かつて全国展開の中古車販売店として隆盛を極めた「ビッグモーター」(現(株)BALM)が、2024年12月2日、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。東京地裁が即座に監督命令を下したことで、その破綻の現実が改めて白日の下に晒された。
この一報が伝えられるや、かつての繁栄を思い起こし、現在の状況を嘆く声が広がった。
だが重要なのは、これは単なる「終わり」ではなく、むしろ再建への試みであるという点だ。法律に基づき、債務整理を進めながら再建を図る手続き、それが民事再生法である。破産とは異なり、事業を継続する道を模索する制度であり、今回の申請もその一環だ。
負債総額831億円、債権者163名。この重い現実を背負いながらも、再建の糸口を探るために今回の申請が行われた背景には、深い事情が見え隠れする。
急成長の裏に潜む影
ビッグモーターの歴史を振り返れば、1976年1月に山口県岩国市で創業した同社は、単なる自動車修理工場に過ぎなかった。やがて中古車販売に進出し、出店攻勢とM&Aによる規模拡大を続け、わずか数十年で業界の頂点に立つまでに成長した。2002年には売上高100億円を突破し、2015年にはその10倍となる1000億円、さらには2021年には4567億円にまで達した。
しかし、急成長する企業にしばしば見られるように、その成功の陰には不透明な手法が潜んでいた。2018年頃に発覚した幹部による売上の前倒しや架空計上といった不適切な会計処理がその一端だ。さらに2020年には、工場従業員が修理見積りを過大に見積もり、必要のない修理を行うなど不正行為が常態化していた事実が明るみに出た。
コンプライアンスの崩壊が招いた信用失墜
企業の信用を根底から揺るがしたのは、これらの不正に対する経営陣の対応であった。特別調査委員会の調査では、顧客の車のヘッドライトカバーを意図的に破損させるといった悪質な行為が繰り返されていたことが判明した。また、店舗周辺で街路樹や植え込みが枯れる例が相次ぎ、除草剤の使用が疑われるなど、地域社会に対する配慮の欠如も露呈した。
こうした不祥事の連鎖は、顧客、取引先、そして金融機関からの信用を失墜させた。信用を失った企業の行く末がどうなるか、それは言うまでもないだろう。ただし、今回は民事再生法という手続きを活用し、事業の継続と債務整理という二つの課題に同時に取り組む選択がなされた。
民事再生法申請の背景にある事情とは
では、なぜ今このタイミングで民事再生法の申請に至ったのか。その背景には、法律上の制約も含めた、いくつかの事情が垣間見える。
第一に、今年5月、伊藤忠商事がスポンサーとなり、ビッグモーターの事業は新会社「(株)WECARS」へと吸収分割方式で譲渡されている。これにより、中古車販売などの中核事業は新会社が引き継ぎ、旧会社に残されたのは過去の不正に起因する損害賠償や潜在債務の対応となった。
この吸収分割においては、債権者が一定期間内に名乗り出ない場合、権利が除斥されるという法律上の仕組みがある。しかし一方で、債務不履行の消滅時効は5年ないし10年、不法行為責任の消滅時効は3年ないし20年とされており、これらの期間にわたって賠償請求が続く可能性がある。存続会社としては、賠償金がいつまでも確定しない状態では財務状況が評価できず、再建計画を進めることが困難となる。
このため、「未確定債務を早期に確定させる」という意図が、今回の民事再生法申請の裏にあると考えられる。
業界全体に突き付けられる課題
今回の問題は単に一企業の破綻劇に留まらない。中古車業界全体の構造的な問題をも浮き彫りにしている。インターネットによる価格競争の激化は、中古車販売業者に薄利多売を強いる環境を作り出した。その結果、不正に手を染める業者が後を絶たない。
また、損害保険会社との不正な癒着も指摘された。顧客の車に意図的に損傷を与え、保険金を不正請求するなど、まさに「闇の絆」とも言うべき関係性が存在したという。企業のコンプライアンスだけでなく、業界全体の健全化が求められている。
企業が学ぶべき教訓
この一連の問題から、私たちは何を学ぶべきだろうか。企業が短期的な利益を追求するあまり、社会的責任を軽視すれば、その結末は破滅以外にあり得ない。特に、今日のように情報が瞬時に広がる社会では、企業の透明性と誠実さが何よりも重要だ。
ビッグモーターの転落は、単なる企業不祥事の1つではない。それは、社会全体が向き合うべき課題をはらむ警鐘である。果たして、次にこの警鐘を鳴らすのはどの企業だろうか。そして私たちは、それにどう応えるべきだろうか。読者の皆様にも考えていただきたい。