「課題先進国・日本こそ持続可能な社会構造づくり・企業の飛躍的な生産性向上実現の先駆者となるべき」。スイスに本社を置く、世界最大級のHRソリューションカンパニー・Adecco Groupの日本における事業を統括するAdecco Group Japan代表の川崎健一郎さんは、「世界に先駆け少子超高齢化社会に突入する日本は『人財躍動化』が社会変革の起爆剤になる」と指摘する。
同社は2025年までに30万人の人材(「適財」)の輩出と、30万ポジション(「適所」)を創出し、「適財」と「適所」を「ビジョンレベルでマッチング」する5カ年中期経営計画を策定した。今回は、川崎氏に同社が目指す未来社会の在り方、社会変革の処方箋「ビジョンマッチング」とは何かを伺った。
世界60の国と地域に拠点を持つ世界最大級のHRソリューションカンパニー・Adecco Group
川崎
Adecco Groupは、スイスに本社を置く世界最大級の総合人材サービス会社、HRソリューションカンパニーです。世界60の国と地域でサービスを提供し、売上は約2兆円、スイス証券取引所に上場しています。事業は次の3つの柱があります。
1つめは、ワークフォースソリューション。事務職をはじめとする人材派遣やアウトソーシング(BPO)、トレーニングなどのサービスを「Adecco」ブランドで提供しています。
2つめは、タレントソリューション。より専門性の高いプロフェッショナル人材の人材紹介サービスを「Spring Professional」ブランドで提供しています。また、キャリアトラジション支援、いわゆる再就職支援として新たなキャリアチャレンジを支援するサービスや、組織開発、組織の課題解決にフォーカスしたサービスやトレーニングプログラムを「LHH」ブランドで提供しています。
3つめは、テクノロジーソリューション。DX社会を牽引する幅広い技術領域の技術系人材の紹介・コンサルティング・研修などを「Modis」ブランドで展開しています。
「人財躍動化」を通じて、社会を変える
Adecco Groupは、「Making the future work for everyone.」を世界共通のパーパスとしている。「どう働きたいか。どう生きたいか。その意志を生み出すのが学びだと、Adecco Group は考えます。新しく得た知識やスキルは、カタチにしたい未来を想像以上のものにしていく、原動力となるはずです。」(Adecco Groupホームページより)
御社が大切にしている価値観、社会的存在意義をどのように定義されているかお伺いできますか。
川崎
Adecco Groupは、「Making the future work for everyone.」を世界共通のパーパスとしています。では、世界60カ国、政治・文化・労働環境も異なる中で、日本におけるより良い未来とは何か。その答えとして、私たちは「人財躍動化を通じて、社会を変える。」というビジョンを掲げました。
日本は先進諸国の中でも人口減少社会にいちはやく突入し、少子超高齢化社会とも言われ、高齢化比率も28%を超えています。一方で、労働生産性は、残念ながら先進諸国で最下位です。そこで弊社が2021年から2025年までの5カ年計画を策定する際に、日本社会はどこへ向かうべきなのか、私たちがどのような社会を実現したいのかを考えてみました。
日本は「課題先進国」です。とりわけ日本の人口減少はベンチマークすべき対象国がありません。一方、ドイツ、イタリア、中国もそう遠くない未来、日本と同様の構造になる。いかに持続可能な社会構造をつくるか。そのチャレンジは今後いずれの国でも必須になる。ならば日本がその先駆者となるべく、人口減少を前提とした持続可能な社会をつくればいいのです。
「生きがい」「やりがい」が人材のパフォーマンスを最大化する
なるほど。課題先進国・日本こそが持続可能な社会づくりのグローバルリーダーになりうる存在なのだと。では、世界最大級の総合人材サービス会社Adecco Groupの日本法人の代表である川崎さんから見て、昨今の日本の労働力不足の問題、DX化を含む企業の生産性向上の取り組みをどのように考察されていますか?
