社員に緊張感がなく、生産性が低い、エンゲージメントが低く、離職率が高いまま…。組織づくりに悩む企業は多い。あらゆる施策を講じても、思うように成果が上がらない。そんな課題を抱える経営者も多いのではないだろうか。
ミッション、ビジョン、バリューのMVVを掲げ、評価制度を見直し、研修を実施…。多くの企業がこれらの取り組みを行っているにもかかわらず、なぜ思うようには定着しないのか。それは、「組織文化の本質的な変革が伴っていないから」と語る人がいる。齊藤ビジネスデザイン株式会社 CEO 齊藤心吾氏。
企業で組織改革を成功させた実績を持ち、直近まで、クラウド型LMS(学習管理システム)市場で売上シェアNo.1を誇る上場企業 ライトワークスでCOOを務めていた。
「真の組織改革とは、社員一人ひとりの意識を変え、組織全体を活性化させること。これを実現するには、綿密な戦略と粘り強い実行が必要」と語る齊藤氏に話を聞き、いかにして組織改革を成し遂げたのか、その成功の秘訣を探る。
クラウド型学習管理システムのライトワークスとは
ライトワークスはクラウド型LMS(学習管理システム)市場で売上シェアNo.1を誇る上場企業。同社関係者に話を聞くと、その成長を語る上で欠かせないのが、元COO 齊藤心吾氏の存在だったという。彼が参画した2016年当時、ライトワークスは事業成長を阻む組織課題を抱えていた。高い離職率、育成文化の欠如、緊張感や成長の予感がない日常、部門間のサイロ化…。
しかし、わずか数年で状況は劇的に変化した。停滞していた組織は活気に満ち溢れ、売上は30%成長を続け、IPOを経て業界トップへと躍り出たのだ。一体、どのような改革が行われたのか。組織改革の舞台裏には緻密に練られたストーリーが隠されていた。
入社当時:停滞感漂う組織
「入社した当時、ライトワークスは30名程度の企業で、人を採用しても定着しないという、いわゆる典型的な組織の30人の壁、50人の壁に成長が阻まれる状況が続いていました」と齊藤氏は振り返る。
3年以内離職率は70%にのぼり、熱狂とはほど遠い停滞感が漂う状況だった。その原因は、創業15年の年月で進んだ、事業活動のパターン化による管理重視の組織構造と、人材育成の仕組み不足にあった。その結果、業務も属人化に陥り、イノベーションが起こらず、誰も成長を信じていない価値観が社内で醸成されていたそうだ。
「成功事例を始めとした、組織として共有されておくべき情報が共有されない、失敗をオープンにし、チャレンジする機運を生む文化がないなど、イノベーションを起こすための準備が整っていない状況でした。さらに、新しい人材を育成する仕組みが未成熟で、成長の停滞が顕著だった。優秀な人材が集まってはくるものの、パフォーマンスできないまま退職していってしまうことが続いていた」。
MVV定義:理念を浸透させるためのステップ
「私にとって組織改革の最大の目的は、熱狂を生み出すことでした」と齊藤氏は語る。「何事も業務を仕組み化し、凡事として徹底することが重要。シンプルだし、やればきっとうまくいくと、みんなわかっていのにやり切れない。なぜなら、そこに熱狂がないから。」と説く。
彼はまず、社員一人ひとりが成長を実感できる環境づくりに着手した。具体的には、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を刷新し、そこから社員に求める能力要件を明らかにし、それと評価制度と連動させ、教育制度とつなげる。さらに、MVVに共感してくれる人の採用、そして徹底的なマネージャー育成を行ったという。以下より細かく見ていこう。
齊藤氏は組織を変えるには、組織に流通する言葉を変えることからはじめなければならないという信念のもと、まずMVVのリニューアルに取り組もうとした。そんな、企業理念から組み立てていくほどの大きな改革は、トップの理解と協力なしに進めることは不可能だった。
そこで代表と目線を合わせながら進めるために、現状の問題点をデータで明確に示しながら、最初はリード獲得を向上させるため、コーポレートサイトのリニューアルという建付けでMVVづくりに着手したという。
ここで重要なのは、組織改革には、改⾰の前に、「会社が成⻑する期待、お⾦の匂いがする状態を作らなければ、改⾰もハリボテになってしまい、社員が動かない」ことだ。齊藤氏の場合、コーポレートサイトをリニューアルし、コンテンツマーケティングを同時にスタートしてインバウンドリードの獲得数を向上させることを前面に打ち出し、その裏でMVVの着手に取組んでいったことが成功の秘訣の一つに思う。
ただ、MVVをどうつくるかはこの記事の本題にはしない。多くの会社がつくること自体がゴールになってしまっており、定着が疎かになっているので、定着させるために何をしたのかを紹介する。
齊藤氏が重要だと語るのは、定義したMVVを組織に浸透させるため、具体的な行動指針やコンピテンシーを設定し、評価制度と昇格要件に連動させることだという。具体的には、同社の場合、バリューとして「クリエイティビティ」「パッション」「リスペクト」の3つを設け、例えば、「パッション」というバリューは、例えば「人を動かす力」というコンピテンシーとして定義され、具体的な行動目標と評価基準が設定された。これにより、社員はバリューを体現するための具体的な行動を理解し、実践することが求められた。
