社長を含む役員10名が報酬を一部返上
野村證券の奥田健太郎社長(野村ホールディングスグループCEO)は、同社の元社員による強盗殺人未遂事件の発覚を受け、自らの役員報酬30%を3か月分返上すると発表した。対象は奥田社長を含む役員10名にわたり、他の9人も報酬の20~30%を自主返上する異例の対応を取った。
奥田社長は3日の記者会見で「被害者や関係者に深くおわび申し上げる」と謝罪した上で、辞任については否定し、「信頼の回復に全力を尽くす」と述べた。
この報酬返上は、同社が抱える複数の不祥事にかかわる経営責任を明確化する意図とみられる。しかし、30%返上という措置が妥当であるかは議論の余地がある。
奥田社長の2024年の報酬額は5億600万円で、好業績をうけて前年から31%増加していた。返上後の報酬額が昨年を上回る可能性があることは皮肉と言わざるを得ない。また、野村證券ホールセール部門長であるクリストファー・ウィルコックス氏の報酬が17億3400万円(1200万米ドル)にのぼることも開示されているが、同社の報酬体系が事件後の企業倫理の在り方と乖離していると指摘されても仕方がない。
強盗未遂事件と揺らぐ顧客信頼
奥田社長が報酬返上を表明した背景には、野村證券の元社員による重大事件がある。この社員は2018年に新卒で入社し、2022年から広島支店で営業活動を担当していたが、今年7月、高齢の顧客夫婦の自宅に放火し、現金を奪おうとしたとして逮捕された。事件当時、元社員は社内ルールに反し、休日に顧客宅を無断訪問していたことが確認されている。
また、顧客の証券口座200件以上を調査した結果、金銭的な被害は確認されなかったとするが、事件自体が顧客との信頼関係を著しく損なうものである点に変わりはない。証券会社にとって、顧客の信頼はビジネスの根幹にかかわるだけに、今回の事件がもたらす長期的な影響は計り知れない。
相場操縦も浮上、不祥事の連鎖
さらに、野村證券は金融庁から国債先物取引をめぐる相場操縦により課徴金納付命令を受けるなど、不祥事が相次いでいる。証券会社は金融市場の健全性を守る役割を担うべき存在であり、繰り返される内部管理の不備は業界全体に対する信頼をも損なう。奥田社長も「事案の続発を真摯に受け止めている」と語り、再発防止策を発表した。
再発防止策として、営業社員に年1回5営業日連続の長期休暇を義務付け、その間に他の社員が顧客を担当して不正の有無を確認する仕組みを導入する。また、顧客宅訪問時の管理職による確認や、会社が貸与する携帯電話のモニタリング強化なども進めるという。しかし、これらの対策が実効性を持つかどうかは未知数であり、形式的な対応に終わらせないことが重要だ。
コーポレートサイトではこのほか全部で11の対応策が開示された。業務改革推進委員会の設置や全社員との個別ミーティングの実施、人事評価の見直し、採用プロセスの高度化などがあげられている。
経営トップの責任と倫理観が問われる
今回の事件は、一社員の不祥事を超え、企業としての管理体制の不備や経営者の責任の在り方を浮き彫りにした。好業績を背景とした役員報酬の増加が批判を浴びる中、報酬減額の措置が本当に責任を果たしたと言えるのか、奥田社長にはさらなる説明責任が求められる。
顧客との信頼関係を再構築するには、経営トップ自らが自らの行動でその意志を示すしかない。事件がもたらした影響は、単なる報酬減額では回復できないほど深刻である。金融業界全体にわたる問題提起として、この事件をどう受け止めるかが問われている。