在です。依るものの少ない彼らの、人生の定点となる、選択肢の一つであることを目指しています。
前述した、彼らが弊店に立ち寄る際にドリンクを無料で飲むことができる「エールチケット」という取り組み。その一杯のスポンサーになっていただく方法の一つに、Saccoさんが運営するWEBサービス「coki」で付与される社会貢献ポイントがあります。(2,000Pから応援いただけます)
エールチケットは、若者と、おごっていただける方の1杯ずつ、計2杯がセットのコーヒーチケットです。購入していただいた場合、購入していただいた方の会社名あるいはお名前を控え、チケットを準備しておきます。ぜひご自分の1杯分をもって、来店をご検討ください。cokiの社会貢献ポイント2000ポイントで、計4杯のコーヒーを若者が飲める支援することができます。
◎法人概要
一般社団法人SHOEHORN
https://sites.google.com/shoehorn.jp/top/home
代表 武石和成