
学校給食は、子どもたちにとって成長を支える欠かせない日常だ。しかし近年、その量や質がしばしば話題になる。背景には自治体の予算制約や食材費の高騰、人手不足などがある。その一方で、58年間食中毒ゼロを維持してきた企業がある。東洋食品(東京都)だ。
同社は1966年の創業以来、全国約4000校に1日145万食を提供し、民間委託市場でシェア25%を占める。2025年3月期の売上は460億円。従業員は1万7000人超、その8割が女性である。「給食は安全であることが前提。子どもの健康を守る以上、ここは譲れない」と専務取締役の荻久保瑞穂氏は強調する。
学生食堂からリーディングカンパニーへ
東洋食品が給食市場に参入したのは1985年。文部省が民間委託を解禁した翌年だった。もともと学生食堂を運営していたが、新しい市場にいち早く足を踏み入れた。当時は注目されない地味な分野だったが、子どもの食を支えることには大きな意味があると考えたとのこと。
こうして学校給食を軸に事業を拡大し、今では業界のリーディングカンパニーへと成長した。
入札制度が抱える矛盾

学校給食の運営は、自治体が3〜5年ごとに委託先を選ぶ。評価方式には、安全性や教育的取り組みを重視する「プロポーザル方式」と、価格だけで決まる「価格入札方式」がある。後者では安さが最優先され、人件費を削らざるを得ず、結果として給食の質の低下や事故を招くこともある。
「委託料の7割は人件費です。ここを削れば現場に無理がかかり、子どもにその影響が返ってきます」と荻久保氏は指摘する。近年、給食会社の倒産が過去最多となったのも、こうした構造の影響だ。東洋食品は安値競争に加わらず、安全と品質を守る姿勢を貫いてきた。
食育を通じて心を育む

同社がもう一つ力を注いでいるのが食育だ。年間500件以上のプログラムを展開し、親子調理教室や野菜の飾り切り体験、収穫体験などを行っている。子どもたちが自らの手で食材を扱い、「食べること」を自分ごととして学ぶ機会を提供している。
給食センターを訪れた子どもが「料理教室で飾り切りを練習した食材が給食に出た」と嬉しそうに話す姿を見たとき、荻久保氏は「食育の本質はここにある」と感じたという。栄養を補給するだけでなく、食そのものが教育の場になる。これが同社の掲げる食育の理念だ。
災害時に光る給食の力
2011年の東日本大震災で、東洋食品は現地で炊き出しを行った。冷たい風の中で温かい汁物を受け取った人々の表情は、社員たちの胸に深く刻まれた。その経験から、全国の自治体と災害時協定を結び、現在は40以上に広がっている。移動式回転窯や「かまどベンチ」も備え、非常時には給食センターが防災拠点となる。
「給食は平時だけでなく、非常時にも人を支えるインフラだと実感しました」と荻久保氏は振り返る。
働きやすさを支える改革
従業員の8割を女性が占める職場で、かつて女性管理職比率は4割弱にとどまっていた。荻久保氏は、キャリア制度や支援制度を整備し、この比率を6割超にまで引き上げた。全国型と地域型のキャリア制度を導入し、育休・復職支援や退職者の再雇用制度、メンター制度を整えた。結果、離職率は業界平均27%に対し14%と半減した。
「社員が安心して働ける環境をつくることは、子どもの食を守ることに直結します」と荻久保氏。人的資本への投資は、現場の安定を生み、サービス品質を裏打ちしている。
海外の子どもたちへ
国内市場が少子化で縮小する一方、海外では新たな可能性が芽吹いている。インドネシアでは2024年から学校給食の無償化が始まり、8,000万人の子どもに提供される政策が進んでいる。東洋食品は農水省系機関のプログラムで現地調査を行い、日本型給食の導入可能性を探っている。
調査で出会った子どもたちの多くは朝食をとらずに登校していた。昼に一斉にバランスのとれた給食を食べれば、栄養状態も生活習慣も大きく変わるだろう。「日本の当たり前が、海外の子どもたちの未来を変えるかもしれない」。荻久保氏の言葉には確信がこもる。
結びに
東洋食品の歩みは、老舗が「守るべきもの」と「変えるべきもの」を問い続けてきた歴史でもある。安全の徹底、食育の推進、災害対応の拡充、働き方改革、そして海外展開。いずれも子どもと地域の未来を支えるための挑戦だ。
給食という日常に社会の未来を重ねる同社の姿勢は、老舗リブランディングの一つの答えを静かに示している。



