「日本の住宅の断熱不足が生活者の健康を脅かしている」と警鐘を鳴らす人がいる。一般社団法人ロングライフ・ラボの清水雅彦代表理事は、以前から高気密・高断熱・省エネ住宅を普及させる活動をしている。
「住宅の断熱性能が良くなれば、人々は健康になる」と話す清水代表。背景にある日本の住宅に潜む課題とは?
またロングライフ・ラボが掲げる「真の省エネ住宅」とは?
ロングライフ・ラボとは?
―ロングライフ・ラボの活動内容を教えてください。
経済効率が優先される現代日本では、国民の生活や健康に悪影響を及ぼすテーマであるにも関わらず、生活者になかなか伝わらない類の「情報」があります。ロングライフ・ラボは、そうした本当の情報を一人でも多くの方にお伝えすることを目的とした団体です。情報に触れた一人ひとりが「行動を変える」ことで「ロングライフ(持続可能)な社会に変える」ことが私たちの願いです。
実際の活動で重点的に取り組んでいる分野には「住まい」「健康」「環境」の三分野があります。
―健康や環境がロングライフと密接なことは容易に想像がつきます。しかし、住まいとロングライフとの関連性となると? どういったことなのでしょうか。
ヒートショック死という言葉をご存知ですか? 気温差による急激な血圧上昇降下で意識を失い、浴槽内で亡くなられる(溺死)ことで、近年は社会問題としても取り上げられる程、ヒートショック死者数が年々増え続けています。
東京都健康長寿医療センターの研究報告(2014年3月26日発表)によると、浴槽で心肺停止に陥り、救急搬送後亡くなられた方を含めると、ヒートショックで亡くなる方は年間約1万7000人と推計されています。これは、2019年の交通事故死亡者数3215人(2020.1警察庁発表)の約5.3倍にあたります。このヒートショックの一因に「家の寒さ」が挙げられるのです。実は、殆どの日本の住宅は「省エネ住宅」と謳っていても、命を守るためには断熱性能が足りません。
しかし、現在の多くの新築住宅でもヒートショックや健康被害が起きる可能性があることを生活者には知らされていません。ロングライフ・ラボでは「日本の省エネ住宅」の実状や課題をもっと多くの人に知ってもらい、命と健康を守れる住宅を選んでいただくための情報提供活動を行っています。その一環として「真の省エネ住宅」の普及・啓蒙活動を実施しています。
―「真の省エネ住宅」とは、一体何なのでしょうか?
真の省エネ住宅を説明するにはまず日本の住宅事情について説明しなければなりません。日本の住宅は第二次世界大戦後、住宅不足を補うため、短期間に大量に住宅が作り出されました。しかし、『夢のマイホーム』を手に入れる人が増えて経済活動が活発になる一方で、肝心の住宅の“質”にこだわる価値観はあまり醸成されませんでした。結果として経済編重の功罪とでも言いますか、少なくない犠牲をもたらしました。
例示すればきりがありませんが、カビや結露だらけのシックハウス、築20年でゼロとなる住宅の資産価値、断熱不足による健康障害、冷暖房エネルギーの浪費、設備メーカー主導の設備優先住宅、地球環境の汚染等々、様々な問題が起きています。
―本来「住まいづくり」は生涯で最も高価な買い物と言われます。住宅の断熱性能にこだわらないとはどういうことなのでしょうか?
住宅を購入する際に重要視されるのは、ブランドやデザイン、価格、設備といった要素が中心です。「暑い」「寒い」といった観点は冷暖房設備で事足りるものと、購入時の判断材料としては軽視されがちです。そもそも冬の寒さが生活者の健康面に甚大な影響を及ぼしうるという情報が世間に浸透していません。また、最新の住宅が、まさか断熱不足とは思っていません。
―冬の寒さが生活者の健康に与える影響とのことですが、生活している限りあまり実感が無いのですが、日本の家は本当に寒いのでしょうか?
