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新しい資本主義をステークホルダー論から読み解く(前編)資本主義の本質

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気候変動や貧富の格差拡大の深刻化を受け、資本主義は今、大きく修正を迫られている。そこで、資本主義の在り方議論が世界的に活発になってきた。「新しい資本主義」(以降、岸田政権の新しい資本主義は「」で記述)、公益資本主義、ステークホルダー資本主義、SX…といった様々な新概念が、次から次へと湧出している。何がどう違うのか分かりにくいが、これらを一気通貫的に理解できるのが「ステークホルダー論」だ。ステークホルダー論とは、会社は誰のものか、誰のためにあるのか、各ステークホルダーとの間でどのように成果を分配すべきかを問うものだ。ステークホルダーの範囲は、株主だけでなく、顧客、従業員、取引先、地域社会、政府、地球環境、あるいは未来世代といった範囲に及ぶ。ステークホルダー論から、資本主義の過去、現在を紐解きつつ、腑に落ちるように流れを追ってみよう。

(2022年2月15日作成)

1分で読む。資本主義の起動と暴走~東インド会社、ケインズvsフリードマン、金融工学からAI・量子コンピューターまで

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pixabayより

資本主義の振り返り

新しい資本主義の何が新しいのかを理解するためには、まず資本主義の歴史を大ざっぱに振り返る必要がある。いろいろな見方はあるが、資本主義を成立させたのは、私有財産の法制化、市場と金融機能、そして株式会社と株式市場が必要な3点セットと言えるだろう。

まず、私有財産が法的に認められていくのは既成事実的な動きだった。15世紀以前、英国ではコモンズと呼ばれていた利用者たちの共有地を地域の有力者が囲い込み、農民を追放したことで、私有地ができ、やがて私有地が国中に広まっていった(囲い込み運動)。17世紀末には、このような所有形態について、イギリス経験論の父であり法律家のジョン・ロックが、財産権として位置付けた。

市場と金融機能を象徴するものは、イタリア都市国家の商人たちが東方貿易で持ち帰った商品でごったがえす市場と、その傍らにbanco=長机(BANK=銀行の由来)を置き、両替や決済資金を融通したメディチ家など豪商たちだ。

海外貿易の取引規模が桁違いに拡大してくるにつれ、なくてはならない器として考えられたのが会社組織だった。経営資源を調達するのに適したのが会社の仕組みだ。1600年設立のイギリス東インド会社は、一つ一つの事業ごとに資金を募るプロジェクトファイナンスだったが、1602年のオランダ東インド会社の設立により、投資家の有限責任、株式が譲渡できるという、今日の株式会社の原型が作られた。この株式会社が資本を調達する公開市場として、後々、1801年のロンドン証券取引所、1817年のニューヨーク証券取引所が開設された。これにより資本主義はその拡大のプラットフォームを持つに至る。

資本が技術と結合

18世紀中ごろ、資本が科学技術を取り込んだことによって産業革命が起こった。端的には蒸気機関の発明、ガソリン機関の発明が、人モノの移動や、工場の生産性を爆発的に増やす起爆剤となる。これによって、経済活動に関わる企業家は新たな資産家となり、さらに資産を拡大するために企業活動の資本として一部を切り出しては事業利益を蓄積し、さらに資本を増やしていった。

マイヤー・アムシェルを創始者とする、ロスチャイルド家や化学会社由来のJ.P.モルガン、ゴールドマンサックスの創始者マーカス・ゴールドマンは金融を核とする事業グループを形成、多様な資金の提供と、一家で実業を行うことで、巨万の富を築くことができた。また、米国では、石油、鉄道、鉄鋼産業がM&Aを活用し急成長を実現、ジョン・ロックフェラーやアンドリュー・カーネギーなどの企業家が頭角を現す。トマ・ピケティによると、1910年時点で、上位10%の資産家が持つ富が欧米で80%~90%に至っていたという。

