SDGsへの関心の高まりと共に環境負荷が少ない「木材」の価値が見直されている。森林保全はCO2吸収による地球温暖化防止のみならず、「伐って、使って、植える」ことで、循環型経済(サーキュラーエコノミー)の実現にも繋がる。とりわけ日本は国土の3分の2、約2500万ヘクタールもの広大な山林を持つ世界有数の森林資源保有国。伝統の匠の技術も相まり、様々な業界で斬新な発想で木材を有効活用する取り組みが始まっている。
今回は、長年にわたり自動ドアの研究開発から製造、企画販売・施工、保守メンテナンスまでを手がけてきた、日本自動ドア株式会社が業界に先駆け開発した木製自動ドア「Selvans」をご紹介する。2016年のプロジェクト発足当時から携わる同社メンバーに、木製自動ドアの開発秘話と今後の「地産地消」にかける想いを伺った。
人肌に一番近い建材・木材が生み出す温もり
本日はよろしくお願いします。まず皆さんの自己紹介からお願いします。
駒井
駒井陽介です。私は東京南営業所所長と、「木製自動ドア」のショールームでもある東京サテライトオフィスの所長をしています。勤続25年で主に営業を担当しています。
藤井
藤井航です。私は弊社の創造部門で「木製自動ドア」プロジェクトの責任者をしています。メディアロボティクスなどの新規事業なども兼任しています。勤続26年目です。
村田
村田良文です。私は開発部ですが兼任で林業事業部のエリアマネージャーもしています。この中では一番社歴が長く勤続35年です。
今回、御社は木製自動ドア「Selvans」を発表されました。「木製自動ドア」とは斬新な発想だと思いますが、この製品の魅力についてお伺いします。
駒井
自動ドアというと、ほとんどはガラス張りで、金属製のサッシが一般的です。しかし弊社では金属の換わりに木材を用いた新製品を開発しました。それが木製自動ドア「Selvans」です。
木材を建材として活用することは環境保全に繋がるのはもちろんのこと、金属の素材では出せない「木の温もり」を得ることができます。この「木の温もり」とは、風合いの美しさといった感覚的なものだけではなく、事実金属と比べて熱伝導率が低く、人の体温や室内の温度を守る効果がある人肌に近い素材です。
また木材には空気や水分を蓄える働きがあるので、気温や湿度に応じてそれらを吸収したり吐き出したりする調湿効果も期待できます。
さらに木材が身近にあると人の脳はアルファ波を出すという調査結果もあります。アルファ波はリラックスし、精神が安定している時に出る脳波です。金属を木材に転換することによって、人や環境に対して様々な効果が期待できるのです。
地域資源を活用、森林を循環させるべくひらめいた木製ドア
改めて木製自動ドアを開発するに至った経緯についてお伺いします。なぜ自動ドアに木材を使用しようと考えたのでしょうか。
藤井
開発の発端は1つのひらめきでした。弊社は1966年に自動ドア用エンジンの製造研究を行う会社として創業し、その後製造だけでなく販売、保守へと部門を拡大していきました。
2005年に埼玉県飯能市に製造工場を新設することになったのですが、工場用地として購入した地区は最寄りの駅からバスで20分ほども離れた場所にある山間の一帯でした。
緑が生い茂る山が敷地のすぐ裏まで迫っていて、近くには山々から湧き出てきた清水が渓流となっている。そんな自然豊かな場所に工場を建設したのですが、その時工場用地と一緒に裏の山も購入していたのです。それも4、5ヘクタールもの広い山地を。
この広大な裏山はその後しばらくの間、全く活用されることはありませんでした。しかしある時、弊社の代表取締役社長の吉原二郎がNPO法人アースカラー様と繋がりがあったことから、その山を林業支援に提供することになった。
NPO法人アースカラー様は第一次産業の職業体験などを行っている団体ですね。その活動の1つとして御社で林業の研修をすることになった。
藤井
はい。日本の林業は、長く外国産の建材に頼っていた影響で衰退傾向が続いています。その問題について考えるため、NPO法人アースカラー様の林業体験の研修を弊社で行うことになった。
林業は、木を伐り出して建材などに利用するのみならず、植林し、森を育て、環境を守る役割も担っています。また、森林は水源でもあり、豊かな水資源を保全するためにも大切な仕事です。