川崎
先ほども申し上げましたが、日本は少子高齢化による労働力不足が深刻化する中、ICTの導入やDX推進などによって生産性向上を図る動きが注目されています。確かにテクノロジーの活用は不可欠ですが、労働人口減少に伴う諸問題は、テクノロジーの力だけでは解決しきれないのが実際です。
結局のところ、テクノロジーを使うのは「人」、生み出すのも「人」なのですから。飛躍的な労働生産性向上は、やはり「人」のパフォーマンスを最大化するために、人材のポテンシャルを最大限に発揮できる環境づくりに着目してアプローチする必要があると考えています。
日本の労働生産性の低さは雇用の流動性が一因とも指摘されています。
川崎
欧米諸国と比較して日本の雇用の流動性が低いのは事実です。内部昇進を前提としてきた日本企業の従来の価値観では、上を目指したいなら1つの会社で長く働き続ける必要があり、生産性の高い労働者が、成長企業・産業に移動しにくい構造に陥りがちです。近年の流動性に関する議論は、流動性を高めれば優秀な人が成長企業に移動しやすくなるので、経済全体の生産性向上につながるというロジックが基本です。しかし、単に右から左に人材が移動したところで、労働生産性が飛躍的に向上するかというと疑問が残ります。
では、テクノロジーでも雇用流動性でも本質的な問題解決ができないのであれば、どうすればいいのか。我々は、やはり一人ひとりの人材が持つポテンシャルを最大限に発揮させていくことこそが課題解決につながると考えています。では、どうすれば最大化できるのか。
「あなたは生き生きと働いていますか?」弊社が2020年12月に3,262名の働く人々を対象に行った調査で、この質問に「はい」と答えた人はわずか4割未満。残りの6割以上の皆さんはそうではないという結果でした。
最近では、人は、肉体、精神、社会どの側面をとっても幸福を感じ取れる「ウェルビーイング」な状態であるほど、創造性や生産性が高まっていくという相関関係が実証されるようになりました。個々人の肌感覚としても、生き生きと働くことができている時のほうが、労働生産性が高まることを感じ取れるものだと思います。
我々は生きがい、やりがいを持って生き生きと働くことがパフォーマンスを最大化する鍵であり、そうなれるよう支援することが労働力不足問題の解決につながると考えています。
ライフビジョンを言語化する
「生きがい」や「やりがい」を持って働くことの重要性は想像できます。しかし、誰もがそのような状態を実現できていない現実があります。実際にどうすればそういう状態になれるのでしょうか?
川崎
まずは個々人が自らの「ライフビジョン」を言語化できるほど明確にすることだと考えています。個が生き生きと働き、仕事を通してやりがいを見出せる状態になるには、そもそも自分が何者になりたいか、どう在りたいかを知らなければなりません。
「ライフビジョンを明確化したうえで、どう働くかというキャリアビジョンを練ること」。これは誰しもが生きるうえで至極当たり前だと私個人は思っていたのですが、意外と多くの人がライフビジョンを見出せるほど、自分自身と真剣に向き合っていないという事実に気づいて驚いたことがあります。
弊社が2020年10月に日本全国のビジネスパーソン3,260名を対象に行った調査では、「ライフビジョンを実現する手段としてのキャリアビジョンを明確に持っている」と答えた人は全体の35%に過ぎませんでした。
確かに、どう生きるかという価値基準、物差しがない状態で、生きがいややりがいを持って働くのは難しいですよね。
川崎
たとえば我々は、派遣という就業形態で働いている一人ひとりに「キャリアコーチ」という専属の担当者をつけ、コーチングメソッドを用いて内面にある意志や想いを引き出し、ライフビジョンを明確化するサポートを行っています。
キャリアコーチの質に関しては、自社で設定した社内資格で担保しており、実践に即した教育や研修を積んだキャリアコーチを現在1,300名以上揃えています。
一般的に、派遣社員の方々を担当するのは営業担当者だと思いますが、弊社では営業担当者は企業を担当、キャリアコーチが派遣社員を担当という風に役割分担することで、よりきめ細やかな対応を実現しています。
組織に良いエネルギーを与えられる人材を育成
Adecco Groupに登録する派遣社員の方々は、どう生きるか、なぜ働くかといった視点で仕事を選んでいくということでしょうか。
川崎
その視点を持てるようにサポートしています。数ある人材サービス会社の中でも、弊社ほど徹底して実践している企業は少ないのではないでしょうか。派遣社員の皆さんからは、「ここまで自分を深く掘ってもらったのは初めてです」「視界がクリアになって何をやるべきかわかりました」というお声を多数頂いています。
弊社ではこのキャリアコーチによるライフビジョン・キャリアビジョンの明確化と併せて、「内発的動機をセルフコントロールする能力」、テクノロジーを使いこなすための「デジタルリテラシー」、ロジカルシンキングとデザインシンキングで構築される「課題解決力」という3つのスキルを養う教育プログラムを提供しており、2025年までに30万人に提供していくことを目指しています。