資本主義システムの機能不全と修正~フリードマンの躍動

ミルトン・フリードマン(米国の経済学者。マネタリズム・市場原理主義・金融資本主義を主張)(画像:wikipediaより)

ところが資本家の富の拡大と、余剰な生産能力はやがて息詰まる。1929年、米国発の世界大恐慌だ。ここで、一転、国家の介入がはじまり、公共事業で国が事業を起こして、市場の失敗ギャップを埋めるというケインズ主義が台頭した。いわゆる福祉国家論、大きな政府である。市場は失敗するものであるから、その失敗を国がカバーしなければならない。しかし、政府がいったん何かに関わると、その活動は継続していき、また新たな課題を創り出しては、政府事業を拡大していった。

これによって、政府支出は膨らみ、増税が起こり、国民の不満は増大した。そこで現れたのが、自由主義の旗手、ミルトン・フリードマンである。フリードマンは政府が介入すると、ことごとく自由な競争環境に余計な歪をもたらし、取り返しのつかない大惨事に導くのだという。フリードマンは『資本主義と自由』(1962年)で、何でも市場にまかせる小さな政府こそが、国や経済にとって必要なのだと説いた。

資本×IT×金融工学、さらに…×AI×量子コンピューター

フリードマンに感化されたのが、小さな政府を志向する、サッチャーやレーガン、そして、日本では小泉政権のブレーンたちだ。そこから何でも自由化、民営化の動きが起こり、民間企業は事業の拡大を謳歌する。自由を得た資本主義は、触覚に触れるものは何でも呑み込む巨大ナマズのように、IT技術や金融工学を取り込んでは吸収していった。そして、実体経済とは、はるかにかけ離れた次元で、際限のない膨張へと蠢きだした。フリードマンの意に反して、かえって歪が蓄積し、爆発したのが2008年のリーマンショックだった。

一方で、アルゴリズム取引によって、資本主義はさらに異次元に向かって膨らんでいく。HFTでは1秒間に数千回以上の金融商品の高速取引が実現でき、AIエージェントの機能強化も進んでいる。もはや完全にマネーゲームなのだが、これが人間の感覚では認識不能なレベルに至った。さらに、量子コンピューター(IBMのNISQマシンなどを活用)で資産ポートフォリオを一瞬にして最適化する研究が今進んでいる。

貧富の格差拡大、富の集中が進む

NGOオックスファム・インターナショナルによると、2020年時点で10億ドル以上の資産を持つ人の数が過去10年間で倍増し、世界の最富裕層2,153人は最貧困層46億人よりも多くの財産を保有しているという。さらに、2022年1月のレポートでは、世界人口の多くがコロナ禍で減収となり、1億6,000万人以上が新たに貧困状態となる一方、上位10人の資産は、株高により、世界の貧困層31億人の資産合計の6倍以上となったと指摘している。
Inequality Kills: The unparalleled action needed to combat unprecedented inequality in the wake of COVID-19 (openrepository.com) p10)

古い資本主義と新しい資本主義、「新しい」の意味は?

このような流れから、古い資本主義の問題と新しい資本主義とは何かが見えてくる。自由な財産の獲得活動を是とする古い資本主義は、レッセ・フェール(自由放任)を理想とする。イギリス産業革命と軌を一にする18世紀中ごろ、アダム・スミスらは、神の見えざる手を頼んで、政府はできるだけ、介入するなというスタンスの古典派自由主義経済学を展開した。

アダムスミスの肖像
アダム・スミス(イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者。重商主義を批判し、自由放任の思想を展開。『国富論』の著者)(画像:wikipediaより)

しかしながら、実のところ市場は変動を繰り返し、銀行取付など騒ぎを繰り返し起こしては経済を混乱させた。そこで、困ったときの政府の介入が必要となってくる。ケインズの資本主義は、修正資本主義とも言われ、彼らはニューリベラル(new liberals)と呼ばれていた。ところが、国家の関与が強くなり市場の発展を阻害する。そこで出てきたのがケインズらに対する、フリードマンの新自由主義(ネオリベラリズム:neoliberalism)なのだ。

