
「環境を守ろう」。よく聞く言葉だが、いま世界では、その先を見据えた新しい考え方が広がっている。
キーワードは「ネイチャーポジティブ」。
これは、自然を壊さないようにするだけでなく、自然を再生し、豊かにしていくという考え方だ。温暖化対策の「カーボンニュートラル」と並び、次のサステナビリティの柱とされている。
では、ネイチャーポジティブとは何なのか。なぜ今、それが必要とされているのか。日々の暮らしや仕事にも関わる話として、身近な事例とともに解説する。
ネイチャーポジティブとは何か
ネイチャーポジティブとは、生物多様性の損失を止め、自然を「プラス」の方向に回復させていく取り組み全般を指す。これまでの環境対策は、「いかに悪影響を減らすか」というマイナス削減が中心だったが、ネイチャーポジティブは「自然を増やす」ことを目的とする。
たとえば
- 森林を伐採する代わりに、新たな植林を行う
- 工場建設の影響を受けた湿地を修復し、生き物のすみかを整える
- 農薬や肥料を減らし、土壌や川の生態系を回復させる
つまり、自然との関わりを“ゼロ”ではなく、“プラス”に変えていく姿勢が求められている。
身近なネイチャーポジティブの事例
「そんなの企業や行政の話だろう」と思う人もいるかもしれない。だが、実は私たちの身の回りにも、ネイチャーポジティブの動きは広がっている。
■ 地元の公園で「ビオトープ」づくり
ある地方都市では、住宅地のそばの公園に小さな池と草地を整え、カエルやトンボ、渡り鳥が戻ってきた。管理は市と住民の協働。子どもたちは観察会を通じて生き物への関心を高めている。
■ 廃校を活用した自然再生拠点
使われなくなった小学校をリノベーションし、田んぼや畑を再生するプロジェクトが各地で進んでいる。地域住民と都市部のボランティアが協力し、生き物と人の“共生の場”を再構築している。
■ 都市の屋上菜園や壁面緑化
都心のビルやマンションの屋上で野菜を育てたり、外壁に緑を這わせたりする動きもネイチャーポジティブの一環だ。都市の暑さを和らげ、生き物が立ち寄れる場所にもなっている。
ビジネスにも広がる「自然との共生」
企業のあいだでも、ネイチャーポジティブは重要なテーマとなりつつある。
■ イオンのショッピングセンターと里山再生
イオンは店舗開発に際し、敷地内に湿地や草原を整備し、地域の生態系を再生するプロジェクトを展開。生物調査や観察会を通じて地域住民との交流も生んでいる。
■ 化粧品メーカーの原料調達と植林活動
ある大手化粧品メーカーは、原料となる植物の栽培地で持続可能な農法を導入し、森林再生活動にも投資している。「製品を買うことが、自然を守ることにつながる」取り組みとして支持を集めている。
なぜ今、ネイチャーポジティブが注目されているのか
背景には、自然の損失があまりにも深刻化しているという現実がある。
世界自然保護基金(WWF)の報告によれば、1970年以降に野生動物の個体数は平均69%減少したとされる。川の魚、森の鳥、田んぼの虫──私たちの身近な自然も確実に減っている。
また、企業にとっても「自然への配慮」は経営リスクやブランド価値に直結するようになった。温暖化だけでなく、生態系や自然資源の保全が、事業の持続性を左右する。
さらに投資家の目線も変わってきており、自然関連財務情報開示(TNFD)の導入が始まっている。これにより、「自然にどう配慮しているか」は、企業の評価基準となる。
私たちにできること
ネイチャーポジティブは、決して遠い話ではない。
小さな行動が集まることで、確かな変化を生む。
- 地元のビオトープや自然観察イベントに参加してみる
- グリーン電力や環境配慮型の商品を選ぶ
- SNSで自然再生プロジェクトを発信・応援する
- 職場で「自然に配慮した取り組み」を提案してみる
大切なのは、「自然を守る」のではなく、「自然と一緒に生きていく」という視点を持つことだ。
未来は“自然との関係性”で変わる
ネイチャーポジティブは、単なる環境対策の一つではない。
それは、「人と自然がどう向き合うか」という、これからの社会のあり方そのものである。
自然を壊さない努力から、自然を育てる行動へ。
企業も、地域も、そして私たち一人ひとりも、その変化の担い手になることができる。