
2025年3月期の決算発表を終え、上場企業は6月の株主総会に向けて取締役選任議案を開示している。その中で静かに注目を集めているのが、新任社外取締役における女性の比率が前年より下がっているという噂である。人材紹介会社やガバナンス関係者からは、「女性社外取の需要がピークを過ぎたのではないか」「サステナビリティ人材ブームの終焉だ」といった声も聞かれるようになっている。
だが、数字を丹念に追っていくと、これは単純な“減少”ではなく、“質への選別”が始まったことを意味している。女性社外取締役の登用は今、第二ステージに入ったと言える。
社外取締役に占める女性の「総数」は依然拡大中
人材紹介大手のプロフェッショナルバンクによると、日本企業における女性社外役員数は、2024年3月末の2,384人から2025年3月末には2,798人へと増加。1年で実に414人、17%以上の増加となった(※1)。
また、大和総研の推計では、東証プライム市場の社外取締役全体に占める女性の比率は2025年春時点で37%に到達している(※2)。政府の目標「2025年度までに女性役員を1人以上」に対応した登用が広がっている結果と見られる。
一方で、新任女性の比率は減少に転じた
しかし、今年の株主総会に向けて開示された招集通知を集計すると、女性の「新任」比率は前年より低下している。
具体的には、TOPIX100社のうち招集通知を5月末までに公表した82社の取締役選任議案において、新任候補者は合計257人。そのうち女性は63人(24.5%)にとどまり、前年(305人中88人=28.9%)から約4.4ポイントの低下となった(※3)。
絶対数でも、新任女性は前年の88人から25人減少しており、これは2020年以降で初の明確な減少である。社外取締役全体の女性数は増えているにもかかわらず、「今年新たに登用された女性」の比率が下がっているという二重の構造が、今回の株主総会シーズンで初めて浮かび上がった。
ブームから選別へ:なぜ“新任”の女性が減ったのか
この現象の背景には、いくつかの構造的な変化がある。
第一に、2019年以降に急増した「女性×サステナビリティ」枠が一巡したことが挙げられる。多くの企業がこの5年で“女性1人目”を登用し終え、これまでのような“記号的”なダイバーシティ登用から、より実務に通じた人材への選抜に移行している。
第二に、ESGの“専門家”として迎えられた女性の一部が、財務・事業・リスクといったガバナンス領域において十分な貢献ができなかったという反省もある。指名委員会関係者の間では、「理念を語れても、事業判断の議論に入れなければ再任しづらい」との声が出ている。
第三に、米国でトランプ政権が復活の兆しを見せ、ESGやDEI(多様性・公平性・包摂)に逆風が吹き始めたことが、日系企業にも心理的影響を与えている。米VanguardやISSなどがESG関連の株主提案への支持を減らす方針を表明する中で、日本企業も「ESGによる外圧」が緩和されたことにより、登用基準の再考を始めた。
必要とされるのは「理念を超えて経営を語れる女性」
もはや、「女性であること」だけが社外取締役登用の決定打になる時代は終わった。企業が求めているのは、ガバナンス、財務、人的資本、M&A、気候リスク対応といった“重たい論点”に向き合える人材である。
この変化に対応するかのように、経済産業省や東証が後援する女性取締役育成講座では、サステナだけでなく「財務三表」「事業戦略」「内部統制」などのカリキュラムを加えた実務型人材の育成が始まっている。
量の時代は終わり、“本当に選ばれる人材”の時代へ
2025年は、「女性社外取締役が増えている」という全体トレンドと、「新任の女性が減っている」という局所的な逆風が交差するタイミングとなった。
それはすなわち、“記号としての女性登用”が一段落し、“企業価値に資する女性人材をどう選び、育てていくか”という、本質的な問いに社会が直面し始めたことを意味している。
女性社外取締役の登用は、終わったのではない。これからが本当の始まりである。
出典・注釈
※1:プロフェッショナルバンク「女性役員実態調査2025」(2025年5月公表)
※2:大和総研「コーポレートガバナンス・レポート2025年春号」
※3:HRガバナンス・リーダーズ速報(2025年5月末時点)および東証上場企業招集通知に基づく筆者集計(TOPIX100対象)