ところが、この新自由主義が資本主義の膨張を招き、今の資本主義の問題を招いているという主張、この新自由主義の修正、ポスト新自由主義が新しい資本主義なのである。一言で言うと、古い資本主義と、新しい資本主義の差は、株主至上型の資本主義から、マルチステークホルダーとのエンゲージメントを意識した資本主義への修正ということになるだろう。

株主至上型の資本主義とは、フリードマンの主張に端的に表れている。「市場経済において企業が負うべき社会的な責任は、公正かつオープンな競争を行うというルールを守り、資源を有効活用して利潤追求のための事業活動に専念することだ。これが企業に課されたただ一つの社会的責任である。」「企業経営者の使命は株主利益の最大化であり、それ以外の社会的責任を引き受ける傾向が強まることほど、自由社会にとって危険なことはない。」(『資本主義と自由』)

しかしながら、今ではフリードマンが夢にも見なかった水準で資本主義の暴発が起こっている。結果的に制御できなくなった資本主義が、地球規模での問題を生み出し、資本主義の再構築、つまり、新しい資本主義が必要だという流れになっている。

新しい資本主義の潮流

それでは、次に新しいタイプの資本主義とはどのようなものがあるのかを概観する。

「新しい資本主義」~雇用者への分配を主軸に

「新しい資本主義」とは、言うまでもなく、岸田政権の看板政策である。岸田文雄氏は2021年6月に自民党内に「新たな資本主義を創る議員連盟」を発足させた。これは総裁選を目指す岸田氏の地盤固めでもあった。ここでいう「新しい」とは、小泉、安倍、菅と続いてきた自民党政権が、新自由主義の流れを汲むのに対して、ステークホルダーへの分配を強調していることである。

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富の再分配の最適化を目指す新しい資本主義(画像:photoACより)

議員連盟設立にいたる問題認識は次のようなものだった。

-成長の鈍化、格差拡大、国家独占経済の隆盛など、「資本主義」が揺らいでいるが、その要因の一つが「株主」資本最優先にある。

本来「資本」は、本来、「固定」資本、「事業」資本、「人的」資本など、多様なのだが、利益第一主義の下で、「金融」資本とりわけ「株主」資本に焦点があたっている。その結果、適切な「分配」政策の欠如が起こっている。

従業員、顧客、取引先、地域社会といった多様な主体へ適切な分配がなされていない。供給サイドにおけるイノベーションは重要であるが、その利益が適切に分配され、消費力・購買力という需要サイドの強化が実現しなければ、持続的な経済成長は実現できない。-

2021年12月の岸田首相の所信表明演説では、新しい資本主義が次のように扱われている。

・未来社会を切り拓く「新しい資本主義」
・新しい資本主義の下での成長(イノベーション・デジタル田園都市国家構想・気候変動問題・経済安全保障)
・新しい資本主義の下での分配

実に、全9,004字中3,730文字が新しい資本主義の説明に充てられている。

こうして「新しい資本主義」は政策のメインストリームになり、「新しい資本主義実現会議」が設置され、議論が進んでいるところである。今後、大企業の雇用者賃上げ、そして大企業の取引先の中小企業の価格転嫁=付加価値向上によって中小企業の賃上げを可能とするといった、ステークホルダーに対しての具体的な分配策が実行されていくだろう。

公益資本主義~日本発の新しい資本主義の提言

原丈人氏は2003年から欧米型の株主資本主義でもない、中国型の国家資本主義でもない、日本型の新しい資本主義の必要性を提言している

これに先だって、近年の資本主義の異常性に気づき、2003年から問題提起しているのが原丈人氏だ。一般財団法人アライアンス・フォーラム財団での活動に加え、2014年には一般社団法人公益資本主義推進協議会(PICC)の最高顧問、2019年には一般社団法人公益資本主義実践協会の会長となり、新しい資本主義への提言を行っている。