こういったプログラムを受けて実践を積んでいく方は、本当にエネルギー量が変わっていくのがわかります。人にも良いエネルギーを分け与えられるので、周囲にも良い影響をもたらすことができる人材になりますね。
ベンダーではなく、戦略的パートナーへ
給与やスキルセットなどの条件面を重視する一般的な人材派遣・紹介会社とはアプローチが大きく異なりますよね。
川崎
そうですね。一般的なアプローチと異なるのは派遣社員の皆さんへの対応だけではなく、クライアント企業に対しても同じです。一般的には、採用したい人数、必要なスキルセットなどをヒアリングするものですが、弊社の営業担当は、それだけではなく企業理念やビジョン、在りたい姿についても深く掘り下げて伺っていきます。
はじめは私たちの質問に戸惑うクライアント企業も少なくありません。ただ、真意が伝わると、自社の在りたい姿を熱弁してくださるようになります。そうやって語っていただいた企業像が、自社の組織や部署は、今こういったことを目指しているので、こういう人材を求めている、という話になる。
おかげさまで、「こんなことを聞いてくれた会社は御社が初めて」「今後もビジョンを共有していきたい」「御社は単なるベンダーではなく、当社の戦略的パートナーです」という嬉しい言葉を頂くようになりました。
ビジョンドリブンのコミュニケーション、伴走型コンサルティング
雇用する側の企業にもビジョンドリブンのコミュニケーションをとっていくのですね。
川崎
個が素晴らしいライフビジョンを設定して努力しても、それを実践できる場がなければ生き生きと働くことはできません。
日本のプロ野球時代の大谷翔平選手もそうでした。当時は「二刀流?」「無理だよ」と懐疑的な意見もありました。しかし、北海道日本ハムファイターズは、彼の価値観を認め、活躍の場を用意した。そして期待に応える活躍をしたことで、メジャーリーグから数々の破格のオファーがあった。そして、最も二刀流に理解があったエンゼルスを選んだわけです。報酬ではなく、自分の能力を発現・発揮できる場を選んだ。
いくら素晴らしい能力を持つ人材がいても、それを発揮できる適所がないとその人材は能力を最大限に発揮できないのです。
私たちは人材が生き生きと働ける場所を作りたいと考えるクライアント企業には人材が躍動できる組織文化をともに創りましょう、という伴走型のコンサルティングを行っています。「適財」を輩出するだけでなく、「適所」も創出する必要があると考えているからです。
2025年までに30万人の「適財」を輩出、30万ポジションの「適所」を創出
Adecco Groupは、個にはライフ・キャリアビジョンの明確化をサポートし、企業にはビジョンと経済活動の一致を促していらっしゃるということですね。
川崎
はい。そして、人材と企業をお互いのビジョンに基づいて結びつけることを我々は「ビジョンマッチング」と呼んでいます。このビジョンマッチングの結果、個が生き生きと働く状態を「躍動」と定義づけており、「人財躍動化」こそが諸問題を抱える日本に対して我々が発揮できる価値だと考えています。2025年までに、30万人に教育の機会を提供し、30万の新たな適所を創出し、その適財と適所をビジョンのレベルでマッチングしていくことが我々の使命です。
御社の中期経営計画を達成すると、社会にどういったインパクトを与えるとお考えですか?
川崎
6,000万人規模の日本の労働人口において、30万人はわずか0.5%です。わずか30万人では世の中は変わりません。しかし、弊社の人材を通してクライアント企業には何かしらの変化が生まれます。何千人、何万人規模の企業や組織であればわずか数人のケーススタディからのスタートです。
しかし、「なぜこの人はこれだけ生き生きと働けるのだろう」という躍動状態で良いエネルギーを発揮する人材がいれば、その会社の他の社員に何かが波及していくのです。最初の入り口の30万人をユースケースとして、クライアント企業の従業員や、他の企業にも波及させ、最終的には600万人にインパクトを与えようというのが我々のゴールです。
弊社の取り組みはドミノ倒しの最初の1枚になることです。この初動が、日本が持続可能な社会に転換するうえで重要なステップになる、そう信じてビジョンマッチングを進めています。成功すれば先進諸国の中でも少子高齢化が最も早く進む日本が、持続可能な社会構造づくりの先駆者となり、他国がベンチマークする事例にもなりえます。責任重大な役目だと思っていますので、今後もビジョンを大切に一歩一歩、歩んでいきたいと思います。
◎企業概要 Adecco Group Japanhttps://www.adeccogroup.jp/ 代表者:川崎 健一郎 本社所在地:東京都千代田区霞が関3-7-1 霞が関東急ビル 従業員数:41,000名