
宅配ピザチェーン「ナポリの窯」を巡る物語が、新たな局面を迎えた。
2025年11月16日、YouTuberのヒカルが自身の公式チャンネルに「大手飲食チェーン店から1000人の従業員を救ってほしいと直談判された」と題する趣旨の動画を公開し、ナポリの窯を展開するグループ企業の取締役に就任したこと、そして事業再建に本格的に関与することを明らかにした。
cokiはこれまで、創業者死亡後の後継者争いとパワハラ騒動で揺れるナポリの窯の内紛を報じてきた。今回の「ヒカル参戦」は、その延長線上にある「続きの章」であり、同チェーンの命運を左右しかねない新展開と言っていい。
創業者の死と「1000人の命運」を託されたヒカル
動画の冒頭、ヒカルは「今から従業員1000人の命運がかかった会議に向かう」と語り、緊張した面持ちでカメラの前に立つ。同行していたのは、格安スマホ「エックスモバイル」を率いる木野将徳氏と、その友人経営者だ。
木野氏の説明によると、今年1月、同氏が率いる会社が「ナポリの窯」などを展開するピザチェーンの親会社を買収し、議決権ベースで約55%の筆頭株主になったという。きっかけは、2024年11月に急逝した創業者・宮下雅光氏からの“最後の電話”だった。集中治療室からのテレビ電話で、宮下氏は「もし自分が死んだら会社を頼む」と木野氏に懇願し、その数日後に亡くなった。木野氏は「経営者人生で忘れられない出来事」と振り返り、遺志を継ぐ形で株式取得に踏み切ったと語る。
エックスモバイルは2025年1月、「ストロベリーコーンズ」や「ナポリの窯」を展開する株式会社いちごホールディングスの株式過半を取得し、子会社化したと発表している。公式リリースによれば、ピザの宅配網を携帯販売などにも活かす「シナジー」を狙った同志的M&Aだと説明している。
しかし、ヒカルの言葉を借りれば、買収から半年経っても「業績はまだ好転していない」。売上はピーク時の約70億円から現在は40億円規模に落ち込み、約100店・従業員約1000人を抱えるチェーンの店舗数もじわじわと減少。自社工場の稼働率は「2~3割程度」にとどまり、「本気を出せば4倍はいけるポテンシャルがあるのに、活かしきれていない」と木野氏は危機感を口にする。
そこで白羽の矢が立ったのが、これまでも外食チェーンとのコラボで大型ヒットを飛ばしてきたヒカルだった。
パワハラ騒動から「インフルエンサー取締役」誕生へ
当サイトが2025年8月に報じた通り、ナポリの窯では創業者死去後、長男である宮下貴弘氏が社長に就任したものの、従業員に対する過激な発言やリストラ方針が相次ぎ、「戦時中だから労基なんか上等だ」といった暴言も飛び出すなど、度を越えたパワハラが社内崩壊を招いていた。
創業者の遺言では「息子に経営は任せられない。経営は木野氏に託す」と明記されていたにもかかわらず、長男側は退任要請を拒否し、「木野氏に経営権を奪われるくらいなら会社ごと潰してやる」と豪語。株主総会開催にも応じず、法廷闘争に突入する異例の事態が続いていた。
今回、ヒカルの動画の中では、そうした経緯に直接触れる場面は少ない。ただ、木野氏が「第2株主である創業家側から株を買い取り、10月末までに完全に自社グループの会社にするつもりだった」と語っていることから、創業家との間で何らかの決着、あるいは株式の移動に向けたプロセスが進んでいることがうかがえる。
動画の後半では、都内で開かれた臨時株主総会において、ヒカルとビジネスパートナーの入江巨之氏が、ナポリの窯を含むグループ会社の取締役に正式就任した様子が描かれる。会議室には弁護士を含む多数の出席者が集まり、重苦しい空気の中で議案が審議されたという。
ヒカルは「人生で初めて、本当に重い空気の中で判子を押した」と振り返り、「過去イチか過去ニくらいデカいプロジェクト。ふざけたコラボではなく、1000人の雇用と会社の行く末を背負う仕事だ」と語った。
「味は一級品、マーケは昭和」 構造問題はどこにあるのか
動画の中で浮かび上がるのは、「ナポリの窯」が抱える構造的な課題だ。
まず、商品力については現場責任者や長年の従業員が強い自信を見せる。自社工場で粉と水から生地を仕込み、約2日間発酵・熟成させた生地を冷凍し、各店舗で解凍・成形、ワンオーダー・ワンハンドメイドで焼き上げる。チーズも100%ナチュラルチーズを使用し、耳までチーズをかけたアメリカンタイプ、生地の軽さが際立つナポリタイプ、5種チーズのクリスピー生地など、バリエーションも多い。
実際、試食シーンでヒカルは「今まで食べたピザで一番うまいかもしれない」と驚き、人気商品の「炭火焼きチキンと北海道ポテト」などを次々と絶賛している。現場からも「一度食べればリピート率は圧倒的に高い」との声が出る。
一方で、マーケティングは「昭和・平成初期のまま」だ。集客の主力は今も紙のチラシで、1店舗あたり月に5〜10万枚をポスティングし続けているという。デジタル広告やSNSでの認知獲得はほとんど手つかずで、「ピザーラ、ドミノ・ピザ、ピザハットのCM曲は誰でも口ずさめるが、ナポリの窯のCMを覚えている人は少ない」という現実がある。
