
海を埋め尽くす「うざい」存在を、極上の「うまい」へ。
100億円規模の被害を出す厄介者が、今、琥珀色のグラスの中で輝きを放ち始めた。
海を殺す「白い悪魔」を飲み干せ!前代未聞の挑戦
穏やかな海面を真っ白に染め上げる、不気味な影。 漁網をズタズタに引き裂き、発電所の取水口を詰まらせる。 ミズクラゲ——沿岸産業に携わる人々にとって、それは長年「百害あって一利なし」と忌み嫌われてきた天敵だった。
2009年の大発生時には、全国で100億円を超える経済被害をもたらしたこの「海の厄介者」が、なんと2026年、世界初のクラフトビールとして生まれ変わったという。
仕掛けたのは、京都に本拠を置くスタートアップ、dixus(ディクサス)株式会社だ。 彼らが世に送り出した「くらげクラフト」は、単なる奇をてらった商品ではない。
莫大なコストをかけて産業廃棄物として捨てられていた負の遺産を、都市と海が共生するための「黄金の資源」へと鮮やかに反転させる、野心的なプロジェクトなのだ。
「ビールじゃないみたい」試飲会で漏れた驚きの声
「えっ、これがクラゲ? 全然臭くないし、むしろフルーティー!」 先行試飲会に集まった人々からは、そんな驚嘆の声が漏れた。 醸造を担ったのは、数々の独創的なビールで知られる島根県の大根島醸造所だ。 職人の門脇淳平氏は、あえて麦芽の量を抑えることで、ミズクラゲが持つ透明感のあるイメージを液体に封じ込めることに成功した。
その味わいは、従来の「苦くて重い」ビールの常識を軽々と飛び越える。 「アルコール感が少なくて、まるで高級なスパークリングワインみたい」 「後味にわずかな『とろみ』があって、コラーゲンを摂取している実感がすごい」 刺身やカルパッチョといった繊細な海産物料理に寄り添うその喉越しは、まさに海から生まれた酒ならではの特権といえるだろう。
現役東大院生と「生ジョッキ缶」の生みの親がタッグ
この無謀とも思える挑戦の裏には、強力な布陣が控えている。 プロジェクトを率いる佐藤愛海氏は、東京大学大学院でクラゲの発生メカニズムを研究する、現役の「クラゲ博士」だ。 現場で漁業被害を目の当たりにしてきた彼女の、「科学の力で海を救いたい」という執念が、この事業のエンジンとなっている。
さらに驚くべきは、その脇を固める軍師の存在だ。 あのアサヒスーパードライ「生ジョッキ缶」を世に送り出したヒットメーカー、古原徹氏がアドバイザーとして参画しているのだ。 飲料業界の伝説的な人物が、若き研究者の「おもろい」発想に惚れ込み、循環型ビジネスとしての血を通わせた。 この最強のタッグが、単なる一過性のブームに終わらせない、本気の「産業」を作り上げようとしている。
「排除」から「共生」へ。クラゲが教える未来の稼ぎ方
dixusの試みから私たちが学ぶべきは、社会課題に対する「視点の転換」だ。 これまでは「どう駆除するか」ばかりが議論されてきたクラゲを、消費者が喜んで財布を開く「価値ある商品」に変えてみせた。 ゴミを宝に変えるこの編集力こそ、これからのサステナブル経営に求められる真髄ではないか。
「海と人類が持続可能に共生する社会を作りたい」 佐藤氏の見据える先には、すでに次の一手がある。 地元大学と連携した独自酵母の開発、そしてクラゲの発生予測ツールの実用化。
限定400本から始まったこの小さな波紋は、やがて日本の海を、そしてビジネスの常識を塗り替える大きなうねりとなるに違いない。 厄介者が旨い酒に変わる時、私たちは新しい時代の幕開けを、その喉で実感することになるだろう。



