「サプライヤー企業と一心同体で取り組まなければ、リスクを避けられません」と、気候変動対策におけるサプライヤーとの協働の重要性を強調するのは、大和ハウス工業株式会社の環境部環境マネジメントグループ長 山本亮さん。
「数十年に一度の災害」と言われる規模の災害が毎年のように発生するいま、気候危機は同社が提供する「住まいや暮らしの安心・安全」という事業価値の根幹をも脅かしている。
そんな危機感を背景に、同社は2016年に環境長期ビジョン“Challenge ZERO 2055”を策定し、創業100周年の2055年に環境負荷ゼロを目指している。
そんな同社の山本さんに、脱炭素経営に向けた同社の取り組みから、サプライヤー企業に期待すること、課題と今後の展望までを伺った。
大和ハウス工業が目指すは2055年に「環境負荷ゼロ」
山本
大和ハウス工業株式会社で環境部環境マネジメントグループ長をしております、山本亮と申します。
当社がISO14001認証を取得する活動に従事したことを機に、1999年より環境技術部(現:環境部)にてグループ全体の環境に関する方針策定やマネジメント業務などに関わってきました。
当グループは、2055年で創業100周年を迎えます。100周年に向けて、当社は事業を拡大させながら、2016年度には環境長期ビジョン“Challenge ZERO 2055”を策定し、「環境負荷ゼロ」に挑戦しています。
その一環として、2018年には、住宅・建設業界において世界で初めて「Science Based Targets(SBT)」、「EP100」、「RE100」の3つの国際イニシアティブに参画し、それぞれ「温室効果ガス(GHG)削減」、「省エネ」、「再エネ」に関する野心的な目標を掲げています。
山本
SBTについては、2050年にGHG排出量ネットゼロ、EP100については2030年にエネルギー効率2倍、RE100については2023年に再生可能エネルギー100%を目標に掲げました。
いずれも、参画当初より目標年度を前倒しして取り組んでいます。
また、太陽光発電とZEH(net Zero Energy House)・ZEB(net Zero Energy Building)を普及させる取り組みも、全部署を挙げて推進しています。
当社の売上高は、ゼネコン、住宅メーカー、不動産デベロッパーのなかで第1位です。言い換えれば、それだけ多くの新築建物を供給し、屋根を作っているわけです。
国内で再エネを生み出せる平地が限られるなか、今後は「屋根に設置する太陽光発電で再エネをどれだけ生み出せるか」が問われます。
多くの屋根を作っている企業だからこそ、率先して太陽光パネルを設置し、再エネを生み出すことが、当社の社会的責任だと考えています。
「2050年GHG排出量ネットゼロ」野心的な目標の背景にある創業者精神
貴社の脱炭素の取り組みへの本気度を感じます。業界に先駆けて積極的に脱炭素を推し進めることとなった背景を聞かせてください。
山本
根底には、創業者精神があります。当社の創業者・石橋信夫は、事業を展開する理由について「儲かるからではなく、世の中の役に立つからやる」と常々口にしていました。
山本
当社の創業商品「パイプハウス」は、1950年のジェーン台風で多くの木造住宅が倒壊する中、強風にさらされても折れていない稲や竹を見て、「丸くて、中が空洞である鉄パイプで頑丈な建物をつくればいい」と考えから発売されました。
木材が枯渇する時代背景もある中で、鉄パイプの利用は、様々な企業のニーズにもマッチしました。こうして、従来の木造建築に代わる技術として鋼管(パイプ)を使った「パイプハウス」が誕生しました。
また、石橋は「21世紀は風・太陽・水の時代が来る」と予見し、1999年にダイワ・ネイチャーエンジニアリングガイド株式会社(現:大和エネルギー株式会社)を設立して風力発電事業に乗り出しました。
常に社会課題を意識し、どんな商品・サービスが課題解決につながるかを念頭に置いて事業を展開しました。
そんな石橋の「世の中の役に立つからやる」という創業者精神が、現在の当社の環境への取り組みにつながっています。
2022年5月に公表した第7次中期経営計画(第7次中計)においても、環境のテーマを重要視しており、脱炭素への取り組みは「経営目標」となっています。
脱炭素に取り組むのは「未来の子供たちの『生きる』を支える」ため
気候危機はもはや、グループを挙げて対応すべき経営課題という位置づけになっているのですね。
山本
その通りです。
ここ数年、「数十年に一度」と言われるような水害や台風が、毎年のように日本を襲っています。私たちの生命、住まい、暮らしの安心・安全は、気候変動によって脅かされている状況です。
