社会や環境に配慮した公益性の高い企業に対する国際的な認証制度、「B Corp」を、日本でほぼ最初に取得したことで名高い石井造園株式会社(神奈川・横浜栄)。
造園業を営む同社は、一見すると社員10名程度のごく一般的な中小企業だ。ただ、やっていることは驚嘆に値する。
2009年からのCO2排出量の可視化、CSR報告書の発行、ステークホルダーを一堂に集めての年次CSR報告会の継続開催。はたまた、顧客要求事項の達成を図るためアンケートを実施し(約60%の回収率)、そのすべてをホームページで開示。不都合な声も開示する姿勢……。
今日の上場企業のESG対応に求められることを、10年は先んじて取り組んでいるのだ。こう書くと、よほど社長の意識が高いのだと思われるかもしれない。しかし、代表取締役の石井直樹さんは、自社が伝統的な普通の企業だからこそ、継続することができたと語る。
日本の伝統的な企業である石井造園がサステナビリティ企業に映る時代背景と、2つの必然について話を聞いた。
「ついでに、無理なく、達成感」小さなガッツポーズが取れる活動が大切
「みんなに喜ばれて、嬉しいからその気になって。そしたら取材が来て、注目されるから、また頑張るだけで、大変じゃないんですよ」
B Corp認証もCSR報告書も、それほど大げさなことじゃない。ただやっていることをそのまま見せるだけ、と石井直樹社長は答えた。当たり前に続けていたことが、後から出てきたSDGsや「B Corp認証」に当てはまっただけなのだと。
B Corp認証は、株主だけでなく、地域社会や環境、労働者なども含めた全てのステークホルダーの利益を目指す企業に対する世界基準の認証で、2023年世界でも5,800社以上が取得している。
ただし、日本ではまだ認知度が低いうえに、大企業でも取得が難しい。それを資本金4,000万円、従業員数13名の会社が取得するにはさぞ苦労があっただろう。その質問に対する回答は、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
目に眩しい草花が、意思のある生き物のように入り口の扉近くまで手を伸ばしている。外側に大きく開け放たれたガラスの扉をくぐるとまた、観葉植物と目が合った。他の社員と同じく「石井造園㈱」の刺繍入りの青い作業着姿で、石井社長が出迎えてくれた。気さくな笑顔とお揃いの作業着が、「社長」のイメージを覆い隠している。
横浜市笠間地区にある石井造園株式会社は、環境に配慮した会社に与えられる「B Corp認証」を、2016年日本で2番目に取得した会社だ。同社はまた、CO2の可視化やステークホルダーを集めての対話会など、今まさに大企業が求められているESG対応に、10年以上前から取り組んできた。
「リーマン・ショック後の2009年頃から、大企業のリコーや富士通などからCSR報告書が出始めたのを見て、『これ、かっこいいな』と思ったんです。
でも同時に『こんな分厚いと捨てるのも大変だ』とも思ったんですよね。だから、当社はA3両面カラー刷り程度の分量を意識して現在のカタチになりました」
石井社長は薄い社内報を数冊並べた。覗き込むと、確かに「CSR報告書」との記載があった。一般的な「CSR報告書」とは、見た目から違う。
「これ読んで、いい会社だねって思っていただいて、惜しみなく捨ててもらえるくらいのボリュームで十分です」
石井社長は、社長に就任する前の2000年頃から、CSRや企業の社会貢献に目を向け始めたという。
当時石井造園では、栄区役所に観葉植物を納品し、シーズンが過ぎると他の植物に入れ替える仕事を請け負っていた。
「少し傷んだだけで植物を処分するのはもったいないな、と思っていたんです。ふと見たらちょうど養護学校のバスが停まっていたので、先生に『これ使って、園芸療法的なものはできないかな?』って聞いてみました」
捨ててしまうのももったいない、そう思って軽い気持ちで提案したという。そこから付き合いが始まり、運動会や卒業式に招待されるようになった。
「この循環がいいと思いましたね。毎月毎月、買ったものをプレゼントするとどうしても無理がでてしまうけれど、これならついでにできます。お金をそれほどかけず。ほら、『ついでに、無理なく、達成感のある活動』って、CSR報告書にも書いてあるでしょう?それが我々のCSR活動のモットーなんです」
「ついでに」とは本業を通じた活動であること、「無理なく」とはお金と時間をかけ過ぎないこと。これを継続することが、多様なステークホルダーとの出会いにつながった。
「無理がないから継続できる。一過性のもので終わらせたくありませんから。ついでに無理なくやってみて、小さなガッツポーズが取れる活動を続けていけば、社会変革まで通じるだろうと思うのです」
ごく普通の伝統的な日本企業だからこそ、サステナビリティ先進企業になれる!