植林された木は、伐採しなければそのまま朽ち、山は荒廃し、自然災害などにより人の暮らしにも悪影響を与えかねません。森林資源を活用し、循環させることで、人との共生、持続可能な社会が可能になるのです。
そのような森林の大切さを体感するために、実際に山に入って木を伐採したのですが、研修後に切り出した木をどうしようか、と。
村田
2016年くらいだったと思います。その時、「木製の自動ドアを作ってみたらどうだろうか」と提案したのです。
藤井
村田の提案を聞いて「木製自動ドアってカッコイイね!」と皆の意見がまとまった。工場がある飯能市や隣接する日高市では江戸時代から「西川材」と呼ばれる良質の木材産出地だった。
それでこの自社山林から伐採した西川材を利用した木製自動ドアを製造し、広めていこうと思い立ったのです。
実際に製品化するまでには多くの苦労もあったのではないでしょうか。
藤井
当初はオール自社製でやりたいと考えていたのですが、弊社にはまだ木製の建具やサッシに関する技術がありませんでした。自動ドアはモーターなどの駆動部分とサッシの部分から構成されています。
弊社は駆動部分とサッシ部分の両方を一貫製造できるのが特徴なのですが、本来サッシ部分は建具屋さんの仕事。金属サッシの製造ならまだしも、木製となるとノウハウが無く、木製品を製造している建具業者に意見を伺ったりサンプルを作っていただいたりと試行錯誤を繰り返しました。
最後まで苦心したのが「反り」などの木材特有の問題です。木材は金属と異なり簡単に曲げることができませんし、湿度や含有される水分などによって、時間の経過と共に僅かに反りが出てくる。金属素材には無いそれら木材が持つ特性を把握するまで苦労しました。
たどり着いたのは低温乾燥による木材処理方法です。近年は時間短縮のために高温で木材を乾燥させることが一般的ですが、それだと木材の色味も変わってしまう。ですから低温で時間をかけて乾燥させる方法を採りました。これによって反りや割れを防げるようになりました。
環境に配慮、無垢材の「経年変化」を楽しむ、長く愛される製品に
こうして完成した木製自動ドア「Selvans」ですが、どういったお客様に利用してもらいたいとお考えでしょうか。
駒井
実は特にユーザーを限定してはおりません。木製ではありますが近代的な内装にも合うデザインですので、どんな建物でも違和感なく溶け込めると思います。
むしろ私が訴求していきたいのは温室効果ガス削減などの環境問題に関心がある方々です。
ステンレスやアルミなど金属製のサッシは作る過程でどうしても二酸化炭素を発生させる。それを木製に転換できれば大きく発生量を減らすことができる。今後、世界では木製に転換される製品がもっと増えてくるでしょう。その端緒として木製自動ドアを選んでもらいたい。
私が所長を務める東京サテライトオフィスはコンクリート製の建築物で内装もモダンです。そこにも木製自動ドア「Selvans」を取り付けていますが、違和感なく調和したものになっています。
取り付け工事をしていた時は、外国人観光客がよく見に来ていました。やはり風合いの美しい天然・無垢材の自動ドアは珍しかったのだと思います。是非多くの人にSelvansの良さを知ってもらいたいですね。
既に「Selvans」を気に入り、設置された所もあるそうですね。
駒井
はい。山梨県にある和菓子屋、石坂屋様です。石坂屋様の店舗デザインを担当された建築士の方が、以前からSelvansのデザインにも協力していただいていて、その繋がりで石坂屋様からも「素敵なデザインですね」と高評価を得て、採用していただいています。和菓子という商材と店舗の雰囲気に木材がマッチした好例だと思います。
村田
木製自動ドアの特徴としては、長く使えば使うほど、色合いや質感が変化し味わいのあるものになっていくことが挙げられます。
木材は風雨にさらされ人に触れられ、年季を重ねることで違った趣向が生まれてくる。ですから経年劣化ではなく「経年変化」。この変化を楽しんでもらいたい。
また最近展示会で両開きのモデルを出品したところ、自動ドア関連の業者から大きな反響がありました。
今後はさらなるモデル展開を構想していますが、奇抜なデザインで目を引くようなことはせず、これからも無垢材の質感や自然な木目の風合いを重視したデザインで、多くの人に長く愛されるものを作っていきたい。
木製自動ドアの製品名「Selvans」にはどういった由来があるのでしょうか?
