瓶詰やベビーデザートなど72品目が対象 少子化の波に揺らぐ“離乳食の王道”

瓶詰やベビーデザートなど72品目が対象となり、少子化の波に揺らぐ“離乳食の王道”が静かに終わりを迎える。
キユーピー株式会社(東京都渋谷区)は6月12日、公式ウェブサイトおよび社内報「キユーピーアヲハタニュース」を通じて、同社が展開する育児食事業を2026年8月末で終了すると発表した。生産終了後は、在庫状況に応じて順次販売も停止する予定。1960年から続いてきたキユーピーのベビーフードブランドは、65年にわたる歴史に幕を下ろすことになる。
同社は発表の中で、販売終了までの約1年間を「急な供給停止による混乱を避けるための猶予期間」と位置づけ、既存ユーザーが安心して商品を購入し、今後の食の選択肢を検討できるよう配慮する姿勢を示した。
「育ててもらった」親たちの声、静かに広がる喪失感
東京・杉並区に住む母親は、2歳の娘を抱きながら、スマートフォンの画面を見つめていた。「にこにこボックスがなくなるなんて、信じられませんでした」。保育園から帰った子どものおやつには、キユーピーのベビーデザートをよく添えていたという。「すぐ食べてくれるし、外出にも便利だった」。そんな日々の食卓の風景に寄り添ってきた存在が消えるというニュースに、彼女は言葉を失った。
SNS上にも同様の声が広がっている。「2人の子どもをこの瓶詰で育てた」「震災時、唯一口にしてくれたのがこの商品だった」。単なる製品ではなく、育児の不安と向き合う家庭の“伴走者”として支持を集めていたことがうかがえる。
終了の背景に「販売低迷」と「コスト増」、そして“少子化”
終了の理由として、キユーピーは「販売数量の低迷」と「原材料価格・エネルギー費の高騰によるコスト増」の二重苦に直面していたことを挙げた。これまでに設備投資や販売促進など様々な打開策を講じてきたが、「品質を維持しながらの継続が困難」と判断し、やむなく事業を終了する決断に至ったという。
しかしその背景には、より構造的な市場縮小もある。厚生労働省の統計によれば、2024年の出生数は75万人台と推定され、10年前と比べて約20%減少。市場そのものが縮小する中で、育児食を単独事業として維持するハードルは年々高くなっていた。
終了する商品と対象範囲
終了の対象となる商品は全部で72品目。瓶詰が21品目、カップ容器「にこにこボックス」が20品目、レトルトパウチの「レンジでチンするハッピーレシピ」が14品目、ベビーデザートが6品目、おやつが2品目、ソース類「やさいとなかよし」はごはん・麺用ソースが7品目、スプレッドが2品目となっている。それぞれ賞味期間が異なるため、販売終了後もしばらくは流通が続く見込みだ。
実は、同社ではすでに2025年3月に「すまいるカップ」シリーズ全15品目が予告なく製造終了しており、X(旧Twitter)上では「やっぱり全体撤退だったのか」とする冷静な受け止めとともに、残念がる声が再燃している。
育児食の“次”へ 代替サービスの広がりと、キユーピーの未来
一方、育児食市場には変化の兆しもある。最近では冷凍宅配型の離乳食サービスや、アレルゲン対応のサブスク、さらには管理栄養士監修のパーソナライズ型メニューなど、新興プレイヤーが次々に登場している。これまで「手作りか既製品か」という二択だった時代から、今は「栄養×時短×多様性」を前提とした新たな価値提供が始まっている。
キユーピーも、商品としての育児食の生産は終了するが、子どもたちの食と健康に貢献する取り組みは継続する方針だ。今後は、学校・地域との食育支援や、家庭向けレシピ提案など、事業の形を変えて関わり続けることが期待される。
企業と育児の未来に向けて
企業活動の縮小は、とかく「撤退」や「衰退」と捉えられがちだが、今回の発表には、“変わること”を前提とした未来志向の姿勢もうかがえる。少子化や物価高という社会課題が企業の持続性に直結する時代において、子育てと食の関係性をいかに再構築するかは、もはや一企業だけの課題ではない。
長年にわたり、日本の食卓で安心と信頼を築いてきたキユーピーの育児食。その幕引きは、静かながらも私たちに「育てる社会とは何か」という問いを突きつけている。