
アベノマスクの調達契約を巡り、国の文書不開示決定が違法とされた裁判で、国が控訴せず敗訴が確定。契約過程の不透明さと情報公開のあり方が問われる結果となった。
アベノマスク巡る訴訟、国の敗訴が確定 文書開示へ
国の控訴見送りで判決確定
2025年6月20日、安倍政権下で進められた「アベノマスク」政策を巡る文書開示訴訟において、大阪地方裁判所が国の不開示決定を違法とした判決が確定した。国は控訴期限の6月19日までに上訴せず、文書開示と賠償命令を受け入れる形となった。訴訟を起こしたのは神戸学院大学の上脇博之教授(憲法学)で、国による契約文書の不開示を違法とし、情報公開を求めていた。
「文書は存在する」 裁判所の判断
大阪地裁の徳地淳裁判長は、政府が主張する「メールや報告書は作成されていない」「保存していない」との見解に対し、「交渉や報告を全く記録していないとは考えにくい」として、一定の文書の存在を認定。
行政文書管理規則に基づき「保存期間1年未満」で破棄したとする国側に対し、裁判所は「廃棄の事実も証明されておらず、不開示決定の大半は違法」と断じ、国に11万円の国家賠償を命じた。
文書不存在の主張に矛盾 裁判で明らかになった事実
この裁判では、国が「保存していない」とした業者とのやりとりのメールなどが、実際には複数残っていたことが明らかとなった。上脇教授が訴訟手続きの中で、業者側から提出された100通以上のメールを証拠として提示し、裁判所も文書の「存在」を事実として認めた。にもかかわらず国はこれを「行政文書ではない」として公開しなかったため、問題はより深刻な情報隠蔽の疑念に発展した。
問題の核心は「随意契約」と「巨額支出」
アベノマスクは、2020年4月に安倍晋三首相(当時)が「全国の全世帯に布マスク2枚を配布する」と表明し、実施された政策である。介護施設や妊婦向けを含む約3億2千万枚の布マスクが調達され、政府は17社と計32件の随意契約を締結。総額は約443億円にのぼった。
しかし、調達した布マスクのうち約8300万枚が配布されず倉庫に保管されるなど、政策の実効性と費用対効果には早くから疑問の声が上がっていた。会計検査院の報告によると、保管費用だけで約6億円、再配布費用にさらに約5億円がかかっており、総額では500億円を超える税金が使われたとされる。
黒塗り文書と開示拒否 国の姿勢に批判
上脇教授は当初、厚生労働省と文部科学省に対し、納入業者との契約や交渉の記録の開示を請求。しかし、国は契約書や見積書以外は「保有していない」として開示を拒否。開示された文書も、単価や数量が黒塗りにされていた。
大阪地裁は2023年の判決で、「単価非開示は行政の説明責任に反する」とし、全ての文書の開示を命令。この判決もすでに確定している。
判決では、政府側の「企業の営業ノウハウが明らかになる」「売値のつり上げにつながる」といった主張も退けられた。徳地裁判長は「談合防止や信頼確保の観点から、むしろ単価は積極的に開示すべき」として、国の主張を一蹴した。
公共調達の原則と逸脱
アベノマスクの調達には、会計法で原則とされる「一般競争入札」は適用されず、「随意契約」が多用された。特に大手商社や縫製会社に対しては、価格交渉や選定理由の記録も不透明なまま契約が進められた。たとえば興和との契約では、当初300円(税抜)で締結された契約が後に130円に修正されるなど、価格の大幅な変動も文書に残されていなかった。
判決はこうした契約のあり方にも疑義を呈し、「高額での随意契約に至る過程が記録されていないのは異常」と指摘した。
使用率はわずか3.5% 税金の使途に疑問
日本経済新聞(2020年8月13日)に掲載された株式会社プラネットの調査によると、アベノマスクの使用率はわずか3.5%。配布されたマスク約3億2千万枚のうち、実際に使用されたとみられるのは約1120万枚に過ぎない。
この使用率に基づいて単純計算すると、1枚あたりにかかった費用は調達だけで約3900円、配布コストを加えると約4800円にものぼる。まさに「税金の無駄遣い」と批判される所以である。
「失敗だった」との評価も それでも正当性を主張
アベノマスクに関しては、会計検査院の調査、臨時調査会の報告、報道機関の取材、そして裁判の判決を通じて、「政策の失敗」「一部官僚の暴走」「不透明な発注」など、多くの問題点が浮き彫りとなった。
それでも安倍元首相は、自身の回顧録(『安倍晋三回顧録』中央公論新書、2023年2月刊行)で「政策としては全く間違っていなかった」と述べており、見解の相違は今なお残る。
情報公開と行政の説明責任の在り方
今回の一連の訴訟で問われたのは、単なるマスク政策の失敗だけではない。巨額の税金が投入される政府事業に対し、いかに情報を透明にし、国民への説明責任を果たすかという、民主主義の根幹に関わる問題である。
上脇教授は、「行政が文書を意図的に残さず、存在しないと主張することは、民主的統治の基盤を揺るがす」と強調する。
国は今後、判決に従い文書の再調査と開示に取り組む必要がある。その際、政府が過ちを認め、透明性を回復できるかどうかが、国民の信頼を取り戻すカギとなるだろう。