メニュー数も約300と過剰で、現場からは「レシピが覚えきれない」「年に1枚しか出ない商品もある」と悲鳴が上がる。サイドメニューについても、「味は悪くないが、マクドナルドのハッシュポテトやオリジナルソースのような“ナポリに行かないと食べられない理由”が弱い」とヒカルは指摘する。
工場稼働率は2〜3割にとどまり、冷凍ピザやスーパーの総菜コーナーへの卸売りは好調ながら、まだ一部地域に限られている。出前館など外部プラットフォーム経由の注文比率が4〜5割まで高まり、自社サイト経由の注文が相対的に弱くなっている点も、利益率の観点からは大きな課題だ。
ヒカルが描く「再建シナリオ」
では、ヒカルは何をやろうとしているのか。動画の中で語られたプランを整理すると、次のような方向性が見えてくる。
1つ目は、「メニューの絞り込み」と「看板商品の再設計」だ。ヒカルは「マクドナルドでほとんどの人が頼むメニューは3〜4種類」「イナウト・バーガーは4商品で全米屈指の人気店になっている」と例を挙げ、ナポリの窯も“絶対に外さない10本”に商品ラインナップを大胆に絞り込むべきだと主張する。従業員人気1位の「炭火焼きチキンと北海道ポテト」や、定番のマルゲリータ、5種チーズのクリスピーなどを軸にしつつ、売れていないメニューは「8割方カットしていい」とまで言い切る。
2つ目は、デジタルマーケティングとSNS戦略の抜本転換だ。
紙チラシ中心の集客から、YouTube・X・TikTokをフル活用したプロモーションに切り替え、視聴者参加型のキャンペーンや、口コミ・UGC(ユーザー投稿)を促す仕掛けを設ける考えを示した。動画内では「ナポリの窯を頼んでSNSに上げてほしい」「会社のピザパーティーでぜひナポリの窯を選んで」と視聴者に呼びかけている。
3つ目は、コラボと新チャネルの開拓だ。
ヒカルは過去にファミリーレストラン「ジョイフル」とのコラボメニューで大ヒットを飛ばした経験があり、今回も「ハニーマスタードソース」を使ったピザやサイドメニューの再設計、アニメ作品とのタイアップ、ピザ自販機やキッチンカー販売、EC・通販強化など、多数の構想を口にしている。エックスモバイルが子会社化した背景には、「宅配ピザのネットワークを携帯販売にも活かす」という発想があり、モバイルとピザを組み合わせた新サービスの構想も、すでに一部メディアで語られている。
4つ目は、人材採用と現場モチベーションの立て直しだ。
動画では、19歳から18年間現場を支えてきたたたき上げの従業員を「現場統括リーダー」に据える方針が紹介される一方、ヒカルは「従業員と直接話し、会社を盛り上げるムーブを作りたい」と意欲を語る。デリバリー要員についても、UberEats依存ではなく、バイク運転や安全教育をしっかり受けた専任スタッフを育成することで、「Googleマップより早く届ける配送クオリティ」を武器にする考えが示された。
それでも残るガバナンスの問い
ただ、どれだけプランが魅力的に聞こえても、根本的なガバナンス上の問いは残る。
ナポリの窯の混乱は、遺言と異なる形で息子が実権を握り、株主や従業員の声を無視したまま暴走したところから始まっている。企業統治の不全が事業継続に直結することを、同社のケースは痛烈に示した。
今回、筆頭株主である木野氏とヒカルという「カリスマ性の強い個人」に再建の成否が大きく依存する構図は、ある意味で「別のタイプのワンマン経営」のリスクもはらむ。インフルエンサーが取締役として経営をリードするのは日本の上場・非上場企業を通じても極めて珍しく、成功例・失敗例ともに前例が少ない。
本来であれば、第三者の社外取締役や従業員代表の声を組み込んだ形で、ガバナンスの枠組みを再設計することが不可欠だ。エックスモバイルによる子会社化について伝えたITmediaなどの報道でも、「インフルエンサーや協業先との強い信頼関係を活かしたコラボ事業」が強調されているが、同時に「旧知の経営者同士の関係性」で決まったM&Aであることも明らかにされている。
同じ失敗を繰り返さないためには、「創業者の遺志」や「インフルエンサーの影響力」だけに依存しない、透明性の高い経営体制をどう作るのかが問われる。
消費者と従業員のあいだで
それでもなお、現場でピザを焼き、配達し続けてきた従業員に罪はない。
パワハラ騒動の渦中でも、当サイトが取材した関係者は口を揃えて「ピザの味は本当においしい」「ブランドを支えているのは現場の従業員とお客さま」と語っていた。
ヒカルは動画の最後で、「ナポリの窯で働く人たちやフランチャイズオーナーから『ヒカルが来てよかった』と思ってもらえるようにしたい」と繰り返す。「炎上で名前が拡散されることは多かったが、たまには“いい話”で拡散されたい」とも語った。
ナポリの窯を巡る物語は、パワハラ騒動という「負のドラマ」に、YouTuber取締役という「予想外のキャスティング」が重なった、稀有なケースだ。ここから先が、従業員1000人とその家族にとって希望のシーズンになるのか、それとも別の結末を迎えるのか。
ひとつだけ確かなのは、最前線の店でピザを受け取り、一口かじる消費者の評価が、これからのナポリの窯の未来を決めていくということだ。