「MVVは絵に描いた餅であってはならない」と齊藤氏は強調する。
同時に、MVVに基づいた採用戦略を展開することも重要だと語る。優秀な人材だけでなく、バリューに共感し、組織文化に適合する人材を採用することで、組織全体の価値観の統一を図ることが肝心なようだ。
「組織はオセロゲームのように、価値観に共感してくれる人の割合を高めていくことが重要であり、50%の閾値を超えるためには、採用や既存社員との信頼関係の醸成に努めなければなりません。50%の閾値というのは、散々チームや組織の変革を起こしていく中で見つけた組織改革の方程式でした。つまり、改革したその先の文化や風土に適合するメンバーがそのグループの半数を超えない限り、そのグループや組織の文化は変わりません。」
「fun to learn 学ぶを楽しむ」文化の醸成
そのため、組織改革において最も重要なのは、マネージャーの育成と信頼関係の構築となる。
齊藤は「fun to learn 学ぶを楽しむ」というスローガンを掲げ、学習することを推奨する文化を醸成したという。社内で教え合うことを推奨し、互いに学び合うことで、組織全体の成長を加速させることができたと語る。
コーチング:成長を促すコミュニケーション
また、齊藤氏は、コーチングの重要性を強く認識していた。コーチングとは、相手に問いかけることで、自発的な思考と行動を促すコミュニケーション手法。マネージャーがコーチングスキルを身につけることで、メンバーの成長を効果的に支援できる。
そこで齊藤氏は、マネージャー向けにコーチング研修を実施。質問力、傾聴力、承認力といったコーチングスキルを向上させるためのトレーニングを行った。
マネージャーには、計画力に加え、「人を育てる力」を身につけるためのトレーニングを実施。マネージャー育成においては、信頼関係の構築と目標設定・計画をデザインする力を重視し、徹底的に鍛えた。
その結果、組織に多様性が生まれ、活気が醸成される俎上がつくられた。決して男女比だけで語られるものではないが、多様性の1つの指標として、男性8:女性2だった男女比は最終的に5:5になり、女性管理職もゼロから全体の50%まで増加した。
こうした取り組みによって、ライトワークスは大きく変貌を遂げた。個人がそれぞれのスキルを発揮するに留まっていた組織は、共通の価値観を持つチームへと変化し、イノベーションが生まれる土壌が育まれた。齊藤のリーダーシップと、具体的なステップに基づいた組織改革は、企業の成長に大きく貢献した。
以下はインタビュー。
齊藤心吾氏の半生:挑戦に満ちた道のり
埼玉県大宮市で育った齊藤氏は、幼少期から好奇心旺盛で、何事にも熱中する少年だったという。父親はテレビ局のプロデューサーで、「テレビが生まれる瞬間」に立ち会った一人だったという。プロデューサーとして『暴れん坊将軍』や『遠山の金さん』など記録に残る番組を残していった。多忙な日々を送る父親は、家では仕事の話を一切しなかった。芸能界に対する憧れを持ってほしくなかったからだそうだ。
しかし、齊藤氏にとって、多くを語らずも仕事に情熱を注ぐ父親の姿は、大きな影響を与えていた。「だいぶ後になって自覚するのですが、父は、私にとっての最初のロールモデルの一つだったのだと思います」と齊藤氏は語る。
大学時代、齊藤氏はバックパッカーとして世界約20カ国を旅した。ヒッチハイクでのアメリカ横断に挑戦したり、東アジアの発展途上国を陸路を中心に回るなど、現地に踏み込むスタイルで様々な文化に触れ、多様な価値観と出会う中で、自分自身の価値観を形成していった。
「世界を旅した経験は、私の人生観を大きく変えました」と齊藤氏は語る。この経験は、後の組織改革やサービス開発において、多様な人材を理解し、まとめ上げる上で役立ったそうだ。
クオン時代:先進的なサービスと組織文化
そののち、アーティスト支援事業で起業後、新たな学びを求めてクオン社に転職。クオン社は、消費者コミュニティを企業向けに構築する、当時としては先進的なサービスを提供していた。
齊藤氏は、2006年から10年間成長を牽引した。齊藤氏は営業として頭角を現し、10年間で受注単価を10倍に成長させる原動力となった。現在、同社は、ナショナルクライアントを数多く持つ、ファンコミュニティクラウド市場では有名な会社となっている。
「クオン社は、人材を大切にする組織文化でした」と齊藤氏は振り返る。社員一人ひとりの個性と能力を尊重し、成長を支援する風土があった。この経験が、後のライトワークスでの組織改革の成功に繋がったと齊藤氏は語っている。
結果:売上シェアNo.1、そして熱狂の創出
齊藤氏の尽力により、ライトワークスは社員のエンゲージメントは向上し、離職率は大幅に低下。売上は急成長を遂げ、クラウド型LMS市場で売上シェアNo.1を獲得。「社員一人ひとりが成長を実感し、仕事に熱狂できるようになったことが、最大の成果です」と齊藤氏は語る。
現在、齊藤氏は、齊藤ビジネスデザイン株式会社を通じて、ベンチャー/スタートアップ企業への投資やコンサルティングを行いながら、IPOを達成した組織改革・業務改革スキームを新規事業として展開し始めている。「過去の経験を活かし、多くの企業の成長に貢献したい」と語る彼の挑戦は、これからも続いていく。