漁網から始まる“裏方のプロフェッショナル”

北海道枝幸町に本社を構える株式会社海網工業は、漁業の現場を支える“裏方のプロフェッショナル”として2021年に創業された若い企業である。代表を務める池田拓哉氏は、もともと自動車整備士としてキャリアをスタートした異色の経歴の持ち主。だがその後、底曳漁船の世界に飛び込み、13年間の現場経験を経て漁網の修理や漁具の加工といった職人仕事に情熱を注ぐようになった。
現在、海網工業は漁網や漁具の製作・修理、鉄工作業、防錆処理、塗装など多岐にわたる“現場密着型”のサービスを提供している。最大の特徴は、職人の手仕事による丁寧な対応と、漁法や現場ごとの細かなニーズに応えるカスタマイズ力にある。
「網を直せる人がいない」現場の声が原点に
起業の原点は、漁業の現場で繰り返し耳にした「網が破れても直してくれる人がいない」「うまく伝わらない」といった切実な声だった。網大工の高齢化が進み、技術の継承が途絶えかけている現実に池田氏は強い危機感を覚えたという。
「漁師の仕事は、日々命がけです。その道具を支える自分たちにも責任がある。漁業という営みを“縁の下”からもっと滑らかに、安全に、そして“かっこよく”回るようにしたい」。そう語る池田氏は、単なる修理業務ではなく、現場への深い理解に根差したものづくりにこだわっている。
「この網で大漁だったよ」感謝の声が誇りに
海網工業の哲学を象徴するのが、ある漁師からの一言だったという。
「お前が作ってくれた網で、大漁だった」
この言葉をきっかけに、池田氏のものづくりへの姿勢は変わった。依頼を“こなす”のではなく、漁師の目線で、海の状況や船の動き、漁法のクセまでを想像して製作に取り組むようになった。「ただの道具づくりが、誰かの成果につながる」。その実感が、海網工業の仕事に誇りをもたらしている。

北海道から全国の漁業を支える企業へ
海網工業は現在、北海道内の漁業現場から徐々に信頼を積み重ねている。今後は「漁網・漁具といえば海網工業」と呼ばれる存在になることを目指し、北海道全域への展開、さらには全国規模での支援体制構築を視野に入れる。
池田氏は、「どんなに地味でも、誰かの役に立つ仕事には誇りがある」と語る。「派手さはなくても、現場で必要とされる仕事の価値や面白さを、もっと若い世代にも伝えていきたい」と、技術継承にも意欲を示す。
SNSも積極的に活用し、TikTokやYouTube、Instagramなどで職人の技や漁業の裏側を“かっこよく”発信する取り組みも強化中だ。
地域密着と技術革新の両立へ
従業員数は4名。小規模ながらもフットワークの軽さと顧客密着の姿勢を強みに、地道に信頼を広げている。漁業を支える技術と、職人の矜持。海網工業の歩みは、地域に根ざしたものづくりが次世代へと進化する姿を体現している。
「誰かの結果を、自分の手で支える。それが私たちの仕事に込めている想いです」(池田拓哉氏)