原氏がよく引き合いに出すのは、2008年のリーマンショック時、アメリカン航空がとった企業行動だ。「リーマンショックで、航空機業界が不況となり、経営陣が従業員に対して、340億円分の給与の削減を要求する事態となった。経営サイドからすれば、会社が潰れてしまうので協力してくれと。やむなく従業員はその要求を認めた。ところが、大幅に経費を削減できた経営陣は、成功報酬として200億円の成功報酬を要求した。このとき社外取締役が、それにお墨付きを与えて、コーポレートガバナンス上何も問題無いとした。会社は株主のものであり、企業の価値を上げることに貢献した経営陣にボーナスを渡すのはあたりまえだ、というロジックだ」。

原氏は、これを狂っていると認識した。氏によると、80年代以降、ファイナンスという学問は、本来計量できないモチベーションや幸福度など個人の感情に属する定性的な領域まで、何もかもを定量的な数字で分析しようとする。この数字による評価方法を重視する風潮は、今のアメリカではすでに限度を超えたところまで来ていると。

原丈人氏「公益資本主義」を語る~新しい資本主義が日本再生の鍵を握る – coki

そこで、原氏は、公益資本主義の基本原則を定め、中長期視点に立ったバランスのよい経営資源の投資を行い、イノベーションを起こし、持続的な成長を現実のものにすることや、 会社が事業を通じて生み出した「公益」を株主だけでなく、会社を支える「社中」(会社、社員、顧客、仕入先、地域社会、地球)各位に公正に分配することを提唱している。

ステークホルダー資本主義~ビジネス・ラウンドテーブルとダボス会議が世界の議論を先導

近年の世界的なステークホルダー論の盛り上がりは、2019年8月に公表した米国の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブル(以下BRT)の「Statement on the Purpose of a Corporation(企業の目的に関する声明)」が引き金となった。新しいコーポレートガバナンス宣言には、181名のCEOが賛同を表明した。

JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO兼BTR会長は、米経済界は株主だけでなく従業員や地域社会などすべての利害関係者に経済的利益をもたらす責任があるとし、コーポレートガバナンス原則の改訂について次のようなコメントを発表した。

「ステークホルダーは、それぞれ不可欠だ。私たちは、企業、地域社会、そして我が国の将来の成功のために、それらすべてに価値を提供することを約束する。」

1997年以降に発行されたこれまでの文書の各バージョンでは、企業は主に株主にサービスを提供するために存在するといった原則を踏襲していたが、これを抜本的に書き変えたものだという。

一橋大学教授の田村俊夫氏は、この宣言の背景として「2019 年夏の時点で、米国では大手企業に対する批判が高揚していた。特に、労働者の数百倍にも達する高額のCEO報酬や、高額所得者の税負担の低さ、企業が様々な税制措置に乗じて税金をあまり払っていないことなど、格差に関する不満は非常に強かった。」と指摘している。

2020年に、新しい資本主義について、ステークホルダー資本主義(stakeholder capitalism)を明確に使用したのはダボス会議の創設者クラウス・シュワブだ。

そもそもダボス会議を主催する世界経済フォーラムは、1971年に設立した当時から、「企業は顧客、従業員、地域社会そして株主などあらゆる利害関係者の役に立つ存在であるべきだ」とする、シュワブが提唱した理念を展開する目的で設置されている。

2020年1月、50回目のダボス会議では、テーマを「ステークホルダー資本主義がつくる持続可能で結束した世界」と設定。「差し迫った気候変動や政治や社会の分断から危機に至る資本主義に対し、世界が直面する最大の課題に対峙する」ため、ステークホルダー資本主義として、世界経済フォーラムの旗印を明確化するものだった。

