2050年「カーボンマイナス」と「地下資源(原油、金属などの枯渇性資源)消費ゼロ」を目指すセイコーエプソン株式会社。
企業のありたい姿に「持続可能でこころ豊かな社会を実現する」を掲げ、2021年に長期ビジョン「Epson 25 Renewed」を策定し、「環境」「DX」「共創」により、企業成長と社会課題解決を目指す「攻めのESG(環境・社会・ガバナンス)経営」へのシフトを加速させた。
1942年に自然豊かな信州諏訪の地で創業して以来、「諏訪湖を汚してはならない」という原点を基軸とした高い環境意識と、「省・小・精」の高度なモノづくり技術で発展してきた同社のESG経営と新たな企業価値の創造へのチャレンジを代表取締役社⻑の小川恭範さんに伺った。
新長期ビジョン「Epson 25 Renewed」でこころ豊かな社会の共創を目指す
—御社は、2016年に10年後に向けた長期ビジョンとして「Epson 25」を定め、その5年後の2021年に改定版である「Epson 25 Renewed」を策定されました。
2016年の「Epson 25」と、2021年の「Epson 25 Renewed」の共通点は、エプソンの最大の強みである「省・小・精の技術」すなわち「省エネルギー、小型化、高精度」を生かして新たな未来を創造するという点です。
2016年当時は、この強みを生かして「人やモノと情報がつながる新しい時代を創造する」ことをビジョンステートメントとしていました。
情報通信技術の進展により、あらゆる情報がインターネット上でつながる社会のなかで、「省・小・精の技術」で先鋭化した製品を求心力に、人やモノと情報をつなぐリーディングカンパニーを目指していたのです。
同時に2050年までに売上収益1兆7,000億円という財務目標を立てました。端的に言えば、当時の我々は「性能の良いモノをつくること」が、「会社の成長=売上成長」につながると定義していたのです。
—ESG経営を推進する上でも、高い技術力を有するモノづくり企業が「良いモノをつくることで売上成長を目指すこと」自体は、現在の環境においても重要な経営指標の1つだと思います。
当時はそれでも良かったのかもしれませんが、わずか5年間で時代は大きく変わりました。気候変動や新型コロナウイルスをはじめ、社会はさまざまな課題に直面しています。
SDGsの推進やESG経営が求められ、企業の社会的責任がより問われるようになった今、「会社の成長=売上成長」と捉えていた「Epson 25」を掲げたままでは、当社が真に実現したい「社会の公器たる企業としての在り方」を見失ってしまうかもしれないと危機感を覚えるようになりました。
そこで、社会情勢の変化への感度を高め、我々が長年培ってきた「省・小・精の技術」が社会課題にどのように貢献できるかという視点で策定した長期ビジョンが「Epson 25 Renewed」です。
「Epson 25 Renewed」では、「省・小・精の技術」とデジタル技術で人・モノ・情報がつながる、持続可能でこころ豊かな社会を共創することを目標に掲げています。
地球全体が、物質的・経済的な豊かさだけでなく、精神的・文化的な豊かさも含めた「こころの豊かさ」を目指していくべきであるという考え方がベースにあるのです。
—新たなビジョンステートメントの実現に向けて、どういった取り組みを行っていくのでしょうか?