当社の代表取締役社長の芳井敬一も、「カーボンニュートラルに向けた取り組みは、未来の子供たちの『生きる』を支える取り組みである」と述べています。
毎年のように災害が相次ぐ状況を目の当たりにして、果たして若い世代が「家を建てたい」と思うでしょうか。
自然災害の規模や頻度が増すにつれ、「家を建てたい」というマインドは低下し住宅市場が冷え込む恐れがあります。この問題は当社の住宅事業にも悪影響を及ぼします。
当社の事業価値は、安全・安心の住まいや暮らしを提供することです。気候変動の進行が、当社の事業価値自体を脅かしている。脱炭素への取り組みの根底には、そんな危機感があります。
2055年に「環境負荷ゼロ」を目指す“Challenge ZERO 2055”とは
100周年の年に環境負荷ゼロを目指すという「環境長期ビジョン “Challenge ZERO 2055”」とは、具体的にどのような取り組みでしょうか。
山本
環境長期ビジョン “Challenge ZERO 2055”は、2055年に「環境負荷ゼロ」を目指すべく策定した長期目標です。
「環境」と言っても、幅広いテーマを含むため、重点的に取り組むべき「4つの重点テーマ」と「3つの段階」を定めました。
山本
4つの重点テーマは、「気候変動の緩和と適応」、「自然環境との調和」、「資源循環・水環境保全」、そして「化学物質による汚染の防止」です。
なかでも「気候変動の緩和と適応」は、最重要テーマと位置づけています。
3つの段階は、「サプライチェーン」、「事業活動」、そして「まちづくり」。先に挙げた4つの重点テーマとこれら3つの段階を掛け合わせると、12分野に分けられます。
12の分野のなかでも特に重要な分野について、7つの「チャレンジ・ゼロ」を定めています。
7つの分野で、2055年に達成したい「環境負荷ゼロ」の状態を「究極のゴール」とし、そこから逆算した2030年のマイルストーン(中間目標値)を設定しています。
さらには、中期経営計画に合わせて2026年度を最終年度とする環境行動計画「エンドレス グリーン プログラム(EGP)2026(以下「EGP2026」)」を策定し、具体的な目標と計画を定めました。
「まちづくり」、「事業活動」、「サプライチェーン」の全方位から脱炭素を推進し、グループ、グローバル、そしてサプライチェーンが一体となって環境経営に取り組む方針です。
EGP2026に掲げた主要施策のうち、「気候変動の緩和と適応」に関するものは、大きく「まちづくり」、「事業活動」、「サプライチェーン」のカーボンニュートラルに分けられます。
「まちづくり」のカーボンニュートラルにおける指標のひとつがZEH率とZEB率。2026年度にはZEH率90%、ZEH-M(net Zero Energy House-Mansion)率50%、ZEB率60%を目指します。
また、当社が手がける新築建物の屋根には、原則として全棟に太陽光発電を搭載することを方針に掲げています。
「事業活動」のカーボンニュートラルでは、グループ内の新築自社施設で全棟ZEB化を目指します。
また、自社再エネ発電所由来の再エネ電気を活用し、2023年には当初の予定を17年前倒ししてRE100(再エネ利用率100%)を達成する計画です。
そして3つ目の「サプライチェーン」のカーボンニュートラルにおける指標のひとつが、「主要サプライヤーによるSBT水準のGHG削減目標設定率」。
2025年度には90%以上の主要サプライヤーがSBT水準のGHG削減目標を設定し、その削減目標を2030年度までに達成することを目指しています。
主要サプライヤーも巻き込みながら、グループ全体で具体的目標の達成に向けて取り組んでいるのですね。
山本
全社目標を決めただけでは「環境負荷ゼロ」は達成できませんので、事業本部や支社・支店、さらにはグループ会社ごとの目標まで落とし込んでいます。
その上で、部門ごとに改善計画書を策定し、PDCAサイクルに沿ってマネジメントを行っています。私たち環境部は、その舵取り役を担っています。
カーボンニュートラルの成否を左右する「サプライチェーンのGHG排出量」
主要サプライヤーによるSBT水準のGHG削減目標設定率を2025年度に90%まで高めるというお話がありました。サプライチェーン上の企業には、どのようなことを求められているのでしょうか。
山本
当社がSBT目標を掲げているのと同様に、サプライヤー企業にもSBT水準のGHG排出量削減目標の設定を要請しています。
サプライヤー企業に目標を設定していただく取り組みには、2018年に着手しました。そのかいあって、現在、主要サプライヤー203社のうち9割近い企業が任意のGHG削減目標を設定しています。