その他、ステークホルダー資本主義、新しい資本主義についての言及

ステークホルダー資本主義が注目される中、他にも様々な提案や議論がなされている。かなり網羅的なので、興味のある個所だけを参照いただきたい。

①ステークホルダー資本主義に向けた、グローバル企業をリードするマッキンゼーの提案

ダボス会議の影響は、経営における、より実践的な方法の議論に広がっていく。マッキンゼーは、2020年11月にステークホルダー資本主義を実践する企業の事例と、5原則を提示した。その中で、ステークホルダー資本主義に相当する長期指標で見ると、「2001年から2015年にかけて米国上場企業615社のうち、短期志向の企業より長期志向の企業のほうが、投資、成長、収益の質、収益管理においてより高いパフォーマンスを上げている」ことに言及している。

https://www.mckinsey.com/business-functions/strategy-and-corporate-finance/our-insights/the-case-for-stakeholder-capitalism

②経済産業省と日本経団連はサステナブルな経営、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を掲げる

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photoACより

長期的視点の持続的な経営は、サステナビリティ経営、あるいはサステナブル経営、ステークホルダー経営とも呼ばれている。企業を主体者とすると、ステークホルダー論は、サステナブルな価値創造をどう行うのかという観点になる。そのためにステークホルダーとの関係を変革していくことがSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)なのである。サステナブルな経営のためには、まずステークホルダーとの対話が必須となる。

そこで、経済産業省では2021年5月、「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会:SX=サステナビリティ・トランスフォーメーション)座長:伊藤 邦雄 一橋大学 CFO 教育研究センター長」を設置し、議論を進めている。

研究会では、例えば、次のような論点で議論している。「ステークホルダー資本主義が提唱されている中で、企業が創造すべき価値を、ステークホルダーそれぞれへの独立した価値と捉えるべきか、ステークホルダーに対する価値をバリューチェーンの中で還元した後に、最終的には株主に対しての還元的な価値と捉えるべきかについても、企業と投資家との間でのギャップが存在している。」このギャップをどう埋めるのか。

また、「企業のサステナビリティに関して、社会環境等の外部性の企業への影響という企業の財務インパクトを重視するのか、企業による社会への影響という社会的なインパクトを重視するのか」等。

それに先立って、経済活動の主体者として日本の企業を代表する主要団体の一つ、日本経団連では2020年11月「。新成長戦略」を発表した。

「資本主義社会の主要なプレイヤーとして、事業活動を通じて、多様な主体との関わり合いの中から『価値』を協創・提供し、環境問題や経済的格差等の社会課題の解決に、これまで以上に積極的に取り組む責務がある。そこで、新しい資本主義の形として、サステイナブルな資本主義を基本理念に掲げ、・・・推進すべき成長戦略を提言することとした。」

(日本経団連:新成長戦略 (2020-11-17) (keidanren.or.jp)

こういった動きを踏まえ、民間ベースでもより具体的な実践方法が提案されるようになってきた。

2021年4月、PwC Japanグループの板野俊哉、磯貝友希両氏は『SXの時代』を著わした。

企業のSXへの対応を、①インシデント型(リスク回避)②外部要請型(機会を利用)③未来志向型(脅威を機会に変える)④ミッションドリブン型(経営の目的化する)に分け、①②は外発要因による短期志向であり、③④が、内発的要因であるから長期志向で本来的な取り組みになることを指摘している。

③ステークホルダーとしての人を重視する動き 「人的資本経営」

経済産業省は、2021年3月産業人材政策室を、産業人材課に格上げした。2021年7月には、「人的資本経営の実現に向けた検討会 座長:伊藤 邦雄 一橋大学 CFO 教育研究センター長」を開始。

企業が持続的な企業価値を高めていくためには、ステークホルダーとしての人材の在り方がますます重要となる。特に、2021年6月の日本のコーポレートガバナンス・コード改訂を踏まえた具体的なアクションが求められている。新コーポレートガバナンス・コードでは上場会社は、「中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要 性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである。」といった踏み込んだ情報開示に対応しなければならない。

