重度の熱傷を負った患者の命を救うには、他者から提供された皮膚の移植が欠かせない。そんな“命をつなぐ皮膚”を冷凍保存し、供給しているのが「日本スキンバンクネットワーク」だ。皮膚は一人のドナーから複数人を救うことができ、また血液型や人種も問わずに移植できる。
だが、提供数は年々減少し、保存や運営には多大なコストもかかっている。知られざる皮膚移植の現場と、その尊い活動の実情に迫る。
【お話を聞いた方】
一般社団法人日本スキンバンクネットワーク
常務理事・メディカルディレクター 田中秀治(国士舘大学大学院救急システム研究科研究科長 教授)
理事・コーディネーター 青木大
コーディネーター 小川由季
移植手術のために必要な皮膚の保存
―本日はよろしくお願いします。まず日本スキンバンクネットワークの創設の経緯と、活動内容からお伺いします。

青木 重度の火傷を治療する際に必要となる皮膚を、提供を希望するドナーから採取し保存、そして実際に熱傷患者が発生した時、供給する活動を行っています。もちろん、摘出時のコーディネーションや供給した後の患者へのアフターケア、そしてこれらの活動の社会啓発も含まれます。

田中 そもそも重度の火傷を負った皮膚を移植で治療する医術は、歴史的にかなり古い時期から記録があります。近代18世紀には植皮術はすでに確立されています。そして1945年には皮膚の冷凍保存に成功します。これは切り取った皮膚を液体窒素で凍結保存しておき、必要な時に解凍して用いる方法で、この技術によって、事故が起こった際にあらかじめ保存してある皮膚を用いて移植することが可能になりました。その後、アメリカをはじめ世界各国で熱傷治療施設に併設して皮膚を保存するスキンバンクの設置が進みました。
日本では1991年に東京で重症熱傷の治療をおこなっていた杏林大学と日本医科大学でスキンバンクシステムを導入、その後関東、近畿、東北、北海道、九州と参加施設が拡大し、2004年に全国が参加する日本スキンバンクネットワークと改名、2008年にはNPO法人から一般社団法人格を取得し全国の熱傷治療施設が参画するまでになりました。
―現在の規模はどの程度になっているのでしょうか。
青木 2025年4月現在で全国に78の医療施設が加入しており全国をカバーしています。また皮膚の採取を行っている施設としては関東を中心に35施設があります。
―実績についても伺いたいのですが、まず皮膚を提供いただけるドナーはどの程度いらっしゃるのでしょうか。
田中 発足当初は年間でスキンバンクネット―ワークに皮膚を提供されたのは18~20人ほどで、その後最も多かった時期には40人ほどからご提供いただいていました。その後は少なくなり、この10年ほどは年間10人弱になっています。
―それは実際の熱傷患者の数に対して足りているのでしょうか?
田中 全く足りてはいません。ネットワークに参加してくれている医師たちも足りないことを認識していて「貴重な皮膚だから使い過ぎないように」と協力してくれています。本当はもっと多くの方から提供をいただければいいのですが……。
実際には、皮膚も他の臓器と同じで、臓器提供カードの皮膚の欄に〇がなければ私たちにスキンバンクネットワークにはなかなか連絡がこないのです。ですから臓器提供を希望される方はぜひ「皮膚も提供してよい」と意思表示をしてもらいたいと思います。

