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クレハ常務・田中宏幸氏が不適切行為で辞任 クレラップの顔に何が起きたのか 理念と現実、組織の課題

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社内通報で発覚、クレハ常務が辞任へ

クレハ 田中元常務
クレハ 田中元常務。福島県の企業立地ガイドより。

「クルッ♪クルッ♪クレラップ」で知られる化学メーカー・株式会社クレハの田中宏幸取締役常務執行役員が、業務時間外の懇親の場において女性社員に対し不適切な行為を行ったとして、5月16日付で辞任した。社内の内部通報によって5月上旬に問題が発覚し、同社は田中氏への賞与不支給と株式報酬の一部没収という処分を決定した。

また、責任を明確にする形で小林豊社長をはじめとする取締役3人が、自主的に報酬の一部を返上。小林氏は2か月間、月額報酬の20%を返上する。クレハは「多大なご迷惑をおかけし、心よりおわび申し上げます」と謝罪コメントを発表した。

 

“福島に根ざす技術者”としての表舞台

田中氏は同社の執行役員であり、PGA事業管掌、事業部門管掌、高機能製品事業部長を兼任していた。かつては同社の製造の主力拠点の一つである福島県いわき市のいわき事業所長を務め、クレハの広報的な顔としても活動していた。福島県が運営する「企業立地ガイド」にも登場し、企業誘致の成功例としてインタビューを受けていたことがある。

その中で、福島で事業を行う理由について田中氏はこう語っていた。

「この地に来たのは90年ほど前になりますが、良質な用水、常磐地帯の低廉な石炭、そして福島県下の豊富な労働力の存在があったからと、先人の皆さまから言われています」
「福島県の方はとても真面目で、夜勤でも手を抜かない。離職率も非常に低い。これは企業にとって何よりの財産です」

福島と歩んだ90年、モノづくりへの矜持

 

クレハは1944年設立(前身は1934年の昭和人絹)。以来、いわきの地で90年近くにわたり、高機能材や医薬品、農薬、工業薬品など多岐にわたる製品群を生産してきた。特に同社の環境対応素材は世界でも限られた企業しか扱えず、「この商品ならクレハ」と指名される技術力を有する。

田中氏は今後の展望についても次のように語っていた。

「どこの会社でも作れるものを我々が作っていても意味がありません。弊社でしかできないことに挑み、世界に必要とされる製品を送り出していくことが、福島から世界へ発信する道です」
「プラントを作り続け、新しいことに挑戦し続けなければ、企業は簡単に廃れてしまいます」

企業統治と倫理観の試練

 

このように、地域との共生や世界への展開を語っていた技術者が、自身の行為によって企業倫理を問われることとなった。クレハは地域社会とのつながりを重視し、医療法人や介護施設をグループに持つなど、福祉との連携も推進してきた企業であるだけに、今回の事案がもたらす影響は小さくない。

信頼の再構築と再発防止策の徹底が、今後のクレハに課された責任である。

ステークホルダーを大切にする企業として名高い会社だったが

 

実際に、クレハは地元・福島との共生を掲げ、地域医療や防災の拠点も担ってもいるようだ。同社株式にも投資している「さわかみ投信」の創業者・澤上篤人氏は、クレハについてかつて以下のように評していた。

「いわき市にある工場の中には、市内最大の消防署と病院がある。全く儲からないが、地元のために維持している」
「売上は伸びていなくても、地域に根を張って着実にやっている企業だ」

同氏はまた、クレハの技術力の高さを、クレラップの開発やピッチ系炭素繊維、PGA(ポリグリコール酸)の量産成功といった例で高く評価している。PGAは、田中氏が管掌していた主力事業でもある。

SNS上では驚きと複雑な反応が交錯

 

今回の田中氏のニュースはSNSでも波紋を広げている。

「内部通報がきちんと機能していたなら、ある意味でガバナンスが働いていたということだよな」
「社長も月給の20%を減額とは…きちんと向き合おうとする姿勢は評価したい」

一方で、企業の実態と比較しながら、こんな声も上がっている。

「うちの上席執行役員(諸工業)は勤務中に女性の肩に手を回してくる。内部通報制度があっても、守秘義務が守られないのではと、誰も使えない」
「勤務時間外ならまだしも、勤務中でさえ横行してるような会社、たくさんある。クレハはまだマシかもしれない」

中には田中氏個人に対して、同情とも惜別ともとれる声も見られる。

「もったいないな。この田中さんって人も、技術畑で優秀な人だったんだろうに」

企業理念とのギャップが問われる

 

こうした社外の声が渦巻く一方で、企業としてのガバナンス体制はどうなっていたのか。
クレハ自身は、法令順守と倫理の徹底を掲げた明確な内部統制方針を打ち出している。実際に、同社のコーポレートサイトでは、「クレハグループ企業行動憲章」に基づく厳格なコンプライアンス体制の整備が掲げられている。社長直下のサステナビリティ推進委員会、コンプライアンス部会、そして内部監査部門による監査体制も整備され、社会的信頼の向上を内部統制の根幹としている。

そうした中で発覚した今回の不祥事は、組織の理念と現実とのあいだに存在する乖離を突きつけるものとなった。しかも田中氏自身が、ビジネスレポートという、おそらく他社でいう統合報告書やサステナビリティレポートに近い任意開示データブックのなかで、人的資本の部を担当し、「会社と社員の共生」を謳い、社員のエンゲージメントの向上を経営の要と語っているではないか。これほど言動の不一致が際立つ間抜けな話もないだろう。

グループの持続的な成長には社員の成長とエンゲージメントの向上が必要不可欠であると考え、経営方針のひとつに「会社と社員の共生」を掲げました。サーベイ結果を基に経営層・人事部門・各職場が実態を把握し、エンゲージメント向上の施策を講じていきます(2024年ビジネスレポートより)

報酬面でも、田中氏のような執行役員には業績連動型の株式報酬が支給されていた。今回、その一部が没収されたことは、ガバナンスの厳格化を象徴する対応とも受け取られている。

栄光と転落、そしてその先へ

 

高機能材から医薬品、食品包装材まで、日本から世界へ独自の製品を届けてきたクレハ。その“顔”とも言える人物の不祥事は、企業イメージに少なからぬ影響を及ぼすだろう。だが、ガバナンスが働き、社長自らが報酬を返上するなど、組織としての誠実な対応を見せた点も注目される。

そして、田中氏――。一代で業界の先端を歩み、福島の地場産業に誇りと未来を語った男。その口から発された「維持するためには動き続けねばならない」という言葉は、今となっては自らへの戒めのようにも響く。

世間は冷たく、企業は厳しい。だが、優秀な人材には、やり直しの機会もまた与えられるべきではないか。

“クルッ♪と再起して、もう一度包んでください。クレラップのように”――。
そんな声が、どこかで誰かの心に届く日もあるかもしれない。

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寒天 かんたろう

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ライター歴25年。月刊誌記者を経て独立。伝統的な日本型企業の経営や大学、高校、通信教育分野などの取材経験が豊富。

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