「環境」「DX」「共創」という3つの取り組みを推進していきます。
まず環境に関しては、「脱炭素」と「資源循環」をキーワードに、環境負荷低減を実現していきます。
DXへの取り組みとしては、強固なデジタルプラットフォームを構築し、人・モノ・情報をつなげ、お客様のニーズに寄り添い続けるソリューションを共創し、カスタマーサクセスに貢献することを目指します。
そして共創への取り組みとして、技術、製品群をベースとし、共創の場・人材交流、コアデバイスの提供、協業・出資を通して、さまざまなパートナーと社会課題の解決につなげる商品・サービスの提供、環境技術の開発を推進していく考えです。
共創は特に注力したい分野です。今後は従来のハードウェアの製造・販売主体のビジネスモデルから、DX・ソフトウェアを軸に、企業の垣根を越えた連携が可能となるオープンなビジネスプラットフォームの構築への展開も本格化させていきたいと考えています。
5つの領域でイノベーションを創出、社会課題解決により成長を実現
—ESG経営における御社のマテリアリティ(重要課題)についてお聞かせください。
エプソンは、マテリアリティとして、次の4つを定めています。「循環型経済の牽引」「産業構造の革新」「生活の質向上」「社会的責任の遂行」です。これらをより実効性のあるものにするために、12項目のサステナビリティ重要テーマを設定し、推進しています。
—4つのマテリアリティと12のサステナビリティ重要テーマを推進するには、「Epson 25 Renewed」で掲げる「環境」「DX」「共創」という3つの取り組みが相乗効果を発揮できるようなイノベーションが鍵になる。
その通りです。「Epson 25 Renewed」では、先ほどご紹介した4つのマテリアリティ、12のサステナビリティ重要テーマを軸にした戦略を実行するために、事業領域を次の5つのイノベーション領域に再編しました。
1つ目は、オフィス・ホームプリンティングイノベーションです。
従来、オフィスプリンティングでは品質とスピードの観点からレーザー方式が主流でした。しかし、当社は技術改良を進めた結果、高品質かつ高速印刷性能を持ちながらも、消費電力を低く抑えることが可能なマイクロピエゾ方式のインクジェット技術の開発に成功し、業務効率・生産性の向上と環境負荷の最小化の両立を実現させました。
個人向けとしては、安価なプリンタを提供し、インクカートリッジで収益を得るビジネスモデルではなく、大容量インクタンク搭載のインクジェットプリンタをサブスクリプション式で提供するなど、お客様の印刷ニーズに合わせた環境づくりに努めています。
このように、インクジェット技術・紙再生技術などのソリューションにより、環境負荷低減・生産性向上を実現し、分散化に対応した印刷の進化を主導するのがオフィス・ホームプリンティング領域の目標です。
2つ目は、商業・産業プリンティングイノベーションです。
商業・産業分野では、例えば捺染では専用の版を布地に押し付けて印刷する「アナログ捺染」が主流でした。しかし、アナログ捺染は大量のエネルギーや水、原料、時間を消費し、作業工程が煩雑であり、廃棄物が多いなどのデメリットがあります。
そこで当社ではインクジェットによるデジタル捺染技術により、精細なグラデーションや微妙な色調の再現、低コストで多品種少量・短納期の生産、染色材料のロスや版洗浄のための水の使用をカットすることで環境負荷の低減を実現しました。
3つ目は、マニュファクチャリングイノベーションです。
この領域では、環境負荷に配慮した生産性・柔軟性が高い生産システムによるモノづくりの革新を目指しています。具体的にはエプソンの「省・小・精の技術」を用いて、大量生産ではなく、多品種少量生産に対応できる工場を作り、工場のコンパクト化と環境負荷の低減を実現させます。
将来的には、工場全体をコントロールするDX技術にも積極的に挑戦していきたいと考えています。
4つ目は、ビジュアルイノベーションです。
この領域の代表製品であるプロジェクターはすでに成熟市場のため、大きな売上成長を見込まなくとも事業継続が可能な構造へと改革を進めます。
将来的には、感動するほどの映像体験と快適なビジュアルコミュニケーションで「学び・働き・暮らし」を支援し、産業構造の革新と生活の質の向上を目指したいと考えています。
そして最後、5つ目はライフスタイルイノベーションです。
「ウオッチ」と「センシングデバイス」を2本柱として、前者では「省・小・精の技術」をさらに極めてお客様個々の感性に訴える魅力ある製品を提供し、後者ではセンシング技術を活用したソリューションを共創し、お客様の多様なライフスタイルを彩ることを目標としています。
以上5つの領域でのイノベーションを通して、社会課題の解決を目指します。先行き不透明な社会情勢が続いていますが、こうしたイノベーションを起こし続けることで収益性を確保しながらさらなる成長を目指していきます。
