「自分は何者か?行動の源は?」元日本航空のCA(キャビンアテンダント)株式会社プリサージュの佐野昭子代表が研修で掘り下げるのは、マナーやホスピタリティのスキルやノウハウを超えた「その人自身」。
受講生は、掘り下げた価値観をもとに設定した目的に向け、ステップを踏み、目標を達成することで自信を育む。自己肯定感が確立されれば、心に余裕がうまれ、周囲に感謝し相手を慮る真のホスピタリティマインドが醸成される。
「一人ひとりの要望に合わせた対応がホスピタリティ」との信念のもと、数々の受講生に気付きと変化をもたらし、企業や個人の魅力を引き出してきた佐野代表に話を聞いた。
「ホスピタリティマインド」の源泉を掘り当てる
佐野
事業内容は、企業向けのビジネスマナーや接遇研修、コーチング、ファシリテート研修から、大学生や高校生向けのホスピタリティ講座、マナー講座まで、多岐にわたります。2002年頃からマナー研修やホスピタリティに関する講演などを行ってきて、2018年に法人化しました。
研修や講座を始めるとき、最初に受講生に投げかけるのが、「今、幸せを感じていますか?」という問いです。なぜなら、私の研修では、自己肯定感を高めることを重視しているからです。
充実していて自分のことも好きでいてあげられる状態であれば、心に余裕が生まれ視野が広がるので、お客様やまわりの人たちのことを自然と考えることができるようになるのです。
でも人間誰しも、自分のことは意外とよく知らないものです。自分の顔だって、鏡で見ないと見えませんよね?内面的にも意外と見えていない部分が多々あります。
ですから、まずは「自分は何者か?行動の源は?自分についてどんなふうに考えているの?」と、自分の内面を深く掘り下げ、行動や思考の癖を知り、自分自身を見出していきます。
ディマティーニ博士の価値観ワークで学んだことを活かし、価値観の明確化も行います。
研修を通じて、「自分を成長させるのは自分でしかない」という気付きが得られた受講生は、昨日より今日、今日より明日と、自分を高めるために努力するようになります。その結果、「私は大丈夫」と手応えを得ることができ、自分を好きになっていくのです。
一人ひとり異なる強みと弱み。その自覚が人や企業の魅力を引き出す。
「プリサージュ」という社名は、どのようなところに由来しているのですか?
佐野
「Prism(プリズム)」とフランス語の「image(イマージュ)」の造語です。太陽光をプリズムに通すと、いろいろな色がスペクトルとして現れ、それぞれの色光を集めると白色光に輝きます。
一人ひとりの人間も、さまざまな色をした「個性」を持っていますよね。
その強みと弱みをしっかりと自覚してスペクトルを集めれば、白色光のオーラを発するように輝くことができます。
弱みを補強し、強みを伸ばすことで、その人や企業の魅力を引き出し、イメージアップを図りたいとの想いで、命名しました。
なるほど。「個性」に着目するようになったきっかけは何かあったのですか?
佐野
私は研修講師の仕事を始める前、日本航空(JAL)のキャビンアテンダント(CA)として12年間、JALWaysのCAとして2年半、合わせて約15年間にわたり、飛行機の中で仕事をしてきました。
そこでは、「一人ひとりに合った接客」が重要視されていて、「一人ひとりの要望は異なり、それに合った対応も異なる」ということが、ホスピタリティの信念として根付いていました。
その後、CAの仕事を離れ、JALアカデミーのマナー講師として研修講師の仕事をスタートしたのですが、徐々にマナー研修だけでは物足りなさを感じるようになってきました。
そこで、人間のコミュニケーションに大切な要素や、人間の本質を学んだり、自己啓発のセミナーに通ったりして、さまざまな勉強を重ね、現在の事業内容を構築しました。
JALでの仕事やその後の学びを通して最終的に行き着いた真理が、「一人ひとりの要望に合わせた対応がホスピタリティ」であり、その前提として「自分自身の自己肯定感が確立できていなければホスピタリティは提供できない」ということでした。
ホスピタリティ研修とは自身の成長を促し、自己を肯定するプロセスでもあるのですね。研修をする中で喜びを感じる瞬間はどのようなときですか?
佐野
やはり、受講生の変化が見えたときですね。気付きを得た人が変化する様子を目にしたり、周囲の人が「あの人最近変わったね」と噂する声を耳にしたりしたときは、「よしっ!」とひそかに心の中でガッツポーズしています。
パラダイムシフトを起こし、変化を促す研修は、受講生の人生を左右し得るほどの影響を与える研修でもありますから、心して臨んでいます。
大学で講師をしていると、講座を終えた大学生からよく、「人生観、変わりました」という言葉をかけられます。「大丈夫!?」って思ってしまいますけど、「大丈夫です!」って元気よく返してくれるので、良い方に変わったんだろうと(笑)。
佐野さんが学生も含めた教育分野に携わるようになったきっかけは?
