
欧州委員会は2月26日、環境や人権分野に関する企業規制の大幅な簡素化を盛り込んだ法案「オムニバスI」「オムニバスII」を発表した。これにより、持続可能性報告指令(CSRD)や企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)、さらにはESRS(欧州持続可能性報告基準)に関する厳格な規制が一部緩和され、企業の報告負担が軽減されることとなった。
EUはこれまで、脱炭素と人権対応を促進しながら経済成長を両立させることを目指してきた。しかし、米国や中国が補助金を活用して自国企業を支援する中、EU企業に対する厳格な規制が競争力を損ねているとの批判が高まっていた。
特に、欧州中央銀行(ECB)の前総裁であるマリオ・ドラギ氏がEUに提出した報告書では、企業負担を軽減し、インセンティブに基づいた政策へ転換する必要性が指摘されていた。
CSRD・CSDDDの緩和で企業の報告負担が軽減
今回の規制緩和により、CSRDの適用範囲が大幅に縮小される。従来は従業員250人以上、売上高5000万ユーロを超える企業が対象だったが、新基準では従業員1000人以上、売上高4億5000万ユーロを超える企業のみが対象となる。これにより、EU域内の約80%の企業が規制対象から外れることになる。また、一部企業に対する報告義務の開始時期が2年間延期され、報告すべき情報の項目も削減される見通しだ。
CSDDDについても、これまで広範なサプライチェーン全体の調査が求められていたが、今後は「直接の取引先」のみを対象とする形に変更される。これにより、多くの企業がデューデリジェンスの簡素化による恩恵を受けることになる。
ESRSの簡素化とEUタクソノミーの変更
ESRS(欧州持続可能性報告基準)の見直しも進められる。これまで企業は膨大なデータを開示する義務があったが、今回の変更により、報告義務が軽減される。また、EUタクソノミー規則についても、企業が持続可能な経済活動の基準に適合するかを報告する際の手続きが簡略化されるほか、開示義務の一部が撤廃される。
さらに、国境炭素調整措置(CBAM)に関しても、対象企業数を約9割削減し、中小企業や個人輸入業者を規制の対象外とする方針が示された。
日本企業への影響
日本企業への影響も小さくない。EU域内で年間売上高が4億5000万ユーロを超える日本企業は、引き続きCSRDの対象となる。そのため、環境や人権に関するデューデリジェンスの義務は継続されるが、調査範囲が「直接の取引先」のみに縮小されたことで、サプライチェーン管理の負担は軽減される見込みだ。
また、CBAMの適用対象が大幅に削減されたことにより、日本企業のEU向け輸出における炭素税負担も緩和される可能性がある。自動車メーカーや電子機器メーカーの関係者からは、「今回の緩和により、EU市場での競争力が回復する可能性がある」との声が上がっている。
企業やSNSの反応
今回のEUの方針転換について、さまざまな反応が見えている。ある企業経営者は「この動きを歓迎する。トランプ誕生後、サステナビリティ開示の重要度は明らかに下がってきている。規制が緩和されたことで、ビジネスにしっかり投資できるようになる」と歓迎する一方で、環境活動家からは「持続可能性のための規制が緩和されるのは、EU、ひいては世界の環境政策の後退につながるのではないか」と懸念の声が上がっている。
また、大手製造業幹部は「炭素税の負担が軽くなることで、グリーン投資へのインセンティブが減少するリスクがある」と指摘している。
一方、EU域内で事業を展開するある日本企業の担当者は「環境対応は引き続き重要だが、過剰な規制がなくなることで、より現実的なビジネス戦略を立てることができる」と前向きな姿勢を示した。
今後の展望
EUの規制緩和について、フランスなど一部加盟国はさらなる緩和を求める姿勢を見せており、EU内でも意見が分かれている。一方で、欧州委員会は「規制の骨格は維持される」と説明し、大企業は依然として環境や人権に関わるデューデリジェンスを求められることに変わりはないとしている。
今回の政策転換により、EUは規制重視からインセンティブ重視の方向へと舵を切ったが、持続可能性への取り組みの重要性が薄れるわけではない。企業にとっては、長期的な視点でESG(環境・社会・企業統治)戦略を見直す必要があり、日本企業も引き続き対応を進めることが求められる。欧州委員会は3月に自動車産業への具体的な支援策を発表予定であり、今後のEU産業政策の行方が注目される。