小さなガッツポーズを続けているうちに、地域の中で石井造園はなくてはならない存在になっていった。そして、B Corp認証取得のタイミングがやってくる。
きっかけは、当時日本で「社会的責任を担う企業」の普及・啓蒙活動をしていた、雨宮寛氏との出会いだった。
「当時雨宮さんは明治大学の社会人大学院の教授をやっていました。そこで横浜市内で最も地域貢献している企業を探していたらしく、当社に白羽の矢が立った。私が指名されて、社会人大学院の授業を1コマ担当することになったんです」
雨宮氏によって1コマだけの大学教授になった石井社長。
「そこで雨宮さんと知り合いになって、B Corpっていうのがあるので、認証取得しませんかと言われたんです。いつも話している内容をそのまま答えれば大丈夫、今なら日本で初めて認証を取れるかもしれませんよって」
テストは質問形式で、企業統治、従業員、地域社会など合計200満点中80点以上取れれば合格となる。石井造園は81.9点で見事合格した。
「一番だと思ったんだけど、群馬のシルクウエーブ産業様のほうが一足早かった。日本で二番でした」
改めて活動を付け加えることなく、石井造園はB Corp認証を取得した。ちなみに、同認証を一般企業が何の対策も取らずに取得しようとする場合、今日の採択率は20%前後ともいわれている。
「B Corp認証は、取得できたこと以上に、取得する過程の意義が大きかった。一つひとつの問いと向き合い、社員たちとともにいい会社とは何かを考えるきっかけになりました」
石井社長は当時をそのように振り返る。その点で、「B Corp認証は、ごく一般的な中小企業にこそ取得を考えてほしい認証」と語った。
さらに石井造園ではCO2排出量削減への取り組みに早期から着手し、2015年からはカーボン・オフセット証明書を取得している。今でこそ上場企業が認証取得のために動いているが、当時中小企業で認定を取っていたのは石井造園ぐらいだろう。
「別に、カーボン・オフセットをやらなきゃいけないわけでもなかったんです。でも、『オフセットするのに、10万、20万円でできますよ』って社員から言われて。社長としてそれを知ってしまったら、やらないわけにはいきませんよね」
サステナビリティ対応に注力する会社は、通常、環境意識の高い社長の想いだけが先走り、社員はそれについていけず、スローガンと実態が乖離してしまうイメージが強い。
ごく普通の会社が石井造園のように変わるためには、何が必要なのだろうか。
地域を守る「旧家の誇り」と、仲間と学んだ地域共生
鎌倉街道から住宅街に入った一角に、古めかしい神社がある。1335年に鎌倉郡小坂郷の鎮守として創建された青木神社だ。120段の階段を登った先の境内では、見事な富士山の眺望が広がる。
石井造園は毎年、この青木神社で安全祈願祭を行っている。創業以来毎年だ。地域と紐づく、伝統的な日本企業の姿に他ならない。
「でもごく普通の日本企業だから変わることができたと思っています」
そう、石井社長は述懐する。
「この『笠間』という土地には昔24軒しか家がなかったんです。石井家はそのうちの1軒で、私はその12代目。ですから、地域のために貢献するのは当然です。私の中にはDNAとして、『24軒の矜持』が植え込まれているんです」
石井造園の地域貢献の裏には、この土地を先祖代々見守ってきた者のプライドがあった。
創業者石井昭彦氏から社長交代の際に「混沌の時代に経営が行き詰まり、会社をたたむ事があるかもしれないがそれは仕方がない事。ただ、石井家として、この笠間の地域から出ていかなければならない事態だけは、絶対に避けてくれ」この一念だけ言い渡されたと語る。
企業として、地域社会という「ステークホルダー」への貢献をスローガンとして掲げ、無理に意識するのではない。地域と生きる企業としての、当たり前の共生、当たり前の活動が、今になって「サステナビリティ」や「社会貢献」と表現されただけ。
そして、「私たちの考え方の方が日本社会にとってはごく一般的な考え方だったのではありませんか?」という石井社長の問いが続いた。
石井造園がサステナビリティを考える土壌は確かに、多くの地方企業にも当てはまりそうだ。ただ、変化のきっかけはもう一つあるのだと、石井社長は語る。
それは、横浜青年会議所の仲間と共に立ち上げた「横浜スタンダード推進協議会」での活動だった。当時石井社長を含む若手経営者たちは、経済成長やグローバリゼーションが正義とされる企業経営のなかで、「よい企業とはなにか」を模索した。
そしてたどり着いた答えが、地域と共に歩み、サスティナブルな関係を目指す「横浜型地域貢献企業認定制度」。これは行政による初めてのCSR認定制度だった。石井造園はその第一号企業となる。
