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ナイキ、J.P.モルガンもDEI報告書見送り 透明性なき企業に迫る「沈黙のコスト」

サステナブルな取り組み ESGの取り組み
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政治の風向きが変われば、企業は何を捨て、何を守るのか──。

DEI開示見送り

米国の有力企業が、相次いでDEI(多様性・公平性・包括性)に関する報告書の公表を見送っている。ナイキ、J.P.モルガン・チェース、コンステレーション・ブランズ、アカマイ・テクノロジーズなど、ESG経営の先進企業として知られた顔ぶれが、ここにきて「沈黙」を選び始めた。

背景にあるのは、ドナルド・トランプ前大統領の復権と、それに伴う保守層による反DEI運動の激化だ。

 

毎年の慣例を破るナイキの「見送り」

2024年、ナイキのジョン・ドナホー前CEOは、自らが出演する90秒の動画で「スポーツの変革力と多様性の価値」を熱く語っていた。2001年以降、ナイキは毎年、DEIに関する詳細な報告書を発行し、企業の社会的責任を開示してきた。

しかし2025年、その報告書は発行されなかった。理由の明言は避けたが、社内関係者によれば「政治的反発や広報リスク」を考慮したとみられている。

このナイキの動きに追随するかのように、J.P.モルガン・チェースやコンステレーション・ブランズも、株主向けのサステナビリティ報告書を延期、あるいは見送りの決断を下した。

 

トランプ政権の影響、「忖度」としての沈黙

2025年1月に就任したトランプ氏は、連邦政府内の多様性推進プログラムを廃止し、「性別は男女の2つのみ」と定義する大統領令にも署名。こうした政策が、企業の開示戦略に影響を与えているのは明らかだ。

とはいえ、ブルームバーグの報道によると「トランプ氏の政策が直接的な理由」と明言した例はないとのこと。企業側は「文書の再編中」「内容の見直しが必要」といった回答に終始したが、その実態は“忖度”に近い。

 

企業にとっての「沈黙のコスト」

では、この「報告しない」という決断は、果たして企業にとって得策なのだろうか。

非営利団体ジャスト・キャピタルのマーティン・ウィタカーCEOは、「報告書の遅延は、企業の透明性スコアを損ない、長期的には投資家との信頼関係を崩す」と指摘する。同団体によれば、2025年のサステナビリティ報告書のうち、実に約25%が公表を遅らせているという。

ESG開示の有無は、単に広報活動の一環ではない。気候変動、人権、ガバナンスに関する情報は、金融機関の与信評価や投資家の意思決定に直結する。報告書の不在は、見えない「リスクプレミアム」として企業価値を蝕む可能性がある。

 

Z世代が離れる“理念なき企業”

リスクは資本市場だけではない。就職市場にも異変が起きている。

Z世代、すなわち1990年代後半以降に生まれた若年層は、企業の価値観と行動が一致しているかを採用判断の軸に据えている。DEIやサステナビリティを積極的に開示している企業に対しては好感を示し、一方で透明性が曖昧な企業に対しては「理念が見えない」といった懸念を表明することが多い。

実際、PatagoniaやBen & Jerry’sなど、DEIや環境重視の姿勢を明確に示す企業は、Z世代からの支持を集めやすく、ソーシャルメディアでも「選ぶ理由が明確」との声が寄せられている。

逆に、報告書を発行しない企業には「何か隠しているのではないか」との疑念が生じ、若手就活生の離反につながる恐れがある。透明性は信頼の通貨であり、それを欠くことは、採用競争力を削ぐことにもつながる。

 

報告をやめた企業の“内部葛藤”

統合報告書を発刊しているある企業のサステナビリティ担当者は、「外部の政治リスクよりも、社内の議論のほうが厳しかった」と語った。

同社では、広報、IR、法務、サステナビリティ部門の間で、「出すべきか」「出さざるべきか」「どこまで言及するべきか」を巡る激しい議論が交わされたという。最終的に見送りが決定されたが、「このままでいいのか」との声はいまも社内に残っている。

ナイキ関係者も、「いま報告書を出せば、左派にも右派にも叩かれる可能性がある。言葉を選べば選ぶほどリスクが増す。ならば沈黙が最も安全だという考えもある」と苦渋の胸の内を明かす。

 

透明性後退の先にあるもの

透明性とは、すぐに数字で測れるものではない。だが、じわじわと効いてくる。投資家、顧客、社員──あらゆるステークホルダーが「見えないこと」に不安を覚える時代において、情報の非開示は「戦略」ではなく「敗北」の予兆である。

米国で始まったこの動きは、やがて日本企業にも波及する可能性がある。日本でも2025年から有価証券報告書でのサステナ情報開示が義務化され、グローバル基準との整合が求められる中、「政治の顔色」を見て透明性を引き下げる判断が正しいのか──いま、問われている。

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寒天 かんたろう

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ライター歴26年。月刊誌記者を経て独立。企業経営者取材や大学、高校、通信教育分野などの取材経験が豊富。

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