
日本の中堅ゼネコンで、東南アジアにおいて“本当の意味でローカライズ”に成功している企業がある。
東京都千代田区に本社を構えるナカノフドー建設だ。ODAに依存せず、民間資金による案件で、ローカルスタッフが主導する施工体制を整える。
外資系企業がひしめく中でも独自の存在感を発揮し、現地市場で「外資並みの機動力と日本並みの品質」を実現している。
なぜ、ナカノフドー建設だけがそれを可能にしたのか。
その理由をひもといていくと、施工力に加えて、現場への信頼、組織構造、人材育成、そして市場との向き合い方に、独自の“設計思想”があることが見えてくる。
石から街へ 老舗石材店の飛躍
株式会社ナカノフドー建設の創業は、1885(明治18)年。香川県から上京した中野喜三郎が石材工事業「中野組」を立ち上げたことに始まる。稲田みかげ石を武器に、日本橋や国会議事堂の石積みに関わり、その丁寧な仕事ぶりが信頼を集めた。以後、建築にも領域を広げ、1962年に上場を果たすと、高度成長期の住宅需要を追い風に「石を積む」から「街をつくる」へと事業の重心を移していった。
ナカノフドー建設の特長は、特定分野への特化ではなく、病院や学校、住宅、商業施設といった幅広い用途を手がけている点にある。業界では用途に応じて専門化が進む中で、同社は「どんな建物にも対応できる汎用力」を武器に、顧客の多様な要望に応えてきた。

「我々はスーパーゼネコンほどの規模ではないが、中小企業よりも高い信頼性を持ち、大手並みの品質と中小並みのコストの両立ができる」と、大島義信副社長は語る。
顧客との距離感が近く、相談しやすい“中堅ならではの身軽さ”が評価されてきた。2025年3月期の連結売上高は1105億38百万円。数字では中堅だが、安定した受注と高い継続率が信頼の証である。この積み上げてきた実績と柔軟な対応力が、次なる展開、海外への挑戦に踏み出す土台となった。
海外ローカライズという賭け
ナカノフドー建設が海外に進出したのは、1975年のシンガポールが最初である。その後、1985年にインドネシア、1988年にタイ、1982年にマレーシア、2006年にはベトナムと、段階的に展開を拡大してきた。
各国とも民間案件を主軸とし、現地の労働市場や文化に適応しながら、着実に地盤を築いてきた。1970年代、日本企業の生産拠点が東南アジアに移る中で、ある日系企業から「現地でも日本と同じ品質で建ててくれないか」と声がかかった。
建設現場の常識が異なる土地で、日本品質を再現できるか。それは、ナカノフドー建設にとって一つの転機だった。
「当社の戦略としては、品質も工程も日本基準で、しかし現場はローカルに委ねる といった方針のもと、海外でのチャレンジを始めた」(大島氏)
同社は現地法人を設立し、現場スタッフの現地採用を徹底。日本人は基準提示と要所のチェックに回った。結果、工期遅延が常態化していた現地で“時間を守るゼネコン”として信頼を得た。丁寧な施工と、約束した工期を守るという姿勢が高く評価されたのだ。ホテル、病院、物流倉庫へと案件が広がっていった。ODA資金に頼らず、民間資金でローカライズを成功させた数少ない日本企業として、同社の存在感は着実に増していく。
「ローカルに任せるためには、任せられるだけの信頼関係と技術の土壌が必要。それに時間をかけてつくってきたことが大きい」(大島氏)
こうして生まれた現地との信頼関係が、やがて新たな市場評価へとつながっていく。
不動産プレーヤーへ シンガポール政府が認めた現地主導
シンガポール法人は現在、200人規模。そのうち日本人は4人にとどまる。2023年には、同社が手掛けたホテル「lyf One-North プロジェクト」が、シンガポール建築建設庁(BCA)のアワードで「Excellence」を受賞した。
難しい施工条件を構造設計で解決した点が高く評価されている。また、同社はこれ以前にも、2017年に「Search for Quality Housing」でナカノシンガポールがトップ10の請負業者第1位に、2020年には「Construction Excellence Award」のExcellenceを受賞するなど、現地での評価は着実に積み重なっている。
「ローカルスタッフが自らディティールを決め、日本本社は“この線を越えるな”という安全網を張る。だからこそ早く、そして正確に動ける」とローカルプロジェクトマネージャーは言う。
このような現地主導の施工体制は、不動産投資家や外資系発注者の評価を大きく変えた。「日本の会社なのに、外資系と同じ速度で動く」。その印象がリピート発注を呼び、同社の海外売上比率は現在3割弱に達している。スピードと品質の両立を可能にする背景には、単なる技術力にとどまらない、人と組織の力がある。
人材を“循環”させる独自の人的資本戦略を成長ドライバーに
海外建設事業において、日本人スタッフの充実化を図るべく、2022年度から短期海外派遣制度を導入した。入社5〜10年目の技術者を対象に、年1回・約3カ月間の海外現場研修を実施。
英語で工程会議を運営し、ローカルスタッフとの実務をこなすなかで、自らの技術・語学の課題を体感し、帰国後に集中研修で補うという「循環型・往復型育成サイクル」を整えた。
「海外の現場で自分の言葉が通じない体験をして初めて、日本の技術の良さと限界が見えた」と、派遣された若手技術者は語る。
報告会を通じて体験が社内に共有され、他部署にもその学びが波及している。
大島氏も「若手が海外で得た視点を国内に持ち帰ると、技術力だけでなく、物事の伝え方、関わり方の感度が変わってくる。国内もまた、学びの現場になる」と語り、個人と組織が相互に呼吸するような循環が始まっていると実感している。
また、現場における女性技術者の登用も進んでいる。現在、国内の女性社員は内勤144名、外勤22名と一定の存在感を示しており、現場監督としてのキャリア形成も徐々に開かれつつある。
さらに、外国人の現場社員は7名在籍し、多様な人材が現場を支えている。
「必ずしも所長を目指す必要はない。多様な関わり方で現場に関与できるようにすることが大事」と大島氏は話し、建設業界全体の人材多様性を意識した取り組みも進めている。
こうした人材投資こそが、ナカノフドー建設の競争優位性の核である。
海外比率50%へ 10年後の地図
ナカノフドー建設が掲げる長期ビジョンは、2033年度までに海外売上比率を50%超へと引き上げることだ。現況は3割弱。これを約10年で倍増させるには、単なる営業強化ではなく、組織構造そのものの転換が求められる。
その実現に向けて、シンガポール、マレーシア、インドネシアといった既存マーケットでの民間再開発を深耕する方針を明確にしている。こうした戦略の根底には、品質・納期・価格の“バランス感覚”がある。中堅ゼネコンとして「中小並みの柔軟さ」と「大手並みの信頼性」の双方を備えていることが、同社の特長といえる。
ナカノフドー建設はこのバランスを武器に、東南アジアでの存在感を一層強めていく構えだ。さらに、先述した人的資本戦略を成長ドライバーと位置づけ、長期ビジョン実現に一歩ずつ着実に前へ進んでいる。
石工魂が刻む新しい街
創業以来、石を刻む手は変わらない。違うのは、刻まれる対象が石材から都市へ、そして企業価値へと広がったことだ。ナカノフドー建設は、ODA頼みでも、外資の下請けでもない“真のローカライズ”で街の風景を変え、投資家を惹きつけ、不動産市場の主役へと躍り出た。
海を渡る若手の目には、かつての石工と同じ光が宿っている。