ヨーロッパの基準から見ると明らかに『寒い』です。ヨーロッパの住宅は暮らす人の健康を維持するため、断熱義務基準が設けられています。だから玄関に入った瞬間から暖かい。家全体、人が暮らす空間全体が基本的に20℃以上に保たれています。「人々が快適で健康に生活できる」環境に対する意識が高いからです。
対して日本では居間だけが暖まっていればいい、という風潮が強い。寝室や廊下、洗面所、トイレまで暖かくしている家は少ないです。ですから、寒い浴室と熱い湯舟の温度差によって心臓に負担がかかり、心臓麻痺で命を落としてしまう人(ヒートショック死)が後を絶ちません。ところが、多くの報道は熱中症への注意喚起はしますが、家の寒さの危険性について警鐘を鳴らすことは殆どありません。
本来人の健康や生活に深く関わる問題です。多くの方に寒い家の危険性を知っていただく必要があります。最近の住宅は「省エネ住宅」と謳っていても断熱不足の建物が多く、冬の寒さが住まい手の健康を脅かしています。つまり、世の中には断熱不足の「なんちゃって省エネ住宅」が少なくないのです。そこで、私は、省エネで健康を維持増進しながら快適に生活できる住宅をあえて『真の省エネ住宅』と定義しています。
家全体の適正温度が健康に繋がる
―家全体が暖かいことと省エネという言葉は矛盾しているように感じられるのですが?
多くの方に誤解されやすいことです。実は充分な断熱性と気密性があれば、ルームエアコン1台分のエネルギーで家全体を温めることができるのです。日本の住宅の多くは断熱性が低く、また目に見えない隙間が多いので、真の省エネ住宅では設計段階から留意し、保温性の高い断熱材で家全体を覆い、冷たい外気が流れ込まないように隙間を無くします。また開口部にも断熱性の高い窓を使用します。
―先ほどヒートショックというお話がありましたが、それは高齢者など健康状態に不安がある人に限られるのではないでしょうか?
ヒートショックという点に限れば、そうかもしれません。しかし、ウイルス性の風邪が冬に流行しがちなのは、なぜでしょうか?それは冬の寒さで体が冷え人間の免疫力が低下するからと言われています。体温が1℃下がると免疫力は30%下がり、逆に体温が1℃上がると免疫力は5~6倍向上すると言われています。
ですから、体温を低くしてしまうと免疫力は低下し、風邪や病気になりやすくなるということです。要するに家全体の温度を適正に保つことは高齢者に限らず、様々な世代の健康に関わる問題でもあります。
多くの人に正しい情報を伝えたい
―今までのお話の中で一般には殆ど認知されていない情報が出てきました。清水代表はどういった経緯でこうした情報に触れたのでしょうか。
私は大学卒業後、建材メーカーに就職しました。その後、興味があった省エネ建築に関する事業をトステム株式会社(現LIXILグループ)が新規に始めると知り、立上げ班の一員となるため転職をしました。高気密、高断熱、高耐震を兼ね備えた住宅工法のスーパーシェル工法とスーパーウォール工法の事業展開です。
トステム株式会社には1995年から15年在籍し、札幌や仙台、そして本社で省エネ住宅の普及活動に取り組んでいました。全国各地の工務店様にその住宅工法を伝えるのはもちろんのこと、工法を採用した工務店様が成長できるようにご支援しながら、住宅を購入しようとする人々に、「省エネで家全体が暖かい住宅が存在すること」と「その価値」を如何に分かりやすく伝えるかを心掛けていました。
ハイレベルの省エネ住宅の必要性に触れた経緯については、2009年、ドイツで省エネ建築を学び日本に省エネ住宅を普及させようと帰国した森みわ氏(一般社団法人パッシブハウス・ジャパン代表理事)と出会ったことと、実際にドイツ、オートリア、スイスの省エネ建築を体感し学び、日本の住宅の省エネ性能が世界に比べていかに劣っているかを目の当たりしたことが大きかったです。
―それで、断熱性の高い住宅を普及させようと考えたのですね。
しかし自分が理想とする『真の省エネ住宅』を実現するためには当時のスーパーウェール工法では性能が足りませんでした。また、自分自身でも真の省エネ住宅の価値をより多くの人に伝えたく、友人が務めていた工務店に移籍しました。そこでマイホームを購入したいお客様に、命と健康を守れるレベルの省エネ住宅の価値をきちんと伝えれば、予算を超える金額であってもメリットを理解して購入してくれることに気づかされました。大切なのは正しい情報を伝えること、そして広めることなのです。
そのため、一般社団法人健康・省エネ住宅を推進する国民会議など様々な団体に所属してセミナーなどを開催、講演活動を行いました。鳥取や青森などまで足を伸ばして真の省エネ住宅の必要性を話して回ったのです。しかし、工務店が本業であり、片手間の普及啓蒙活動では、伝えれる情報量に限りがあり、新たな活動の場を模索していました。より多くの生活者に真の省エネ住宅の必要性を伝えるためにはどうしたらいいのかと悩んでいた時に、ご相談に乗っていただいたのがマテックス株式会社の松本浩志代表取締役社長でした。
―マテックスの松本社長とはどんなお話をされたのでしょうか?