佐野
剣道を教えていた父の影響はあるかもしれません。
父が他界したとき、葬儀に剣道の教え子たちが大勢来てくださって、「こんなに慕われていたんだ」と知り、改めて「すごいな」と思いましたね。母とも話していたのですが、「惜しみなく与える人」でした。
不思議なことに、父が他界した後、教える仕事が増えるようになりました。73歳で亡くなった父が、「まだ教えたかった」という想いを残して逝ったんだろうと思います。
それが“降りて”きたから、こうして教育業界に深く携わるようになったのかなと。
ですから私も、「惜しみなく与える」性格を引き継いで、「持ってるものは全部あげます。要らないものは『要らない』でいいから、気付きがあれば全部持って行って」という気持ちで、教える仕事を続けていきたいですね。
「自分を成長させたいなら、自分を好きになって」
大学で客員講師をされていますが、大学生にはどんな研修をされているのでしょうか?
佐野
コースの初回に、学業、生活、その他の3つの分野で、ひとつずつ目標を立ててもらいます。
目標は目的を達成するための手段ですから、目的に向けて小さな目標を積み上げていくことで、自己肯定感を上げていこうというねらいです。
次に、目標に向けて週ごとに「今週のアクション」を設定します。決めたアクションを紙に書き出してもらい、翌週一緒に振り返ってフィードバックします。
「達成できて嬉しい?できなかったのはなぜ?」といったことを1対1で振り返り、できなかったときの悔しい気持ちや、できたときの誇らしい気持ちを確認しながら、「自分を認める力」をつけていきます。
講義では、学生に教えるのではなく、一人ひとりの悩みを聞き、相談を受けながらアドバイスします。1コマ150分のうち、約半分は個別に話を聞く時間に費やしているほどです。
私は嘘もお世辞も言いませんし、厳しいアドバイスをすることもあります。でも、言ったことは必ず覚えていますし、「一人ひとり見てくれている」ということが伝わっているのだと思います。
キャリアセンターの事務の方を通じて、「佐野先生に怒られたのが嬉しいと話す学生がいっぱいいます」とフィードバックをいただきました。
何度も強調したいのが、「今、幸せを感じ、自分のことを好きでいられる状態かどうか」ということです。
自分を嫌いだと、自分を大切にできないですよね。それってとても悲しいことだと思います。一生けん命頑張っている自分を認め、信じてあげると、文字通り「自信」がつきます。するとどうなるかというと、余裕がうまれる。
自分を好きになって、認めてあげて、心に余裕をもつことができて初めて、人に対してもホスピタリティを発揮できるようになるのです。
◎cokiの視点
SDGs目標4は、すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進することを目指しています。
プリサージュの研修は、先行き不透明で将来の予測が困難なVUCA時代に、一人ひとりが環境変化に適応しながら「自ら学び成長し、自分らしく生きる力」を養う普遍性が高いプログラムであり、あらゆる境遇の人々が個の可能性を追求できる公平で質の高い学びを提供するものである。
企業に対してはどのような研修を実施されているのですか?
佐野
ロングスパンで向き合う学生向けの研修とは異なり、新入社員研修、管理職研修、女性特化研修のようなスポットでの研修になります。
新入社員の受講生は、学生から社会人へとマインドセットを書き換えるだけなのですが、社会人3年目、5年目の受講生は、「今まで私は何をしていたんだろう?」と目が覚めたようになります(笑)。
企業向けの研修でも、目標と目的の違い、それぞれの設定の仕方などを、いちど白紙に戻して洗いざらい再検討します。すると、「自分の目標は目標じゃなかった」と気付きを得る人が多いです。
企業の方々とお話される中で、コロナ禍を経て変化したことはありますか?
