
農業の現場で「価値がない」と切り捨てられてきた端材を、消費者の「体験」へと鮮やかに転換する。千葉県香取市の石田農園が、蜜芋の切れ端を無償提供する新プロジェクトで、食の循環に一石を投じている。
「1年待ち」の蜜芋をタダで配る理由
「これ、本当にタダでいいんですか?」
そんな驚きの声が、千葉県香取市の静かな町並みに響く日も近い。自社ブランド「金蜜芋」を育てる石田農園が、直営店「金蜜堂」の2周年を機に、驚くべき施策を打ち出した。2026年3月1日から始まる『Piece of Imo』だ。
内容は、焼き芋を作る際に出る「切れ端」や「焦げ」を、来店客に1人あたり約200gも無償で配るというもの。冷凍状態で渡されるその「欠片」は、味こそ正規品と遜色ないが、形ゆえに商品化を阻まれてきた、いわば“悲運の芋”たちである。
「ロス」を隠さない。むしろ「主役」に据える大胆な一手
普通、メーカーにとって製造工程でのミスや端材は、隠したい「負の遺産」だ。歩留まりが悪いと言われれば、経営の効率を疑われるからだ。だが、石田農園の考え方は、その斜め上を行く。
年間100トンもの焼き芋を焼き上げる新拠点「Kinmitsuimo Factory」を始動させれば、必然的に5%前後の端材が生まれる。彼らはその5トンもの“ロス”を、単なるゴミとして処理するのではなく、消費者に「農業のリアル」を突きつける最強の武器へと変えた。
「農業の現場では、味は良いのに商品としては出しづらい芋が必ず発生します。それを“隠す”のではなく、“体験として届ける”」
ブランドマネージャーの石田湧大氏は、そう言い切る。可愛らしい袋に詰められたその端材は、家庭でスープやサラダ、はたまた愛犬のおやつへと姿を変える。消費者は、無料でもらった喜びとともに、「食の裏側」にある現実の目撃者となるのだ。
「売れない=価値なし」の常識を疑え
このプロジェクトの根底にあるのは、現代の流通システムへの静かなる反旗だ。見た目が整ったものだけが「商品」として棚に並び、少しでも形が崩れれば「価値なし」とされる。その残酷な選別が、いかに農業を疲弊させてきたか。
石田農園が2025年に「優良ふるさと食品中央コンクール」で受賞した際、高く評価されたのはその甘さだけではない。端材までをも「価値」に変えようとする、執念とも言える一貫した姿勢だった。
彼らにとって、端材を配ることは単なる施しではない。消費者の舌を肥えさせ、ブランドの哲学を浸透させ、結果として「正規品」への信頼をより強固なものにする。まさに、損して得を取る、計算し尽くされた戦略なのだ。
「1年待ち」のブランドが描く、サステナブルな未来
お取り寄せは年に一度だけ。「1年待ってでも食べたい」と言わせるブランド力を持ちながら、一方で端材を気前よく配る。この絶妙なバランス感覚こそが、石田農園の真骨頂と言える。
『Piece of Imo』という小さな欠片が、消費者の手から手へと渡っていく。それは、形ばかりを追い求めてきた私たちの食生活に、一石を投じる「甘いメッセージ」かもしれない。
地方の農園が仕掛けるこの実験的な取り組みが、日本の農業をどう変えていくのか。その「答え」は、香取の店頭で手渡される一袋の端材の中に隠されている。



