
ホルムズ海峡の混乱がインドの暮らしと産業を直撃している。表面上は「ガスが足りない」という話に見えるが、実際に起きているのは、家庭の調理、工場の稼働、雇用、賃金支払いまでが一つの供給網でつながっていた現実の露出である。英紙ガーディアンによると、インドではLPG不足が深刻化し、配給所に長い列ができ、運搬トラックが盗難の標的になり、工業地帯では450工場のうち430工場が止まった地域も出ている。働いても給料が払われない、工場が再開する見通しも立たないという声は、単なる一時的混乱ではなく、生活基盤の崩れそのものを示している。
「燃料不足」がそのまま生活不安に変わる国
今回の危機の直接の引き金は、イラン情勢の緊迫化とホルムズ海峡の機能不全である。ロイターによると、インドは原油の9割超、ガス需要の約5割を輸入に頼っており、政府は家庭向けを優先する一方で、産業向けガス供給の絞り込みや緊急権限の発動を進めている。つまり、家庭を守ろうとすれば工場が止まり、工場を動かそうとすれば家庭が苦しくなるという、きわめて厳しい配分の局面に入っている。
ガーディアンが伝えた現地の状況はさらに生々しい。調理用ガスの入手待ちが数日に及び、闇市場では価格が跳ね上がり、飲食や製造の現場では操業縮小が相次いだ。LPGは単なる家庭燃料ではない。都市の外食産業、零細製造業、運送、地域雇用の土台でもある。そこが崩れると、最初に追い込まれるのは、代替手段を持たない低所得層である。
工場停止と賃金未払いが示す、本当の危機
「450工場のうち430停止」という数字が重いのは、生産減少そのものより、その先にある連鎖を見せているからである。工場が止まれば、日雇いも月給も止まる。給料未払いは経営悪化の結果であると同時に、地域全体の消費を冷やし、さらに店が売れなくなり、別の雇用が失われる入口でもある。エネルギー危機は、しばしば物価高として語られるが、現場では先に「仕事が消える」のである。
しかも今回は、供給不安が犯罪の誘因にもなっている。LPG運搬トラックが盗難の標的になるという報道は、燃料が商品であるだけでなく、切迫時には現金同様の価値を持つことを示す。インフラが不安定になると、治安の揺らぎまで連動して起きる。その意味で、これはエネルギー危機であると同時に、社会秩序の危機でもある。
日本は大丈夫なのか
日本は無関係だと言い切れない。むしろ、日本もまたホルムズ海峡と中東情勢に神経を尖らせざるを得ない典型的な輸入依存国である。資源エネルギー庁は2026年3月時点で、日本の原油は中東依存度が9割を超えると説明している。ロイターも、日本の原油調達の約95%を中東に頼っていると報じている。
現に日本でも、影響はもう出始めている。ロイターによると、JFEスチールは重油不足で発電設備の一部停止に追い込まれ、化学メーカーは減産や値上げを検討し、銭湯など中小事業者にも燃料高騰のしわ寄せが及んでいる。製油所の稼働率も落ち込み、政府は備蓄放出に踏み切った。これは「日本は備蓄があるから安心」という一言では片づかない。備蓄は時間を買う道具であって、供給不安そのものを消す魔法ではないからだ。
日本とインドには決定的な違いも
もっとも、日本とインドをそのまま同列に置くのも正確ではない。日本のLPガスは近年、調達先の多角化がかなり進んでいる。資源エネルギー庁の白書では、LPガス輸入の中東依存度は2021年度に9.9%まで低下したとされ、日本LPガス協会系の業界情報でも2024年度の中東依存度は3.67%まで下がったとされる。米国、カナダ、豪州への分散が進んだことは、日本の防御力として小さくない。
つまり、日本はインドよりましだ、というより、原油では脆弱だがLPガスでは一定の逃げ道を持っている、というのが実態に近い。それでも原油高が電力、物流、化学、製造コスト全体に波及すれば、家計と中小企業が受ける打撃は避けにくい。実際、ロイターは日本の公共浴場や素材産業まで影響が及んでいると伝えている。危機の形はインドより穏やかでも、日本流の痛みはすでに始まっている。
日本が学ぶべきなのは「備蓄の量」だけではない
このニュースが日本に突きつけているのは、備蓄日数の多寡だけではない。危機時に誰を優先し、どの産業を止め、どのコストを誰が負担するのかという分配の設計である。インドでは家庭向け優先の裏で、産業側に痛みが集中し、賃金未払いと工場停止が噴き出した。日本も同じ局面になれば、結局は中小企業、地方の工場、燃料価格を転嫁できない事業者から先に苦しくなる可能性が高い。
エネルギー安全保障は、しばしば国家の話として語られる。しかし本当に問われるのは、国家が守るのは統計上の供給量だけなのか、それとも現場の暮らしと雇用まで含めるのか、という点である。インドで聞こえてくる「どうやって生きていけばいいのか」という叫びは、遠い国の悲鳴ではない。輸入依存が続く限り、日本でも形を変えて十分起こりうる問いである。いま必要なのは、危機をニュースとして眺めることではなく、エネルギーの分散、調達先の多角化、価格高騰時の生活防衛策を、平時のうちにどこまで組み込めるかである。そうでなければ、日本もまた次の混乱で「まだ何とかなる」と言っている間に、現場から先に崩れていく。



