
京都のホテル価格が過去最高水準に達し、観光の現場に変化が広がっている。背景にあるのは、訪日客の増加だけではない。宿泊市場の構造変化や高付加価値化の進行が、都市としての京都に新たな選択を迫っている。価格高騰は観光都市の「危機」なのか、それとも成熟への「再編」なのか。現状と課題を整理する。
過去最高水準に達した京都の宿泊価格
京都市内のホテル価格が、統計開始以来の最高水準となっている。京都市観光協会が公表した宿泊統計によれば、2025年4月の平均客室単価(ADR)は30,640円に達し、初めて3万円を超えた。春の観光需要が高まる時期とはいえ、単価の伸びは例年の水準を明らかに上回っており、宿泊市場の局面変化を示す数字といえる。
現場で強まる「高すぎる京都」の実感
観光や出張の現場では、価格上昇を実感する声が相次いでいる。平日のビジネスホテルであっても2万〜3万円台が視野に入り、簡易宿所やカプセルホテルでも繁忙日には高額となる例が見られる。これまで「気軽に泊まれる観光地」として選ばれてきた京都が、宿泊費を理由に敬遠される場面も出始めている。
外国人観光客の増加は要因の一つにとどまる
価格高騰は、インバウンド増加だけで説明できるものではない。主要ホテルにおける外国人宿泊客比率は過去最高水準にあるが、京都はもともと訪日客比率が高い都市である。需要の増加に加え、供給側の変化、すなわち「どの価格帯の宿泊施設が残り、増えたのか」という構造要因が大きく影響している。
中低価格帯の縮小と高級化が同時に進む
パンデミックを経て、宿泊市場では選別が進んだ。中低価格帯の宿泊施設は閉業や統合を余儀なくされる一方、回復期以降は外資系やラグジュアリー志向のホテル開業が相次いだ。結果として、市内の客室数は回復しても、高単価の比重が高まる構成となり、平均客室単価を押し上げている。
“京都離れ”は本当に起きているのか
「京都は高くて泊まれない」という声は、SNSや旅行者の口コミで目立つようになった。滋賀県や奈良県、大阪府に宿泊し、日帰りで京都を訪れる動きも一部で確認されている。ただし、これを直ちに“京都離れ”と断定するのは難しい。旅行者は京都を避けているというより、宿泊地を柔軟に選び直している可能性がある。
統計が示す需要の底堅さと泊まり方の変化
延べ宿泊者数などの統計を見ると、京都府全体の宿泊需要は回復基調を維持している。国内客が大幅に減少している状況は確認されておらず、「訪れなくなった」のではなく「泊まり方が変わった」と捉える方が実態に近い。価格上昇は需要減少ではなく、選択行動の変化として表れている。
価格高騰は“悪”なのか
価格上昇は、観光の裾野を狭めるとの懸念を伴う。一方で、観光経済の視点からは、必ずしも否定的に捉えられていない。富裕層旅行者の増加は、一人当たり消費額を押し上げ、飲食や文化体験、買い物など周辺産業への波及効果をもたらす。量から質へという観光モデル転換の一環と見る向きもある。
宿泊税見直しと高付加価値戦略
京都市は宿泊税制度の見直しを進め、2026年3月から新たな税額体系を適用する方針を決定している。宿泊料金が1人1泊10万円以上の場合、税額を1万円とするなど、価格帯に応じた段階設定が導入される。高付加価値観光による収益を、文化財保護や都市運営に還元する狙いがある。
それでも残る課題:学生・家族連れ・修学旅行
高価格化が進めば、学生や家族連れ、国内の一般旅行者が京都を訪れにくくなる恐れがある。とりわけ修学旅行は教育的意義が大きい一方、宿泊費に厳しい制約がある。宿泊先確保の難しさが指摘される背景には、観光の高級化が排除の側面を帯び始めている現実がある。
経済効果の流出という見過ごせない影響
宿泊地が市外へ分散すれば、京都市内での夜間消費が減少する可能性がある。飲食や買い物、体験型観光は宿泊と密接に結び付いており、宿泊の流出は地域経済の循環を弱めかねない。高級ホテルが増える一方で、市内の中小事業者が恩恵を受けにくくなる構図も懸念される。
価格は天井を超えたのか、それとも変動局面か
現在の高騰が一時的な過熱なのか、構造的な転換なのかは見極めが難しい。国際情勢や為替、外交関係の変化によって、インバウンド需要は短期間で揺れ動く。実際、外部要因によって予約の動きが鈍り、一部で値下げが行われた局面もあった。価格は依然として変動リスクを抱えている。
観光政策が果たすべき役割と選択肢
宿泊価格の問題は、市場任せで解決できる段階を超えつつある。価格形成に直接介入することは難しいが、「どの層を、どのように受け入れるのか」という観光政策の方向性を示す余地は大きい。公共性の高い修学旅行や家族旅行の受け皿確保、高付加価値観光による収益の市民生活への還元など、政策の設計が問われている。
国(観光庁)と自治体(京都市)の役割分担――観光政策はどこで線を引くのか
観光は国の成長戦略の一部である一方、混雑や生活負荷といった影響を直接受けるのは自治体だ。国と自治体では政策の射程や責任の重さが異なり、その役割分担の曖昧さが、価格高騰や宿泊偏在の問題を複雑にしている。
| 観点 | 国(観光庁) | 京都市 |
|---|---|---|
| 基本姿勢 | 観光を成長産業として推進 | 市民生活との調和を重視 |
| 政策範囲 | 全国・広域 | 市域・生活圏 |
| 主目的 | 訪日客数・消費額の拡大 | 混雑抑制、生活環境維持 |
| 価格への関与 | 直接介入は困難 | 宿泊税などで間接調整 |
| 財源の考え方 | 経済波及効果重視 | 税収の地域還元 |
| 修学旅行対応 | 間接的 | 直接的に調整可能 |
問われる持続可能な観光モデル
京都が直面しているのは、単なる価格の高低ではない。稼ぐ力を高めながら、多様な旅行者を受け入れ、市民生活と共存する観光モデルをどう描くかという問いである。高価格化と多様性の均衡をどう保つか。京都の選択は、成熟観光地が直面する日本全体の課題を先取りしている。