一人のドナーから多くの命を救える皮膚移植
―スキンバンクから皮膚の提供を受ける患者の事例は年間どのくらいあるのでしょうか。
田中 一番多かった年で73人に皮膚の移植手術を行いました。近年では年間13人ほどです。治療の対象になるのは全身の10‐15%以上が重度(III度)の熱傷になっている患者です。15%以下の熱傷ならば患者の別の部分から皮膚を移植することでカバーできるのですが、それ以上、40%から50%になるともう他の部分の皮膚を用いることができなくなります。そこで当バンクで保存している凍結保存皮膚の出番となるわけです。
―どのような事故に遭った方々が患者になるのでしょうか。
田中 大きな工場の事故や飛行機や列車の火災、家屋火事など様々ですが、大規模なものですと2019年の京都アニメーション放火事件、1999年の東海村JCO臨界事故、1995年の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故、さらに福知山でのお祭りの火災事故など、皆さんの記憶に残っている社会的にインパクトのあった大きな事故でも当バンクから皮膚の提供をさせていただきました。
他にも交通事故での車両火災や化学工場の爆発や薬品を被ってしまった場合も、皮膚移植が必要になります。多分、飛行機事故や大震災などの災害時でも必要になるでしょうね。
―ドナーから採取された皮膚が使用されるまでの流れについて教えてください。
青木 皮膚提供に協力いただけるドナーが現れた場合、もちろんその方自身は既に亡くなられているので、ご家族に皮膚の採取について説明をします。その後、背中や大腿といった部位ごとに採取し、保存液に浸漬しバンクに搬送します。さらに保存をするために100㎠、はがき一枚分ほどを1単位として一枚ずつ保存採取していきます。
―使うことができない皮膚、というのはあるのですか。
青木 B型肝炎などの感染症、悪性腫瘍などの方々は提供自体できませんが、採取後、保存された皮膚が使用されないという事はほとんどありません。先日も85歳の方からの皮膚のご提供をいただいたのですが、一般の方が考えている以上に、医学的にはどんな皮膚でも大丈夫です。
―はがき一枚ほどの面積、ということですが、体の大きい人のほうが多く取れるわけですね。
青木 もちろんそうですが、ご遺族の方と相談して、採取して構わない部分だけを提供いただきます。主に背中などの部分になるのですが、平均して一人のドナーから40枚程度を採取することができます。
そして採取した皮膚を液体窒素のタンクの中で冷凍し、使用されるまで保存します。
―使用期限はあるのでしょうか。
青木 5年間と設定していますが、これは皮膚の寿命ではなく皮膚を入れているバックの使用期限です。ただ平均して1年から1年半ほどで使用されているので、これまで廃棄することになった皮膚はありません。
この皮膚を必要とする患者が発生した時に提供するのですが、一度の手術で使用される皮膚は平均で10~20単位ほどです。
―ということは、一人のドナーから40枚採取できれば、手術2~4回分の皮膚を用意することができるわけですね。
青木 それが皮膚移植の大きなポイントです。心臓移植ですと、一人の方から一人の患者しか救うことしかできません。しかし皮膚ならば一人のドナーから多くの人を救うことができるのです。それに皮膚は他の臓器と異なり血液型や白血球のHLAの適合問題などがありませんから誰にでも使うことができる。また実際には手術で患者に移植した皮膚も、回復するに従って徐々に表皮は取れていきますので、皮膚の色も関係ありません。黒人の皮膚を白人に移植しても色の違いはなくなります。
―ブラックジャックみたいにはならない(笑)。
田中 数年したら移植したのがどの部分なのかも全く分からなくなりますよ。
―わざわざ他の人から採ってきた皮膚を移植するのではなく、iPS細胞のように、人工的に培養された皮膚を用いることはできないのでしょうか。そういった再生医療の技術については。
田中 人工皮膚の研究も進んでいますが、現在商品化されているものの多くは皮膚の表面、表皮の人工皮膚だけです。表皮の下にあり、皮膚の土台になる肝心な真皮層についてはまだ完全なものは完成しているとは言えず、凍結同種皮膚移植に頼らざるを得ないのが現状です。
いずれ完全な人工皮膚が完成した時にはスキンバンクの役割は終わると思うのですが、それまでの間は広範囲の火傷ではドナーから提供された貴重な皮膚を冷凍保存し、それを使っていくことでしか人の命を救うことはできないのです。
「バンク」システムだからこそかかるコスト問題
―これほど重要な活動でありながら、スキンバンクの活動は一般に認知されているとは言い難い状況です。また医師の皆さんは無償のボランティアで活動に参加されていると伺います。運営の問題点はどのような部分にあるのでしょうか。
田中 皮膚移植が他の移植(心臓や肺などの臓器)と大きく異なる点は、実際に使われるまでに時間がかかることです。他の臓器移植なら、臓器が摘出される時には、もう患者が待っていて、ドナーから採取した臓器はすぐに使用されます。しかし皮膚は「バンク」の名の通り保存され、いざ必要になった時に使われるわけです。
ですが日本の保険制度では使用された段階にならないと病院から保険診療の金額が支払われない。ですから採取・保存している間の費用は誰からも支払われず、日本スキンバンクネットワークの持ち出しになってしまう。
そのため、私たちも費用の問題からバンクの規模を縮小し2015年にはいったん活動を停止せざるをえなくなり、地域を限定し、コーディネーターの数を減らすなど規模を縮小して再開した経緯があります。
青木 保存には液体窒素を満たしたタンクを使っているのですが、タンク内の温度が上昇し皮膚が解凍してしまったらもう使うことはできません。また滅菌状態を維持するために採取からパッキング・凍結までは完全に無菌で行わなければならない。これら保存のためのランニングコストがかかってしまうのが最大の問題です。