「毎週JC(青年会議所)の会議があって、地域貢献をどうやって実現するかを話し合っていました。私の思考及び志向はJCで培われたのでしょう」。
被災地の仮設住宅に桜「5年後、ここに残るのは桜と思い出だけに」
地域を意識し、共に持続可能な関係を目指す企業精神を養い、行政がそれを支援する制度を設立する。地域と共に歩む持続可能な企業を育てる土壌はできた。
次に考えなければならないのは、このマインドをどうやって次世代に引き継ぐかということだ。中小企業の事業承継は難しい。石井社長には息子がいるが、どうやって想いを引き継いだのか。その答えは「背中を見せること」にあると社長は言う。
「東北で、3.11の地震が起きたでしょう?当時、仮設住宅に桜を植えようっていう計画が持ち上がったんです。ならうちが行くよと言って、息子と一緒に桜の木を3本、ダンプに積んで、被災地まで行きました」
南三陸町から現地に入ると、被災地の傷はまだ生々しく残っていた。当時息子は中学2年生。初めて石井造園の制服に袖を通し、「石井造園デビュー」を果たした。
「仮設住宅の土地は土がカチンカチンで、息子は土を掘り上げるのにずいぶん苦労したと思います。でも一生懸命掘って、桜の木を植えた。そのときの町内会長の言葉が、いまでも忘れられません」
『この仮設住宅で、私たちはようやく仲良くなり始めました。でもこのコミュニティは、5年経ったら跡形もなく、消えなければならない。我々は仮設住宅にしがみついていてはいけないんです。そして、この場所に残るのは今日植えてもらった桜と、みんなで花見をした思い出だけ。それだけが残り、それ以外のものはなくならなきゃいけない』(町内会長の言葉)
息子は泣いていた。泣きながら、「世のため、人のために働く」という父の言葉を理解した。
目指すのは「認証」ではなく、緑を通じたコミュニティ
「B Corp認証もカーボン・オフセットも、本質じゃないと続きません」
石井造園には、日本企業伝統の「三方よし」の精神がある。だからこそ、地域貢献、社会貢献を当たり前のように続けられるのだと、石井社長は言う。その証拠は、石井造園が実施しているお客様満足アンケートの結果にも現れていた。このアンケートは、コメントまで含めて全て、ホームページに掲載されている。
驚くべきは、自社にとってネガティブな声まで含めて、すべてを開示している点だ。
「作業の良し悪しだけでは測れない、お客様とのコミュニケーションこそ当社にとっての「認証」であり、誇りなのです」
石井社長はにべもなく語る。お客様の声を公開している企業は数多いが、ここまで徹底して透明性を図ろうとする企業は、上場企業を含めてもいないだろう。石井造園の経営理念は、「企業活動を通して、幸せを共有する企業を目指す」こと。その言葉は、初期のCSR報告書に石井社長が書いた文章にあった。それを数年後に経営理念にまで昇華させた。
B Corp認証もカーボン・オフセットもCSRも全て、後から当てはめた形であり、その形のために社会貢献を続けているわけではない。石井造園が地域に選ばれ、他社の見本とされるのは、「認証」があるからではないのだ。
「最新のCSR報告書にも書いてあるんですけど、『みどりを通じたコミュニティの中心にあり続けるなら、石井造園は永続的な企業になる』。この想いが自分の中には強くあるんです。B Corp認証よりも、日本独自の三方よしプラス、未来よし。認証ばかりに傾倒するのは本質的じゃありません」
インタビュー中にも、脇を通る社員はみな、石井社長に親しげに声をかけていく。石井社長もまた、会話を中断して彼らに笑顔で応える。室内の観葉植物はよく手入れされ、柔らかい空気を吸い込むように、のびのびと手を広げていた。
石井造園の白い壁は、子どもたちのイラストや感謝の手紙、地域行事の写真で埋め尽くされている。それらの合間に表彰状や認証が、肩身狭そうに顔を覗かせていた。
◎企業概要
社名:石井造園株式会社
設立年月日:1965(昭和40)年3月26日
資本金:4,000万円
従業員数:13人
本店:〒247-0006神奈川県横浜市栄区笠間4-11-5
URL: http://www.ishii-zouen.co.jp/
◎プロフィール
石井直樹
神奈川県横浜市出身。2004年、石井造園株式会社 代表取締役就任。地域貢献に軸足を置いたCSRを基盤とした経営を展開している。そのCSR活動は毎年20を超え、独自の緑化基金を構築するなど地域のサステナブルな活動を支援する。2016年経営者「環境力」大賞受賞。2020年横浜市Y-SDGs認証において初回最上位認証取得。