私は幼少期からピアノを習い、小学校3年生から6年生までブラスバンド部でトロンボーンを、中学生から高校生まで吹奏楽部でユーフォニアムを担当し、音楽大学へ進学後も、ユーフォニアムを専攻しました。
でも、卒業後は音楽の道には進まず一般企業へ就職し、現在はライターとして活動しています。こうした自身のキャリアをもとに、本稿では音楽大学に求めるキャリアサポートの在り方について考察したいと思います。
音楽大学を卒業後、実際に音楽家として生計を立てて活動するのは全体の10%程度と言われています。大学はこの現実をどう受け止めているのでしょうか。
音楽大学に入学する=音楽家になりたいと固定概念を持っている人は多いですが、入学の理由として多いのは「音楽が好きだから専門的に学びたい」「音楽にまつわる仕事をしたい」というもの。一般大学と同じく、入学当初から進路を決めている学生はあまり多くありません。
しかし、幅広い選択肢を持って検討するはずの進路が、音大生は固定概念や情報不足が原因で、狭い世界のなかで将来を迫られています。
以下より、音楽大学の進路に関するサポート体制の課題を学生・卒業生目線で浮き彫りにし、今後大学が取り組むべきことは何かについて考えていきます。
音大生の進路は音楽家だけなのか
音大生の進路は多岐にわたりますが、固定概念が障害となっています。音楽大学に進学すると、卒業後の進路は、演奏家や音楽講師だけだと決めつけている関係者が多いのです。それは学校関係者だけでなく、学生自身やその両親、世間一般的にも「音楽大学へ進学=音楽家になる」という考えがあるからでしょう。ここで言う音楽家とは、音楽活動や演奏指導(音楽教室の講師を除く)をメインに生計を立てる者を指します。
なぜ音大生の進路は音楽家と決めつけるのか、それは高額な学費や専門性の高さが影響していると考えられます。なかには、一部の講師が音楽家になることを強く推奨する傾向があるのです。
しかし、その固定概念と実際の音大生の進路状況は乖離しています。大学によって異なりますが、前述したとおり、いくつかの音楽大学の進路割合を調査したところ、卒業後に音楽家として活動する人は全体の10%程度のケースが多いとわかりました。
文部科学省の「学校基本調査」によると、2000年に2万2,829人だった音楽大学の学生数が、2023年には1万5,723人に減少しています。少子化の影響だけでなく、音楽大学卒業後の進路に不安を感じることも学生数減少の原因だといえるでしょう。
音楽大学に進学したら音楽家になれるのかというと、そうではありません。また、一般企業に就職する選択肢はあるものの、音楽大学では進路を狭められる風潮があります。
また、音楽大学に入学したい=音楽家になりたいとも限りません。実際には、私の同級生で「音楽が好きだから音楽にずっと触れていたいが、音楽家になりたいわけではない」という人も何人かいました。そのため、大学側は音楽家や音楽に関する就職先に限らず、一般企業への就職も視野に入れたキャリアサポート体制を構築するべきだと考えます。
参考:
文部科学省「学校基本調査 / 平成12年度 高等教育機関《報告書掲載集計》 学校調査 大学・大学院」
文部科学省「学校基本調査 / 令和5年度 高等教育機関 学校調査 学校調査票(大学・大学院)」
音楽大学で学ぶこと
大学によって異なりますが、多くの音楽大学では専攻楽器の演奏法、音楽全体の基礎、教員免許に関する講義の3つに学ぶ分野がわかれます。専門で学ぶ楽器または演奏ジャンルを中心に授業を組み、たとえばフルート専攻なら、毎週フルートのレッスンを講師から受けます。また、吹奏楽やオーケストラなど、団体で受ける実践的な講義もあるのです。
確かに一般大学と比べ音楽に集中した勉強になりますが、音楽家になる卒業生は全体の10%程度。音楽家になりたいと思っている音大生の数に対し、ひじょうに少なく感じます。ただの実力不足だけでは納得がいかないというのが、音楽大学に通っていた私の考えです。
音楽家として活動するために、コンクールで何か賞を取っていれば拍がつきますが、必須ではありません。それよりも重要なのは、業界でのつながりや企画力、人間性ではないでしょうか。
音楽大学におけるキャリアサポートの実態
音楽大学のキャリアサポートは、学生が進路を選択するうえで十分かというと疑問に感じます。演奏会の開催方法や運営、留学先の情報など、大学側は基本的に何も教えてくれません。音楽家になりたいのであれば、自分で演奏会へ足を運び、何とか出演者とのコネクションを作って挨拶しに行き、顔を売るしかないのです。
実際、演奏家として活動している私の音大生時代の友人は、「演奏家として仕事を獲得するためには大学のサポートなどは期待できないため、自分の足で現場に赴いたり、挨拶に行ったりしなければならない。このことを教えてくれる大学はなかなかないので、今後の課題ではないかと思う」と言っていました。
一般企業への就職に関しては、さらに厳しい状況だと感じます。一般大学であれば、3年生になると友人同士で就活の話題が出始めますが、音楽大学はそのような話題がなかなか出ません。これは、学生による就職への意識が低いことも影響しているでしょう。