環境先進的企業が「省・小・精の技術」で実現する2050年「カーボンマイナス」と「地下資源消費ゼロ」
—5つのイノベーション領域では、「環境負荷の低減」という言葉が度々登場しました。御社の環境問題への対応についてのお考えをお聞かせください。
当社は1942年に豊かな自然に恵まれた信州諏訪地方に創業して以来、創業者の「諏訪湖を汚してはならない」という想いを軸に発展してきたため、環境への意識は人一倍強く持っています。
循環型社会経済を牽引する先進的企業であるという自負から、2021年に改定した「環境ビジョン2050」では、「カーボンマイナス」や「地下資源(原油、金属などの枯渇性資源)消費ゼロ」という高い目標をあえて掲げました。
大切にしたのは具体的な数値目標の設定です。曖昧な言葉で逃げるのではなく、ビジネスモデルを転換しないと達成できない高い数値目標を掲げることで、社員のモチベーションアップや、選択と集中を促進できるようにしました。
容易に達成できる目標ではありませんが、モノづくり企業としての強みである「省・小・精の技術」を生かすことで実現できると考えています。
具体的には、2030年までに脱炭素、資源循環、環境技術開発へ1,000億円の費用を投下する予定です。これにより、サプライチェーンにおける温室効果ガス(GHG)排出は200万トン以上の削減を見込んでいます。さらに、全世界のエプソングループ拠点において使用する電力を、2023年までに100%再生可能エネルギーとすることも決定しました。
「環境ビジョン2050」に向けてやるべきことを、脱炭素、資源循環、お客様のもとでの環境負荷低減、環境技術開発の4領域に分け、1つひとつ取り組んでいきたいと思っています。
◎cokiの視点
セイコーエプソン株式会社は、2030年までの10年間で1,000億円の費用を投入し、サプライチェーン全体のGHG排出量200万t以上の削減を目指している。この取り組みは、同社2017年実績比で55%の削減を目指すもので、日本政府の「2030年度までに46%の削減を目指し、さらに50%に挑戦する※」という野心的目標の水準をも大きく超える。同社の高い環境意識と技術力によって、サステナブル社会の実現を牽引するという強い意志が垣間見える。※2013年比、出典:環境省「地球温暖化対策計画」
自然豊かな長野が原点、社会に新たな価値を提供し続ける企業であるために
—創業80周年というアニバーサリーイヤーを迎える御社が、今後さらにサステナブルな企業であり続けるために大切にしていきたいことを教えてください。
企業の命題の1つは、「いかに社会に価値を提供し、社会貢献をし続けることができるか」です。
従来は、性能や値段などの「モノの価値」が追求されてきました。社会が成熟するに伴い、モノの豊かさから、もっと精神的な豊かさに価値を見出すようになってきています。
これからの企業は、「モノの価値」追求のみでなく、いかに社会に貢献できるか、という視点で様々な価値提供をすることが重要です。
これからの時代、売上による短期的な勝敗よりも、求めるべきはやはり「持続可能でこころ豊かな社会を共創すること」に尽きます。
「Epson 25 Renewed」の策定によって、従来の方法やマインドを変えていくべきという思考が徐々に社内に浸透してきました。「Epson 25 Renewed」、「環境ビジョン2050」ともにチャレンジしがいのある高い目標ですので、従業員一丸となって努力を続けていこうと思います。
今は世界中で不安定な社会情勢が続いていますが、我々には豊かな自然溢れる長野県が原点であるという太い軸があります。今後も自然を感じながら、人を大切に、ステークホルダーの皆さまとともに、より社会に貢献していく会社として歩み続けたいと思っています。
◎プロフィール
小川 恭範
セイコーエプソン株式会社 代表取締役社長
1988年にセイコーエプソン入社。ファクシミリの読み取り装置となるイメージセンサーの設計を担当。1994年エプソン初のビジネスプロジェクターの商品化を実現し、2017年にはビジュアルプロダクツ事業部長に就任。2018年6月に取締役、同年10月には技術開発本部長に就任。翌年には取締役常務執行役員、ウエアラブル・産業プロダクツ事業セグメントを統括。2020年4月代表取締役社長に就任。
◎企業概要
社名 セイコーエプソン株式会社(SEIKO EPSON CORPORATION)
URL https://www.epson.jp/
所在地 長野県諏訪市大和三丁目3番5号
資本金 532億400万円
代表 代表取締役社⻑ 小川恭範
創立 1942年5月18日(昭和17年)
従業員数 連結79,805名/単体12,784名(2021年9月30日現在)