
株式会社ネタもとの本村衆社長は、40年以上の経営経験と、20年近く企業の広報支援を続けてきた中で、ひとつの確信にたどり着いた。「課題を乗り越え成長し続ける企業には、社員のファンづくりが不可欠だ」。
華やかなバブル期の成功、経営破綻からの再起、そして業界を変える革新的なPRサービスの誕生まで、その歩みは波乱に満ちている。
バブル期に学生起業家として成功、そして経営破綻
1982年、大学2年生でイベント会社を立ち上げた本村氏は、バブル景気の追い風を受け、1,000人規模のパーティや催事を多数開催。15年にわたり華やかな経営を続けたが、明確な経営理念を欠いた事業はバブル崩壊とともに急転直下で崩壊。会社は倒産し、築き上げた人脈とノウハウを失う危機に直面したという。
本村氏は再起を期し、2000年に株式会社リアライズ(現・ネタもと)を設立した。
「実体験型プロモーション」で業界に先駆けた仕組み化ビジネス
再起後、安定的な集客力を背景に、食品メーカーと調理師専門学校をつなぐ「実体験型プロモーション」を考案。メーカーが宣伝したい食材を無料提供し、学生が授業で調理・試食するこのモデルは、消費者の購買意欲を高める効果が高く、食品メーカー、学校、消費者の三者に利益をもたらした。
この経験から本村氏は「仕組み化して利益を生む」発想を強く持つようになった。
副業失敗で学んだ「独自性」と本業集中の重要性
成功体験を追い風に、日本では珍しい水餃子専門店のフランチャイズ事業に挑戦したが、スピード重視での開業が裏目に出た。オペレーションの不備が重なり業績は低迷。「独自性を持たない事業は生き残れない」「副業は本業以上に難しい」という教訓を得て、本村氏は本業に集中。
ひとつの商材で会社を成長させる「パッケージビジネス」への関心を強めた。
中小企業向けPRプラットフォーム「ネタもと」の誕生
本業に立ち返った本村氏は、PR業界の構造的な矛盾に着目する。高価で大企業向けが中心のPRサービスだが、実際に必要としているのは広告予算に制約がある中小企業ではないか。
2005年、従来の10分の1の費用で利用できる【プレスリリースプラットフォーム】(現・ネタもと)を自社開発。業界先駆けのこの仕組みは、多くの中小企業にとって革新的なサービスとなった。
PRの本質は「売上」ではなく「共感者・ファンづくり」
しかしサービス提供を続ける中で、「プラットフォームを使いこなせない」「売上につながらない」という声もあがった。本村氏は、PRの本質を「共感者やファンをつくること」と再定義。経営者や社員が主体的に広報活動を行う「広報の自走化支援」モデルを確立した。社員自身が会社や商品の魅力を自らの言葉で語り、社外に広げることこそが、企業成長の基盤になるという。
今後の展望 広報人材育成とストック型事業への注力
本村氏は「人に依存せず、仕組みで成長するストック型事業」を経営の軸に据え、新卒社員でも販売できるサービス設計を重視する。今後は広報人材育成や人材紹介、広報学校など、新規事業を3年以内に展開予定。来年度にはプログラム充実のためのサイト改修も計画している。