④地球環境と未来世代というステークホルダー

『ステークホルダー資本主義』の著者、安達栄一郎氏は、ESGアナリストであり、株式会社日本総研の常務理事も務める。安達氏は、BTRやダボスマニュフェストのステークホルダーへの言及が、地球環境に対して十分になされておらず、加えて未来世代もその中に入れるべきだと主張する。また、そもそも地球環境を利用するための経営資源として捉えるという発想自体がおかしいのではないかと指摘している。

➄ステークホルダー論の起源は古い~アカデミアのオーソドックスなステークホルダー論

名古屋学院大学教授の中村義寿氏は、ステークホルダー論の源流は20世紀中ごろにはすでに兆しがあったと指摘する。F. W.アブラムスは「経営者が種々の利害関係集団、すなわち株主、従業員、顧客そして社会全般の諸要求間の調和的均衡を見出すのに成功したとき、その最大の社会的効用は達成される。」(Management’s Responsibilities in a Complex World 1951年)とした。

また、R.E.フリーマンは、経営戦略としてのステークホルダー論を提唱。「戦略的決定にステークホルダー集団を巻き込む」こと、あるいは「ステークホルダーにガバナンス決定への参加を促すこと」つまり、経営の成果を上げるためにはステークホルダーとの協創関係を築くことが重要だと説いた。(strategic management: a stakeholder approach 1984年)

ステークホルダー理論の源流 80045905.pdf (core.ac.uk)

日本のステークホルダー論は、コーポレートガバナンスの観点から研究が進んできた。広田真一、一橋大学教授の『株主主権を超えて』(2012年)においては、ステークホルダーを重視する企業の経営における効果の分析を試みている。その後、広田氏は現代の先進国の企業のファイナンスとガバナンスを、経済学の標準的なパラダイム(株主主権モデル)ではなく、新たなパラダイム(ステークホルダー型モデル)の見地から、理論的・実証的に考察した。その結論として、株主利益最大化を目標とする標準的な株式会社が、ステークホルダーに対して十分な社会的価値を創造できなくなる可能性が示された。

専修大学教授の青木高夫氏は、『株主指向か公益志向か』(2019年11月)の中で、ステークホルダー論を、石田梅岩や渋沢栄一等も含めて考察するとともに、公益志向の取締役会の在り方を提案している。

⑥日本のステークホルダー論の源流~三方よしと、合本主義

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日本のステークホルダー論は、近江商人の精神「自利利他公私一如」に源流を見ることができる(画像:photoACより)

海外よりもさらに古いのが日本のステークホルダーを重視する価値観だ。日本のステークホルダー論は、近江商人の精神を現す「自利利他公私一如」が始まりと言える。実は、近江地域は、15世紀中ごろ、浄土真宗中興の祖と言われる蓮如が熱心に布教したエリアでもあった。したがって、それに感化された商人たちが行商先においても、利他の徳目を実践するという態度が生れたのだ。

ステークホルダーを大切にする経営「三方よし」精神の源流を探る – coki

江戸時代になって、自利=売り手よし、利他=買い手よし、公私一如=世間よし、これを「三方よし」として広めたのが、伊藤忠商事の創始者伊藤忠兵衛だ。「商業は生産せる物品を需要者に供給するによる。他を利するのは心行のみ。他を利するの心行に依て自ら利するの功徳を受く。是を自利利他円満の功徳と云う。利他心は即ち菩提心より。菩提心を発して一切衆生を済度する。是を菩薩行と云う。故に菩薩行は即ち商業なり。凡そその秘訣は菩薩行に依て信用を得るに在り。」(伊藤忠兵衛翁回想録) つまり、行商は他を利するという修行であり、それを実践することがひいては徳となって自分に返ってくるという考えだった。

