
アウトドアブームの波に乗ったはずの大分市の老舗アウトドア専門店「山渓」が破産手続き開始。老舗の信頼とネット販売の成功も救えなかったその真相を追う。
地元に衝撃――親しまれた老舗「山渓」の終焉
大分市生石に構えるアウトドア専門店「山渓」は、1968年創業以来、登山やキャンプを愛する地元住民にとって特別な存在だった。店内にはいつも山に詳しいスタッフがおり、初心者にもベテランにも丁寧にアドバイスしてくれることで知られていた。週末ともなれば、家族連れや登山グループで賑わい、地域の交流拠点の役割も担っていた。そんな日常風景が突然失われるとは、誰も予想できなかった。
帝国データバンク大分支店によると、山渓は2021年9月期には約16億円の売上を達成。しかし急激に拡大したネット市場の競争激化が同店を飲み込み、負債額は3億2300万円に膨れ上がった。
楽天市場全国1位の栄光――その裏にあった落とし穴
2008年からオンライン市場へ参入した山渓は、楽天市場の「アウトドア・レジャー部門」で2018年に全国売上1位を獲得するほどの成功を収めていた。約3万点にも及ぶ豊富な商品ラインナップと、小物や消耗品へのニッチなニーズを掴む巧みな戦略で、リピーターも多かった。
だが、この成功が一転し、価格競争が激化するネット市場で次第に収益が悪化。在庫が積み上がり、物流費が収益を圧迫した。社内に危機感が走り、物流拠点を大分から首都圏の千葉へ移転するほどの対策も講じたが、それでも破綻の波は止められなかった。
アウトドア業界の競争激化――成功した企業と苦境に立つ企業の明暗
アウトドア市場のピークアウトは山渓だけでなく、業界全体に影響を及ぼしている。体験型店舗を展開する「スノーピーク」はキャンプイベントやワークショップなどを充実させ、商品だけではなく体験を売ることで消費者の心を掴んでいる。また、「モンベル」は、品質と独自ブランドの開発に力を入れ、高品質路線で成功を収めている。
一方で、価格競争に巻き込まれた中小規模の店舗や、明確な差別化を打ち出せなかった店舗は経営が悪化し、生き残りをかけた苦しい戦いを強いられている。山渓もまた、この厳しい市場環境に翻弄された形となった。
消費者の変化と市場の転換――中古市場へのシフト加速
新型コロナ禍で盛り上がったキャンプブームは徐々に落ち着きを見せ、2023年のオートキャンプ参加人口は前年比7.7%減の約600万人となった。ただ、一方でキャンプが日常的な趣味として定着したことで、参加頻度は高まっている。
物価の上昇と経済的不安から新品購入を控える傾向が強まり、フリマアプリなどで中古品を購入する消費者が急増した。一時的なブームに乗って購入した用品が市場に大量に流れ込み、アウトドア用品の二次流通市場が拡大している。
地元ファンの惜しむ声と冷静なネットユーザーの視点
地元のファンからは「もうスタッフと話せないのが寂しい」「思い出深い店だけに残念」という声が相次ぐ一方、SNS上では「ネット市場は厳しいから仕方ない」「価格競争に対応できなかったら倒れるしかない」と冷静な分析も行われている。地元経済への影響を心配する声もあり、議論が続いている。
老舗アウトドア企業に求められる差別化と新しい市場戦略
山渓の破産は、アウトドア業界全体に重要な教訓を与えた。消費者が求めるのは単なる「物」だけではなく、「体験」や「価値」へと変化している。今後生き残るためには、企業は自社の強みを明確化し、それを生かした新たな価値提供を考える必要がある。専門的なアドバイスやイベント開催、体験型施設の充実など、顧客との関係性を深める戦略が鍵を握るだろう。