また、全体の34%の企業が、SBT水準の削減目標を設定しています(2021年度実績)。2022年度には34%から大幅に増加し、60%を超える見込みです。
山本
こちらのグラフを見ると、2050年にカーボンニュートラルを達成するには、スコープ3カテゴリ1に関わるサプライヤー企業の協力が不可欠だと分かります。
このように、事業活動(スコープ1、2)に関しては、基準年から2030年までで70%削減できる見込みです。また、販売した建物の使用(スコープ3カテゴリ11)についても、同期間で63%の削減が見込めます。
しかしながら、サプライチェーン(スコープ3カテゴリ1)に関しては、2015年から2030年目標までほぼ横ばいです。
サプライチェーンの排出量が横ばいでも2030年目標の「40%削減」までは目標に近付くことができます。
しかし2030年以降、2050年までにいかにGHG排出量を削減できるかは、サプライチェーンのGHG排出量削減にかかっているのです。
もっとも、現状の算定方法では削減目標を立てられない事情があります。グラフ上では「サプライチェーンのGHG排出量 314万t」と示していますが、この数字の算定方法が問題なのです。
山本
現在の算定方法は、当社が供給した建物の床面積に1㎡あたりのCO2排出原単位をかけるという方法です。
このCO2排出原単位は固定値なので、314万tという数字を減らすには、供給建物の床面積を減らすしか道はありません。
しかし事業を拡大させるには、供給建物の床面積を減らす選択肢はありません。したがって、算定方法の見直しを検討しています。
新たな算定方法は、資材投入量にCO2排出原単位をかける方法です。これによると、建物に使用する鉄の量を1割減らせれば、床面積が増えてもGHG排出量を減らせます。
また、鉄に比べてCO2排出原単位の低い木材を使用したり、鉄のなかでも高炉材に代えて電炉材を使用したりすることで、GHG排出量が抑えられる可能性があります。
このように、資材の切り替えがCO2削減への貢献に反映されるような算定方法を採用したいと考えています。
サプライヤー企業の皆様も、資材ごとのLCCO2やエンボディドカーボンを開示したり、製品の環境データを認証するEDP制度による認証を取得した資材を増やしたりすることが、GHG排出量の削減に貢献できるような仕組みです。
この算定方法を導入した上で、サプライヤー企業の皆様に排出量を抑えた資材を提供いただければ、それだけ「314万トン」を削減できる余地も広がると期待しています。
企業規模と進捗に応じた3つのサプライヤー・エンゲージメント施策とは
貴社は、「CDP サプライヤー・エンゲージメント評価」*において4年連続で最高評価の「サプライヤー・エンゲージメント・リーダー・ボード」に認定されています。
サプライヤー企業の参加率を高めるための活動や施策があれば、教えてください。
*CDP:国際的な環境情報開示システムを運営する非営利団体
山本
サプライヤーとのエンゲージメントの手段として、アンケートの実施、方針説明会の開催、脱炭素ワーキンググループ(WG)、脱炭素ダイアログといった活動を展開しています。
まず、毎年のアンケート調査では、サプライヤー企業がどのような削減目標を設定し、どのくらい実績をあげているかを調査しています。
質問項目は、「SBTの認定を取得していますか/取得予定はありますか」、「REアクションに参画していますか、目標年度はいつですか」、「基準年のGHG排出量と目標年のGHG排出量は」といった簡易なものです。
カーボンニュートラル宣言をしている企業には、その目標年と対象範囲、実績と主な施策も記入いただきます。
さらに、このアンケート結果をもとに、各企業に最適なエンゲージメント施策を実施しています。
サプライヤー企業の規模と取り組み状況に応じて、エンゲージメント施策を変えているのですね。
山本
まず、脱炭素に向けた取り組みが始まって間もない企業に対しては、方針説明会を通じて脱炭素に取り組まなければいけない理由やESG経営の重要性を説明することで、脱炭素のマインドを醸成しています。
山本
次に、脱炭素に向けた取り組みをしているものの、目標設定ができてない企業に対しては、脱炭素WGを実施しています。
WGで、目標設定できない理由やつまずきのポイントを探り、当社が蓄積してきた経験やノウハウを共有しています。
例えば、「CO2排止量の算定方法が分からない」という企業には、算定方法をレクチャーします。
また、「目標を立てたいが社内をどう説得したらよいか分からない」という会社には、当社が経験した類似のケースを紹介して一緒に突破口を探ります。
また、目標設定はしているものの、その水準がSBT水準に達していない企業に対しては、脱炭素ダイアログを実施しています。