「論語と算盤」の渋沢栄一も、論語のフレームを活用し、道徳経済合一説を説いたことはすでによく知られている。ただ、文京学院大学教授の島田昌和氏によると、「論語と算盤」の論法は栄一が60歳以降、教壇に立つ機会が増えてから作られたものだという。渋沢のステークホルダー論の特長は、むしろ合本主義にある。2011年から、シュンペーターを嚆矢とする、ハーバード大学の経営者史家たちとともに「GAPPON Capitalism」として渋沢研究が進んでいる。島田氏によると、合本の中には、資本だけでなく人も含まれているという。これが、P.F.ドラッカーをして、「渋沢は人をつくった」と言わしめた背景だ。

島田昌和先生に聞く~日本資本主義の父、渋沢栄一の実像とは? – coki

⑦地球の危機に際して、資本主義自体のリセットの提案等~よりラジカル(本質的)なアプローチ

カール・マルクス(プロイセン王国出身の哲学者、経済学者、革命家。イギリスを起点に活動し社会主義および労働運動に強い影響を与えた)(画像:wikipediaより)

2021年の新書大賞を受賞した『人新生の資本論』の斎藤幸平氏(大阪市立大学准教授)は、そもそも資本主義は本質的な問題をはらんでおり、新しい経済社会システムに置き換えるべきと提案する。斎藤氏は、マルクスの再解釈を手掛かりにポスト資本主義を構想する。

現在、世界のマルクス研究者100人による「マルクス・エンゲルス全集」の刊行が準備されている。この中に、一次資料としてのマルクスの「研究ノート」がある。それによると、本来マルクスが実現したかった共産主義=コミュニズムは、囲い込み運動によって喪失したコモンズの再生であり、実行組織としてのアソシエーションが必要だったという指摘だ。同書では、資本主義体制を変えるというラジカルな内容になっている。

実は、アソシエーションの社会実験はすでに2000年に柄谷行人氏が、インターネットと仮想通貨を基盤として、経済システムを置き換えるというチャレンジ(NAM)を行っていた。これは、斎藤氏の提案にも連なる、DAO(Decentralized Autonomous Organization:自律分散型組織)の先駆的な取り組みだったと言える。ブロックチェーンなどの基盤技術環境はすでに整っており、同様のプロジェクトは今後表出してくるだろう。

パーパスの設定などを考えている企業にとっては、ステークホルダー論と資本主義の関係をもっと深く考察する必要もあるだろう。思想界やアカデミアを含めると、スラヴォイ・ジジェク、トマ・ピケティ、ロバート・ライシュ、ジョン・ロールズ、ロバート・ノージック、アントニオ・ネグリ、エマニュエル・トッド、ジャック・アタリ…といった識者たちがより本質的な研究や、提案を行っている。日本においては、宇沢弘文の「社会共通資本」という考えも重要だ。資本主義自体をより掘り下げたところから、より賢明な解が生み出される可能性がある。

さらに、2010年以降、哲学においてもカンタン・メイヤスーや、マルクス・ガブリエルといった新しい実在論の動きがみられる。「我思う故に、我あり」の、「我」ありきが前提となっている実在論ではなく、その「我」を相対化したときに、「我」がなくとも存在する世界を問い始めた。これによって、「我」と「我」の集まりである「我々」がなくとも、過去もあり続け、未来もあり続ける世界=究極のステークホルダーとの向き合い方がどうあるべきかについての視野が拓けたと言える。

増山弘之

以下の後編に続く

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ライター:

株式会社Sacco 執行役員。ベンチャー企業での役員としての上場経験(JASDAQ、一部)中小企業経営者10万会員組織の運営、また中小企業と大企業間のオープンイノベーションを取り持つ。財団法人立ち上げ、NPO立ち上げ支援等を通じ、理事長を兼務。学識者、中央省庁の連携事業を多数行っている。これら経験を踏まえ、ステークホルダーを意識した、サステナブルで一貫性のある経営デザインを提唱している。

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