
外国人観光客に人気の公道カートについて、東京都渋谷区が全国で初めて貸し出し事業者に対する届け出義務を条例で定め、地域との共存を目指す動きが始まった。
公道カート規制強化、渋谷区が全国初の一手
東京都渋谷区は、外国人観光客に人気の「公道カート」の貸し出し事業に対して、届け出を義務化する改正条例を2025年7月1日から施行予定だ。対象は区内で新たに事業所を開設する業者で、事前の申請や住民説明などが求められる。こうした内容を条例で明文化するのは全国で初めてとされている。
公道カートは、小型の四輪車両を公道で運転できるレジャーサービスで、渋谷のスクランブル交差点などでキャラクターの仮装姿で走行する観光客の姿が定着している。一方で、騒音やマナー違反による住民の苦情が相次いでいた。
苦情相次ぐ背景 住宅地進出と騒音
条例改正の直接的なきっかけとなったのは、2023年に住宅街である笹塚エリアにカート事業所が開設されたことだった。渋谷区によると、当時1年間で寄せられた苦情は77件にのぼり、その内訳はエンジン音などの騒音(31件)、排気ガスによる悪臭(22件)などが中心だった。
事業者はその後、別エリアに移転。苦情は減少したものの、2024年もなお23件が報告されており、地域との摩擦が継続している。
条例で求められる具体的な内容とは
渋谷区が改正したのは「渋谷区安全・安心でやさしいまちづくり条例」。主な義務内容は次の通り:
- 開業30日前までに区へ事業所開設届を提出
- 走行ルート図・車両ナンバーなどの情報報告
- 利用者の運転免許証(日本または国際)の提示義務化
- 車両保険加入、整備の徹底、苦情対応窓口の設置
- 敷地境界線から半径50m以内の住民への説明会開催と報告書提出
- 区への誓約書提出(法令順守、安全管理など)
既存の4社6拠点の事業者に対しても、同様の内容を「任意」で求める方針で、すでに5月末に説明会が開かれている。届け出内容や協力状況は区の公式サイトで公開されるほか、非協力的な事業者もその旨が公表される見通しで、旅行会社などにも情報提供がなされる。
区長「都・国も制度見直しを考えてほしい」
6月24日の記者会見で、長谷部健・渋谷区長は「条例による規制は限られるが、地域と観光の共存を実現する第一歩になる」と述べ、「これを契機に都や国でも議論してほしい」と呼びかけた。
公道カートは、道路運送法上のレンタカーとは異なり「四輪の原動機付自転車」として扱われるため、国の営業許可を要さない。この「法制度の抜け穴」が規制回避を招いていたとされる。
月商4,000万円の事業者も 急成長する“観光資源”の裏側
渋谷区の調査では、月間4,000万円以上の売上をあげている区外のカート事業者も存在するとされる。訪日観光客の増加により、渋谷区内でのカート運行はコロナ禍明け以降で顕著に拡大した。キャラクターの仮装で撮影する利用者も多く、SNS映えを狙う若者層や海外観光客の注目を集めてきた。
だが、地域住民からは「生活音がかき消されるレベル」「子どもの寝かしつけもできない」などの苦情が寄せられており、地域との共存が問われている。
条例は抑止力になるのか?実効性に疑問の声も
条例には罰則がなく、違反事業者への直接的な制裁は「情報公開」にとどまる。この点については、専門家から実効性への疑問の声も上がる。
都市政策に詳しい法政大学の関係者は「罰則がない条例は、あくまで“行動を促す呼びかけ”に過ぎず、悪質な事業者には抑止力として弱い。根本的な対応は法改正に委ねられる」と指摘する。
また、利用者の多くが短期滞在の観光客であることから、安全運転や地域ルールの啓発が十分に機能しない可能性も課題とされている。
「観光と生活」の両立は可能か?
観光都市・渋谷としての魅力を維持しつつ、住民の暮らしを守る。そのバランスをどう取るかが今後の課題となる。長谷部区長は「ルールを設けること以上に、“共存の意識”を事業者にもたせることが重要」とし、「理解が得られないなら事業をやめてほしいというのがこの街の願い」と語った。
観光振興と生活環境の両立。条例改正は、その課題にどう向き合うかを私たちに問いかけている。