大学側からもそのような声かけがないため、「就活が未知の世界で怖かった」「興味のある職が思いつかなかった」と答えた卒業生もいました。なかには「専門学校のように就活までレールを敷いてもらっていれば、いろいろな選択肢を持てた」と話す卒業生もおり、大学と学生双方に課題を感じる結果となりました。
音楽大学卒業後、演奏家として活動したいと思っても、どのように仕事を獲得するのか、報酬額はどれくらいが相場なのか、そのようなことは誰も教えてくれません。受け身ではいけませんが、基本がわからなければ行動できないという学生の声は届いているのでしょうか。ぜひこの問題を学生と大学、双方の課題として認識してほしいと願います。
現役生は何に不安を抱き悩むのか
今回、現役の音大生にアンケートを取ったところ、「大学の授業で、卒業後の進路に直接役立つ内容はありますか?」という質問に対し、技術面以外の回答は得られませんでした。将来への不安については、「安定した職業に就けるかどうか不安」「音楽の世界で生きていくことはとても不安」という回答が目立ち、進路に関する情報がひじょうに不足していると感じました。
音楽の仕事は演奏家に限らず、楽器店の講師や小中高の音楽教員、音楽制作会社などさまざまな選択肢があります。アンケートでは、音楽家になりたいと思い入学した人が約8割、残り2割は進路先を決めていないが音楽にまつわる仕事がしたいという回答でした。つまり、ほとんどの音大生が音楽関係の仕事に就きたいと思っているのです。
しかし、彼らは先輩たちが卒業後何をしているのか、どのような進路に進み生活しているのか、何も知らず知る機会がないと言っています。大学側に充実した支援を求める声がある一方で、学生側にも積極的な情報収集や行動が求められます。
卒業生、今何思う
今回、音楽大学の卒業生4名にインタビューしました。それぞれ演奏家、留学、システムエンジニア、主婦兼フリーランスのように、異なる道へ進んでいます。そのうち3名は卒業後の進路について、大学側のサポートは充実していなかったと回答しました。充実していたと回答した1名は、大学のキャリア支援センターにて履歴書の添削や面接練習、合同説明会のお知らせなどのサポートがあったと回答し、大学側は学生が行動すればしっかりとサポートしてくれることもわかりました。つまり、学生の情報収集力や行動力も大きな課題だと考えられます。
卒業生は授業で進路に役立つことを教えてほしいというよりも、「進路について講師からの声かけがほしかった」「業界ならではの礼儀作法や暗黙の了解を知りたかった」との声が挙がりました。実際、専攻する楽器の講師から卒業後の進路についてアドバイスを受けていた人は、誰もいませんでした。
卒業生が講師や先輩たちから話を聞きたかったことは、現役生が抱いている将来への不安と通じます。今回、現役生と卒業生にアンケートを実施し、どちらにも共通しているのは「業界と就活に関する情報不足」だとわかりました。大学生だから自己責任という部分はありますが、音楽大学には進路について考えるシーンが少ないと感じます。
音楽大学に求める今後のキャリアサポート
今回浮き彫りになった情報不足の問題は、音楽大学にとって大きな課題だと考えます。音大生は卒業後の進路の選択肢を知る必要があり、音楽家になりたい学生にとって、業界の情報収集とフリーランスとして活動するための知識習得は不可欠です。
すぐにでも実施できることは、卒業生である先輩たちの話を聞く機会ではないでしょうか。「音楽大学に入学したからには必ず音楽家にならなければいけない」と呪縛されている学生に対し、先輩たちがさまざまな進路を歩んでいることを伝えるべきだと考えます。
自分の知らない世界があり、選択肢が豊富にあることを知ってほしいのです。自分の進路希望に該当する先輩がいるならば、詳しく話を聞け、自分で行動できるようになります。
今後授業としてぜひ取り組んでほしいと願うのは、演奏会の企画・運営のノウハウ、音楽家の礼儀作法に関する授業です。演奏会に出たくていくら演奏技術を磨いても、演奏会の企画・運営方法がわからなければ、出演オファーが来るまで待つしかありません。演奏会を自ら企画・運営してこそ、演奏会全体のマネジメントがわかり、ビジネスとして音楽をやれるようになるのです。
そして今の時代、個人の力が強いです。ただ音楽をやっていてもファンはつかないため、自分の魅力を発信することが生きていく糧となります。これは大学側だけでなく、学生も学ぶべきことではないでしょうか。
そこで重要となるのが、セルフブランディング。セルフブランディングとは、自分の強みや魅力を明確化し、競合との差をはかるマーケティング手法です。これは、各楽器の講師陣が得意とする分野ではないでしょうか。活躍している音楽家たちは、自分の強みや魅力をアピールできたからこそ、今も音楽家として名を馳せているのです。
これからの音楽大学は、大学、講師、学生がそれぞれの役割を理解し、卒業後の進路に向けた対策をしてほしいと願います。今後の改善によって、音楽大学がさらに学生にとって魅力的な場になっていくでしょう。
またキャリアサポートが充実することで卒業生が成功し、その結果、彼らが音楽大学の「広告塔」としての役割を果たすことになります。優れたキャリアを築いた卒業生が多く輩出されることは、大学全体の評判や魅力を高め、新たな学生の入学にもつながり大きなメリットとなるでしょう。