松本社長とは以前から、マテックスのお取引様をご支援するプロジェクトなどでお付き合いをさせていただいており、お互いの考えに共通するものがありました。『社会のために役に立つ事業を行い、その対価として利益がある』『人、環境、地域、すべてが共創共栄できる持続可能な社会を目指す』といった松本社長の考えに共感し、意気投合しました。それで私が次の活動の場を模索していると相談をした時に、『一緒にマテックスでやらないか?』と声をかけていただきました。それから約1年ほどロングライフ・ラボの設立企画を練り構想を固めて合流に至ります。
地球温暖化対策において世界から「化石」と言われた日本
―「真の省エネ住宅」が日本社会に与える影響にはどのようなものがあるのでしょうか。
日本の地球温暖化対策が世界から立ち遅れ『化石』と呼ばれてたのはご存知でしょうか(2019年12月、国際的環境NGO団体気候行動ネットワークから、地球温暖化対策に対する姿勢が積極的でない国だとして『化石賞』を受賞した)。日本がハイブリッドカーをエコだと言ってるうちに、世界は次世代の、ガソリンを1滴も使わない社会を模索し始めています。
日本の温室効果ガス削減目標は2030年で26%ですが(2013年度比)、対して英・仏・独は2030年に40%から57%という高い目標を設定しています(1990年度比)。デンマークはさらに高く70%です(同)。そしてイギリスでは2035年、フランスでは2040年にガソリンを使う自動車の新車販売を禁止する、という方針が発表されました。
対して日本では2050年にやっと、全ての車を電気もしくはハイブリッドにする、という程度です。世界から大きく後れをとる日本のエネルギー政策ですが、住宅の断熱性能に於いても同じことが言えます。
テレビがアナログからデジタルに変わった時、アナログは数年後に映らなくなることを多くの生活者は情報として知っていました。それで多くの方が購入を避けましたよね。住宅に於いても何れは断熱義務基準が規制されることが予想されます。数十年過ごす住宅についても一人ひとりの生活者に正しい情報を知っていただき、正しい選択をしていただきたいと考えています。
―最後に、今後の活動についてお伺いします。
「住まい」「健康」「環境」のテーマに沿った正しい情報を発信していきます。住まい分野では、省エネルギーで家全体が「冬、暖かく」「夏、涼しい」、健康を維持増進できる住まいの普及啓蒙活動を行っています。健康分野では、生活習慣の改善により免疫力をアップさせて、過度な医療に頼らない様々な健康法の提供や健康長寿社会の構築推進を実施しています。
環境分野では、個人や団体が取り組むべき「温暖化対策」や「ごみの削減」など地球環境を守っていくことの重要性を伝えています。また賛助会員を広く募集しています。ロングライフ・ラボの理念に共感してくれるサポーターを法人・個人問わず募っています。
ロングライフ・ラボと命名したのですから、50年・100年と長く続けていきたい。この理念を次世代に伝えて、持続可能な社会を構築していきたいと思っています。
<プロフィール>
清水雅彦
一級建築士 省エネ建築診断士 CASBEE戸建評価委員 一般社団法人パッシブハウス・ジャパン事務局次長
出身校 東京理科大学 工学部 建築学科卒業
出身地 北海道札幌市
大手建材メーカー在籍中には、高気密高断熱住宅の普及啓蒙活動とともに、工務店への支援、指導、お施主様への提案活動を行う。その後の工務店勤務時代には、様々な切り口から省エネ住宅の価値を生活者に伝え、健康を守れるレベルの断熱住宅を多くの方々に採用いただく。現在も各方面にて「日本の家から“寒い”を無くす」活動に邁進中。省エネ住宅の経験は25年を超える。2019年4月一般社団法人ロングライフ・ラボを設立。代表理事に就任。マテックス株式会社・ビルダーソリューション部長兼務
一般社団法人ロングライフ・ラボ
東京都豊島区上池袋2-14-11
03-3916-2656
https://www.longlife-lab.jp/
マテックス株式会社
東京都豊島区上池袋2-14-11
03-3916-2645
https://www.matex-glass.co.jp/