気候変動問題の最新トレンドや当社の気候変動に対する考え方をお伝えするとともに、サプライヤー企業の考え方にも耳を傾けます。
脱炭素をめぐる考えについて理解を深めながら、意識改革や行動変革を促すことをねらいとしています。
とはいえ、気候変動の危機感を共有しにくい企業や、脱炭素の取り組みへの理解が追いつかない企業もあるのではないでしょうか。そういった企業とのコミュニケーションで心がけていることはありますか。
山本
たしかに、「CO2削減の取り組みなんて全くしていない」、「CO2排出量の計算方法など分からない」、「環境部門なんかない」といった声も聞こえてきます。
しかし、そのような企業でも、生産性向上、良品率向上、在庫の削減、残業の削減といったQCD(Quality・Cost・Delivery、品質・費用・納期)の改善は日ごろから行っているはずです。
こういった日本のものづくり企業が当たり前に実施している活動が、実は省エネやCO2削減にもつながっているのです。
そこで、「御社でも既に省エネ活動をされていますし、それがCO2削減にもつながっているのですよ」とお伝えします。
すると、「何か新しいことを始めないといけないと思っていたけれど、QCDの改善活動が結果的にCO2削減につながるのか」と、「図らずも既にCO2削減に取り組んでいた」ことに気付いていただけます。
その上で、「省エネに加えて使用エネルギーの再エネへの切り替えも検討していただいたら、あとはバッチリです」とお伝えしていくと、抵抗感なく取り組んでいただけるようです。
サプライヤー企業とは「運命共同体」。資材の脱炭素化に期待!
なるほど。伝わりやすさを意識してコミュニケーションと取っているのですね。それでは、貴社にとって脱炭素で協働できるサプライヤーとはどのような存在ですか。
山本
当社の事業に欠かせない存在です。
サプライヤー企業と一心同体で取り組まなければ、さまざまなリスクを避けられません。
気候変動がさらに進行し、サプライヤー企業の工場が水害で浸水してしまえば、資材の供給が止まり、工事現場は動けなくなります。当社とサプライヤー企業は、まさしく運命共同体です。
SBT水準の削減目標を設定されているサプライヤー企業も増加しています。当社としても、サプライヤー企業の努力と改善策がGHG排出量の削減につながるような仕組みを構築します。
サプライヤー企業の皆様にも、積極的に製品(資材)の脱炭素化を推進していただきたいと期待しています。
最後に、脱炭素社会の実現に向けた課題と今後の展望について教えてください。
山本
課題は、海外事業にも脱炭素の取り組みを広げていくことです。今後の事業展開において、海外事業の拡大は不可欠です。
現在、当社が国内で供給する住宅・建築物は、原則全てZEH・ ZEBとし、全棟太陽光を搭載する方針で建設しています。
今後海外で展開する住宅や建築に関しても、同様の方針のもと進められるよう、海外事業会社とコミュニケーションを取りながら取り組みを広げていくことが課題です。
環境長期ビジョン“Challenge ZERO 2055”の目玉となる施策は、2030年までに全事業部において「全棟太陽光設置」と「全棟ZEH・ ZEB化」を達成することです。
これを達成できれば、当社の建物が増えるにつれて脱炭素も進むという状態になります。これはつまり、「環境保全と企業収益の両立」を実現できるということです。
「大和ハウス工業が建物を建てれば建てるほど、社会の脱炭素化が加速する」。そう言い切れる企業を目指して、サプライヤー企業とともにグループ全体で取り組みたいと考えております。
貴社とサプライヤー企業との協働で、双方が長期的に事業を拡大でき、ひいては次世代も安心して暮らせる地球環境になると期待しています。本日はありがとうございました。
◎企業概要
・大和ハウス工業株式会社
・本社所在地:大阪市北区梅田3丁目3番5号
・電話:06-6346-2111
・FAX:06-6342-1399
・創業:1955年4月5日(設立1947年3月4日)
・代表者:代表取締役社長 芳井 敬一
・資本金:1,618億4,518万4,151円
・従業員数:48,831人(2022年4月1日)
・決算期:毎年3月31日
・売上高:4,439,536百万円(2022年3月期)
・上場証券取引所:東京証券取引所プライム市場
◎プロフィール
山本 亮(やまもと・りょう)
1972年奈良県生まれ。1995年に大和ハウス工業株式会社に入社。生産部門にてISO14001認証取得に従事。1999年より環境技術部(現:環境部)にて建設廃棄物ゼロエミッションプロジェクト、廃棄物管理体制の構築、環境長期ビジョンの策定、環境法令管理体制の構築などを推進し、2018年4月より現職。