藤井
エトルリアという紀元前のイタリアにあった古代国家の、森林の神様の名から取りました。Selvansはエシカル消費、サステナブル社会の意識が高まる現代に親和性が高い製品だと思います。
古代の神様の名前と共に今後も様々な展開を続けて、もっと多くの人に親しんでもらいたいですね。
森林資源を活用したサーキュラーエコノミー、地産地消への取り組み
今後の展開についてお伺いします。Selvansはサステナブル社会への注目度が高まる以前から開発に着手されていて、先見の明がある製品だと感じます。これから多方面での活用が期待されるのではないでしょうか。
駒井
現在Selvansは、「木の温もり」が伝わる製品として協力業者や設計事務所などのお客様へ提案をしています。
今回は西川材という弊社の近くで採ることができる材料を使用しましたが、日本中の自動ドアに西川材を使用していては、せっかく木製にして温室効果ガスが削減できたのに、輸送によって排出量が増えてしまう。
ですから今後は「地産地消」を掲げて、その土地で採れる木材を使用したSelvansを製造していくことができたらと思っています。
サーキュラーエコノミーにも配慮し、地産地消で資源を循環させていく。
駒井
私は営業という仕事から、他社との差別化を常に考えています。弊社と他の自動ドアメーカーと大きく異なる点は「地産地消」への意識だと思います。
他の自動ドアメーカーにも、木製の自動ドアを作っているところがあります。しかし、海外産の木材が使用されているケースが多い。対して弊社ではその建物がある土地で育った木から伐り出した材料を用いたドアを提案しています。
その土地の気候で育った木ですからそこの気温や湿度の変化に対しても強く、反りや割れが発生しにくい。そこの風土に適応している木材なのです。それに土地の気候が刻まれた木から作られたドアでお客様をお迎えすることができたら素晴らしいのではないでしょうか。
地産地消に対する想いやこだわりを弊社の強みにしていきたいと思っています。
村田
私は開発担当として、木材特有の反りや割れにいかに対処していくかを考えています。木材の味を活かすためにできるだけ無垢の素材を使いたいのですが、乾燥が充分でないとどうしても反ってしまったり割れたりしてしまう。
低温乾燥を採用したことで反りや割れを抑えることができたので、今後も研究を続けてさらに乾燥率を上げていきたい。無垢材の木目を「目で見て楽しめるドア」にしていきたいですね。
駒井
今、全国で銘木と呼ばれる木材を探しています。Selvansの木材は全国各地の上質な木材を用いていきたい。そしてその土地の木材を、地元の業者さんと協力して設計や設置をしていくことを模索しています。
現在、東京サテライトオフィスに設置してあるものは、弊社会長の吉原が懇意にしている大工さんにお願いして設置してもらいました。今後は土地の風土に詳しく、弊社と価値観を共有できる業者と手を取り合っていけたら良い。
以前展示会に出した時、木製品を扱っている業者の方から「立派な木を使っていますね。こんなに節の無い一本の木材をよく探してきた」と高く評価していただきました。これからもそういう素材を使ったドアを作り、信頼できる全国各地の業者と共に展開していきたい。
美しい木材で作られた自動ドアが入り口になっているのは素晴らしいと思います。
藤井
老人ホームや養護施設などでは、温もりがある木製のドアが喜ばれるでしょう。そういった所にも設置していけたらいいと思います。
企画が始まった当初は、SDGsやサーキュラーエコノミーといったコンセプトが明確になっていませんでした。それが開発を続けている中で、今世界が抱えている様々な問題への1つのアンサーになるのではないかと期待できる製品が形作られていった。
完成した製品を見て、「カッコイイものができた」と満足しています。山梨県の和菓子屋石坂屋様に設置されたSelvansを見た時、「もし自分が商売をやっていたら是非設置したい」と思いました(笑)。
自分自身、開発を始めたばかりの時期よりSelvansをどんどん好きになっているんです。しかもSelvansは設置後も経年変化が楽しめる。面白い製品を生み出せたと思います。
そして多くの人にSelvansを使ってもらうことが環境保全にも繋がる。まだまだ超えていかなければならないハードルもありますが、使命感を持って乗り越えていきたいと考えています。
◎企業概要
日本自動ドア株式会社
https://www.jad.co.jp/
代表取締役社長 吉原二郎
〒165-0031東京都中野区上鷺宮3-16-5
Tel:03-3970-2511
Fax:03-3970-2525