
政府は、高校の授業料を無償化する方針を正式に決定した。教育の機会均等を推進し、家庭の経済状況にかかわらず高校教育を受けられる環境を整えることが目的とされる。
しかし、無償化による財政負担や外国人留学生の増加といった懸念も浮上している。本記事では、海外の事例をもとに、高校無償化の影響と課題を詳しく分析する。
海外の高校無償化の現状と課題
ヨーロッパでは、オーストリアやドイツ、北欧諸国など多くの国で高校・大学の学費が無償となっている。これにより、家庭の経済状況に関係なく進学できる環境が整えられているが、一方で教育機関への予算配分が厳しくなる問題も指摘されている。
例えば、オーストリアでは大学の建物が老朽化し、施設の修繕が進まないケースが多い。日本に交換留学したオーストリアの学生が、日本の高校や大学の施設の整備状況に驚いたという話もある。ヨーロッパ諸国では、教育の質を維持するための予算が十分に確保されていないことが課題となっている。
また、無償化に伴う財源確保の問題も深刻だ。スウェーデンでは税負担が大きくなり、高等教育にかかるコストの増大が社会全体の負担として重くのしかかっている。日本においても、無償化が進めば税負担が増える可能性があるため、持続可能な財源の確保が求められる。
欧米諸国の「無料教育」は本当に成功しているのか?
高校にしろ大学にしろ学校の無償化は貧しい学生にも公平な機会を与えるため、一見魅力的に思える。誰しも「無料」で教育を受けられるならば、歓迎しない人はいないだろう。しかし、実際には、ヨーロッパの「無料大学」制度は成功例ではなく、むしろ警鐘を鳴らすべき事例とさえいえる。
ヨーロッパ型の授業料無料の高等教育は、ある事実を証明している。それは「無料の大学教育」には莫大な費用がかかるということだ。例えば、アメリカではすでに高等教育のために莫大なコストが発生している。大学に通わない人や進学の予定がない人を含め、納税者は年間1,500億ドル以上を連邦政府の奨学金や学資ローンなどの形で負担している。
「無料大学」を導入したヨーロッパ諸国の多くは、その制度の持続が困難であることを認識し始めている。例えば、ドイツでは公立大学の授業料を撤廃した結果、大学補助金の納税者負担が37%増加した。イギリスでは1960年代から1990年代にかけて無料大学制度が導入されたが、入学者が急増し、政府の財政負担が圧迫された結果、学生一人当たりのリソースが39%削減された。
また、フランスでは授業料無料の大学制度が広く知られているが、その実態として、大学1年目で約50%の学生が退学または留年してしまっている。このような現象は、無料であるがゆえに教育の質や学生の意欲が低下するという問題を示唆している。
無償化による外国人学生の急増 日章学園の9割外国人の学校も無償化が正しいのか?
また、高校無償化が進むことで、外国人学生の増加も懸念される。税金で学費を負担することで、外国人も無料で高校に通えるようになり、結果として外国人の受け入れ枠が拡大する可能性がある。
宮崎県の日章学園では、すでに在校生の9割が中国人留学生となっており、こうした学校も無償化の対象となることに国民からは怒りの声が上がっている。私立高校も無償化されることになれば、このような「外国人だらけの高校」にも税金が投入されることになる。
維新の「教育無償化」は本当に国民のためか?
維新の会は当初、「一律3割負担」の方針を掲げていたが、最終的には「高校授業料の税金化」という形で自民党と合意した。その結果、国民民主党が推し進めようとした103万の壁撤廃やガソリン減税は潰されることとなった。
維新の愚策により、私立高校も無償化されるため、外国人留学生が大多数を占める学校にも税金が投入される事態となる。教育の機会均等を掲げる一方で、外国人への税金負担が増えることに国民の反発が強まっている。
無償化を推進する自公維の合意と今後の影響
自民、公明、維新の3党首は、教育無償化と社会保険料の引き下げを含む合意文書に署名し、予算案成立が確実な状況となった。これにより、高校無償化の制度は正式に進められる見通しとなったが、国民の反発や財政的な負担が今後の議論を左右する可能性がある。
すでに大都市圏では高校無償化が実施されていたため、今回の維新の政策は地方の学生との格差を解消するという意味では一定の意義がある。しかし、その代わりに、国民の悲願とも言える103万の壁撤廃やガソリン税の引き下げが見送られたことで、多くの国民が強い失望感を抱いている。
これは維新にとっても自民党にとっても、悪手でしかなく、結果的に次の参院選では国民の怒りの矛先が向けられる可能性が極めて高い。国民の怨嗟が向かうは選挙での厳しい審判となるだろう。