―多く皮膚を保存したいが、保存すればするほどコストがかかってしまう。しかし皮膚を提供してくれる人が増えれば増えるほど、多くの人を救うことができる。ジレンマですね。
田中 私たちの住む日本は、地震などの自然災害はいつ起こるか分かりませんから、それに対しての備えもしていかなければならない。本来ならスキンバンクは、国が運営してしかるべきなのかもしれません。先ほど化学工場での事故などもありえるとお話しましたが、それらの民間企業へ支援をお願いするアプローチは以前から行ってきましたが、今後も支援は常に必要としている状況です。
青木 世界的にみてもこれだけ活動できているスキンバンクはあまりありません。アメリカは日本の数倍の費用を有料で提供しており民間企業が運営する形になっています。
おそらく世界でも一般社団法人として単独でこれだけやっているのは我々だけ。だからこそ資金の問題はつきまとうのですが。
皮膚一枚でも繋げられる命がある
―これまで活動をしてきた中で感じたやりがいとは?
青木 移植医療は通常の医療と異なり、ドナーが亡くなられてからの仕事になります。悲しみに暮れる中のご遺族にお会いし、ドナーが生前どのような考えを持たれていたのか、どうして臓器提供をされようと思ったのかをお聞きします。ボランティアに熱心な人だった、次世代の人に役立ててもらいたいといった想いを伺うのですが、「提供できてよかった」と言われるのはやってよかったと思う瞬間ですね。
また移植を受けた患者さんから後日、ドナー宛てに感謝を伝えるサンクスレターを受け取ることがあるのですが、命を繋いでいくお手伝いができたことにはやりがいを感じます。
―小川コーディネーターさんにもお伺いします。

小川 ドナーは亡くなられていたり、もう喋れる状態ではないことがほとんどです。その方が臓器提供の意思表示カードを持っていたことで、ご家族が意思をくんで私たちに連絡をしてくださるのですが、ほとんどのご家族は移植についてあまり理解されていません。そこで皮膚も提供できると話すと「皮膚も!」と驚かれる。その中で、次の方に命を繋られる尊い行為だとお伝えし、ご家族が納得した上で移植に同意していただけると、ドナーの意思を叶えることができたのかなと、そう感じられますね。
田中 臓器提供は「ギフト」と言われます。ドナーの想いや願い、自分の臓器を誰かに役立ててほしい気持ちは、心臓や肝臓などの大きな臓器と、皮膚一枚も同じです。社会的にみると確かに心臓の移植は大きな手術ですが、命の大きさの点から見れば皮膚移植も一緒だと思うのです。たった一枚の皮膚にも、誰かの命を助ける力があるのです。
―今後についてお伺いします。
田中 国や企業からの支援ももちろん必要ですが、なにより大きいのは一般市民の皆様の認知です。災害や事故など、いつあなたたちが次の被害者になるかもしれない、皮膚移植が必要になるかもしれないと自覚してもらうことが、ドナーの拡大に繋がるでしょうし、支援にも繋がる。東日本大震災から14年も経つと、どうしても「備えよう」という気持ちが忘れられてしまう。
ですが起こりうる災害・事故に対して準備する必要は間違いなくあると注意を喚起したいと思います。それを多くの人に知っていただくことが私たちの活動を支えることに繋がるのです。
―本日はありがとうございました。
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