
秋が深まる東北地方で、クマによる「飼い犬襲撃」の被害が相次いでいる。これまで人間が襲われるケースは各地で報告されてきたが、今回は人里の住宅敷地内で、飼われていた犬が命を奪われるという異例の事態だ。
SNS上では「外でつないで飼うのは危険」「夜は必ず家の中へ」といった警告が広がり、愛犬家の間で不安と怒りが渦巻いている。クマの生息域が拡大し、人間の生活圏が脅かされつつあるいま、ペットの安全をどう守るかが新たな社会課題となっている。
一関市 夜の庭先でクマが犬を引きずる
22日午後8時ごろ、岩手県一関市厳美町の民家で、飼い犬が突然クマに襲われる事件が発生した。
一関署によると、会社員男性が玄関前でリードを付けて飼っていた犬の鳴き声を聞き外に出たところ、隣接する車庫内に犬が引きずり込まれるのを目撃した。男性が110番通報し、警察官が駆けつけた時には犬はすでに死亡しており、クマは現場から立ち去っていた。
人的被害はなかったが、周辺住民は強い衝撃を受けている。警察はパトカーで注意を呼びかけ、町内では「小さな子どももいるのに怖い」「もう夜に外に出られない」と不安の声が相次いだ。
宮城・大崎市 柴犬くわえ森へ逃走
翌25日午前9時半ごろには、宮城県大崎市古川北宮沢で同様の事件が起きた。民家の敷地に侵入したクマが、外で飼われていた柴犬1匹をくわえたまま近くの森に逃げ込んだ。
住人がうなり声に気づき窓越しに外を見ると、クマが犬をくわえて走り去る姿を目撃。通報を受けた古川署が現場に駆けつけたが、犬は戻らず、庭にはリードと首輪だけが残されていた。首輪にはちぎれた跡もなく、相当な力で引きちぎられたとみられている。
体長約80センチのクマは裏山へ姿を消し、警察は付近住民に外出自粛と注意を呼びかけている。
岩手・住田町でも「愛犬が消えた」 足跡は山中へ
26日午前6時ごろ、岩手県住田町上有住でも飼い犬が行方不明になった。飼い主が犬小屋を確認すると、リードと首輪だけが残され、犬の姿はなかった。周囲の草はなぎ倒され、引きずられた跡が続いていた。
通報を受けた猟友会が捜索したところ、約100メートル先の山中でクマの足跡が確認された。警察は犬がクマに襲われた可能性が高いとみて警戒を強化し、町はわなの設置を検討している。
飼い主は「午前3時ごろ、普段と違う鳴き声を聞いた」と話しており、事件は夜間に発生したとみられる。
SNSで非難と提言 「外飼いは危険」「玄関でもいいから入れて」
こうした被害が報じられると、SNS上には悲鳴にも似た投稿が相次いだ。
「犬だって家族なのに」「行政はもっと早く警告を出してほしい」といった怒りの声に加え、「外で、しかも鎖に繋がれ逃げ場のないワンちゃんが可哀想」「大切な家族と思っているなら家の中に入れてあげてください。玄関でもいいのでお願いします」といった切実な訴えも多く見られた。
愛犬家の間では、「熊の被害が多発している地域では犬を外で飼うこと自体が危険。少なくとも夜間は屋内に入れるべきだ」との意見が主流になっている。
クマが民家を餌場と認識するようになれば、犬のみならず人間にも危険が及ぶ可能性が高い。こうした状況を踏まえ、ネット上では「飼い主の意識改革が必要だ」「ペットも守れないなら飼う資格はない」といった厳しい声も広がっている。
専門家「餌不足と個体数増加で出没はさらに拡大」
野生動物問題に詳しい東北大学農学部の准教授は「今季はブナやミズナラなどの堅果類が不作で、クマが人里に餌を求めて下りてくる傾向が強い。特に秋は冬眠前で行動が活発になり、犬の鳴き声や餌の匂いが誘因になることがある」と分析する。
さらに、「一度人の生活圏で餌を得たクマは、学習して再び戻ってくる可能性が高い。被害防止のためには屋外飼育を控え、家庭ごとに対策を徹底するしかない」と指摘する。
行政側でも警戒を強めており、自治体によっては出没情報をアプリやメールで即時配信する仕組みを整備する動きが広がっている。だが、現場の猟友会関係者は「警報が鳴っても外で犬を飼う人は多い。人の意識を変えなければ根本的な解決にならない」と話す。
飼い主の責任が問われる時代へ
今回の連続事件では、幸い人的被害はなかった。しかし、犬という“人の隣にある命”が犠牲になったことで、事態は新たな段階に入った。
自然と生活圏が重なり合う現代社会で、クマの出没は今後も増える可能性がある。だからこそ、飼い主一人ひとりが「命を預かっている」という自覚を持たなければならない。
「飼い主さん、もっと自覚を持ってペットは責任を持って飼ってほしいです」というSNSの投稿が、多くの共感を呼んだ。
愛犬を外につなぐという“日常の習慣”が、いまや命を奪う危険につながりかねない。夜間だけでも屋内に入れる。玄関でもいい。小さな行動が、家族の命を守る。
クマの行動域が人里に広がる今、人間と自然、そして動物との共生の形が改めて問われている。