佐野
テレワークやオンライン会議が増える中で、コミュニケーションを取りづらくなったという管理職の声はよく耳にしますね。
そういったお悩みには、「伝わりやすい話し方をしているか?」を問いかけたり、月に1回でもいいのでコミュニケーションを取る機会を設けるようアドバイスしたりしています。
それでもやはり、周りの状況が見えにくいせいか、「自分さえ良ければいい」という人は増えているような印象です。
「大変そうだけど手伝おうか?」というような声かけもしにくい状況ですし、中にはコロナ禍で仕事量が増大した現場もあり、「コミュニケーションどころじゃない」という職場もあるようです。
便利なツールが普及しても、コミュニケーションは課題として残っているのですね。
佐野
オンラインには効率の良さというメリットがあるので、それはそれで残しつつも、対面のコミュニケーションはできる限り必要だと思いますね。「先日と今日とでは、なんか表情が違うな」というような変化も、顔を見ればだいたい分かるものです。
上手にコミュニケーションをとるには、相手の表情や声のトーン、話す速度などをよく観察する力、洞察力、想像力が不可欠です。
ただこれは、必ずしも直接顔を合わせずとも、オンラインでも可能です。心に余裕をもってしっかり相手と向き合うこと、そして練習あるのみです。
◎cokiの視点
SDGs目標8は、すべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進することを目指している。
プリサージュの企業向け研修は、企業活動に欠かせない目標設定の在り方を見つめ直す機会を提供し、働きがいのある仕事を後押しするとともに、管理職や経営者向けに社内コミュニケーションの課題解決に向けた助言も提供している。
研修にとどまらない、人材育成や組織づくりといった持続的かつ創造的に発展していく組織の基盤づくりに貢献している。
CAN’TをCANに変える。自分の可能性に気付く
研修に臨まれるときは、どのようなことを心がけていらっしゃいますか?
佐野
まずは、「CAN’TをCANに変える」、つまり、「できなかったことをできるようにしてあげたい」という想いで臨んでいます。「あなたは、あなたが思っているよりもすごい人なんだよ」というメッセージを届けたいですね。
それから、コミュニケーションは第一印象がとても重要で大切なのですが、どうしても人間って「足りない部分」に目がいってしまうものなんですね。
例えばこのリンゴの絵を見てください。線がつながってない部分がありますね。「リンゴだと分かるんだからいいじゃん」と思うかもしれないけど、やっぱりここのつながっていない部分が気になるものです。オンラインでは特にそう。
ですから初対面ではまず、人の「いいところ」に目を向けるように意識しています。嫌いになってしまったら、心配りもできなくなりますから。
もっとも、受講生が初対面で減点されては困るので、接遇研修では「表情」「挨拶」「身だしなみ」「話し方」「態度」の基本的な5原則はもちろん押さえます。
研修コンセプトに「守・破・離」を掲げておられます。
佐野
「守」は、基本的なこと、いわばマニュアルですね。
しかし、マニュアルでは対応しきれない場面はいくらでもありますから、そこを破らないといけない。そのために創意工夫する必要があります。
お客様のことを「顧客」といいますが、「個客」と捉えることもできます。それぞれのお客様は異なりますから、一社一社、一人ひとりに合わせた対応を提供するために創意工夫する。
こうして十分に経験を積んだら、こんどは自分の世界に飛び出す、「離」です。こうして、マニュアルに縛られない自分をつくりあげていきます。「守・破・離」は、すべての業界に通じることだと思います。
佐野
最近は、小学校の先生や子どもたちに向けた研修を依頼される機会が増えてきました。子どもたちは本当に素直で、マナー講座ひとつとっても変化が早くておもしろいですね。
北海道のある小中一貫校で、「おじぎをするときにはいったん歩みを止めておじぎしましょう」と教えたら、後日、校長先生から、「子どもたちがみんな止まっておじぎをするようになりました」とメールをいただきました。
大人はどうしても、変化を恐れたり、三日坊主になってしまったり、何十年もの蓄積で心身ともに凝り固まってしまいがちですが、子どもはどんどん吸収して成長します。
今後小学生向けの講座や小学校の先生向けの研修も、積極的に手がけていければと思います。
子どもたちの自己肯定感にもつながっていくといいですね。本日はありがとうございました。
◎企業概要
株式会社プリサージュ
代表者:佐野昭子
本社住所:東京都中央区銀座4丁目2-2 第1弥生ビル7階
TEL:03-6712-0139
FAX:03-6712-0238
Web:https://www.prisage.net/
◎プロフィール
佐野昭子(さの・あきこ)
日本航空客室乗務員として約15年国際線に乗務。JALアカデミー研修講師、トラベルジャーナル旅行専門学校講師等を経て、2002年同社を設立。客室乗務員として10万人以上の接客を担当してきた経験と、剣道範士八段の実父から学んだ「人間力」により、組織で必要とされる人間には共通の“おもてなし資質”があることを発見。ホスピタリティ向上をベースとした「カリスマ人間力」の研修プログラムを体系化。客室乗務員志望者のためのCA受験特別レッスン塾も併設。90%の合格実績を出している。カラーアナリスト、カラーセラピスト、リクルートキャリアマナー記事監修。