
韓国は常々ネットリテラシーに長けた国と言われてきたが、そのIT先進国たる看板に大きな傷がついている。行政システムが、火災によって機能不全に陥っているのだ。
9月26日に発生した国家情報資源管理院(国情資院)・大田(テジョン)本院の火災から12日後の10月8日時点でも、行政システムの復旧率はわずか20%台にとどまっている。647件の行政システムのうち、正常化できたのは164件。韓国政府が「4週間以内の完全復旧」を掲げてきた目標は、現実味を失いつつある。
公務員12万人の“仕事の記憶”が消滅
最も衝撃的なのは、韓国の中央官庁で働く公務員12万人が利用していた業務用クラウド「Gドライブ」の全焼だ。
国会資料や懲戒記録、行政文書、職員の個人情報など、858テラバイト(約8年分)のデータが火災で失われた。ファイル容量が膨大であることを理由に、外部バックアップは存在しなかった。
行政安全部の説明によると、「Gドライブはバックアップがなく、復旧は不可能」とのことだ。つまり、国家の記録が「炎に飲み込まれた」のである。
「タ級」とは何か 格付けが招いた致命傷
Gドライブが致命的な損失を被った背景には、韓国の行政情報システムにおける格付け制度がある。
韓国政府は、各システムを重要度に応じて「甲・乙・丙・丁・タ級」といった階層に分類している。上位クラスはバックアップや二重化が義務付けられるが、「タ級(다級)」は最下位に位置し、外部バックアップ義務の対象外とされる。
コスト削減と効率化を優先した結果、国家の根幹を支えるデータが、実は「低優先度」として扱われていたのである。韓国のIT業界関係者は「Gドライブは“タ級”扱いにされた時点で、火災リスクが想定外だった。これではクラウドではなく“仮置き場”だ」と指摘する。
IT強国の虚像 バックアップ率はわずか7%
韓国は国連から「電子政府指数世界1位」と高く評価されてきた。だが、中央日報などによると、今回の火災で露呈したのは“IT強国”の虚像だった。647件の行政システムのうち、バックアップとシステム二重化が適用されていたのは、わずか47件(7.2%)。約4割のシステムはバックアップも二重構成もなかった。
電子政府の象徴だった韓国の行政インフラは、実態としては紙より脆いデジタル基盤だった。
韓国メディアは「朝鮮時代ですら実録を5カ所に分けて保管した。21世紀の政府がそれを下回るとは」と批判している。
初動の遅れと「人災」の構図
火災発生から電源遮断までに要した時間は2時間42分。消防当局の要請を受けてようやく遮断が行われた。現場では、無停電電源装置(UPS)やリチウムイオンバッテリーの移転作業に非専門のアルバイト作業員が関与していたことも明らかになっている。
安全管理マニュアルでは、バッテリー作業時の充電率を30%以下に下げることが義務付けられていたが、実際は80%のまま移設作業が行われたという。まさに「人災」と呼ぶほかないずさんな管理体制が、国家システムを一瞬で崩壊させた。
復旧責任者の自殺
復旧作業の現場では、連日深夜までの作業が続いていた。だが、その重圧に耐えかねた職員が、10月初旬に自ら命を絶った。韓国メディアによれば、彼は復旧統括を担っていた中心人物のひとりで、現場で「限界だった」と周囲に漏らしていたという。
同僚の証言によれば、「彼は政府の信頼を取り戻すため、寝る間も惜しんで作業していた」という。だが、復旧が思うように進まず、責任を一身に背負い込んだ。
炎に焼かれたのはサーバーだけではなかった。韓国官僚の“使命感”もまた、静かに燃え尽きたのだ。
国家の信頼をどう立て直すか
政府は現在、大邱(テグ)センターへのシステム移転を急ぎ、10月末の稼働を目指している。しかし、消失したデータの多くは二度と戻らない。
尹昊重(ユン・ホジュン)行政安全部長官は「国民の不便を最小限に抑え、国家の安全性を再構築する」と強調したが、電子政府の根幹を失った今、国民の信頼は簡単には戻らない。
「効率化」と「安全性」を天秤にかけた結果、国家が抱える本当のリスクが露わになった。火災は偶発的な災害ではなく、過信と油断の象徴――“IT強国”の皮を脱いだ韓国の姿がそこにある。