1月24日の晩、東京・豊島区のとしま産業振興プラザ(IKE・Biz)において、区内のCSR企業の担当者が、地域活動団体との連携やそれら支援について語るセミナーが開催された。
題して「区民活動支援講座 CSR企業が語る!地域活動とのつながり方セミナー」。
主催したのはNPO法人としまNPO推進協議会(以下、とN協)。
豊島区で創業し100年近い、窓の総合商社、マテックス株式会社の松本浩志社長もパネラーとして登壇し、参加者とこれからのCSR(企業の社会的責任)について活発な意見を交わした。
定員の30名を超えた段階で募集が打ち切られたが、セミナーの参加者は40名ほど。当然ながらメンバーのほとんどが実際に地域のNPO法人等で活動している。ただ、案内の開催趣旨にもあるように、これまでは「民間CSR企業と社会貢献団体やNPO法人等との出会いの場やチャンス」がなく、コラボの機会もあまりなかった。そんな“機会損失”を憂う、とN協の代表理事・柳田好史氏らの呼びかけでセミナーは開かれた。地元企業を3社も集めるのは初めての試みという。
2時間の予定のセミナーは3部構成。第1部では参加企業3社が20分ほどの持ち時間で、それぞれのCSRの取り組みについて具体的に語った。そして、2部ではこの3名が参加者の質疑に応じ、3部は参加者全員での名刺交換会となった。今回の参加企業はマテックス株式会社、養老乃瀧株式会社、株式会社サンシャインシティの3社で、いずれも豊島区に本社を置いている。
ガラス商社に居酒屋チェーン、デベロッパーと三者三様の顔ぶれ。そこに筆者も興味を惹かれた。どちらかといえば地域密着のサンシャインシティなら、CSR活動もある程度想像がつくが、養老乃瀧の日ごろの営業はあまりCSRと結びつかない気がする。
そんな懸念を察してか、登壇のトップバッターは養老乃瀧で特命チームのリーダーを務める籾谷佳生氏だった。籾谷氏も場の空気を和ませようと、当夜はとても冷え込んでいたのもあり、「熱燗でキュッと一杯やりたいですね」と開口一番。会場は笑いに包まれる。
しかし、居酒屋業界に明るい知人のコンサルタントによれば、養老乃瀧は古くから、つまりCSRなどという言葉がなかった頃にすでに同様の活動に熱心だったという。特に勤労学生の支援には熱心で、池袋の養老乃瀧ビル内の本社フロアには、チェーン展開しだした当時、従業員だった定時制高校の生徒たちと創業者(現社長の祖父)が共に写った集合写真が飾られている。1976年に始まった、この「学生社員制度」には授業料支払いのための社内貸付も含まれ、卒業後も働き続けるかは学生の判断に委ねるという。
もっとも籾谷氏によれば、06年にそれまでの品川から「本社を池袋に移し、CSRに本格的に取り組むようになった」という。同夜の籾谷氏の話の内容は大きく2つに分かれていた。一つはマテックス松本社長が運営委員会委員長を務める「としま情熱基金」に関して。もう一つは日本酒メーカーへの貢献についてだ。基金は9年前に発足し、養老乃瀧に事務局を置いている。
としま情熱基金は養老乃瀧の矢満田敏之社長の発案で、区や区民にとってプラスとなる「すてきな提案」をした、上位3団体が活動資金(最優秀賞20万円、優秀賞10万円、審査員奨励賞は上限5万円)を受け取るというコンセプト。今年は2月17日に提案会を行うという。そこで籾谷氏は松本社長に目配せしつつ、「献金を絶賛募集中です。でも、してくださるなら、高額でなく少額を長く献金して欲しい」と語るのだった。
ちなみに養老乃瀧系列の店で提供される、名物のビールのウイスキー割「バクハイ」1杯につき10円が基金にプールされる仕組みだという。となると、筆者も相当額の献金をすでにしていることになる。
一方の日本酒メーカーへの貢献だが、ただでさえ出荷量が低迷する中、コロナで取引が激減し、7000Lを廃棄処分にした酒蔵もあるとか。そこで「養老乃瀧で日本酒を楽しむ会」を月1回開催し、各社と交流を持っているという。しかも、半分以上は同社と取引のない企業で、業界誌で参加者を募集するそうだ。
さらにはYouTubeで「日本酒チャンネル」も21年6月からスタート。蔵訪問の疑似体験ができると好評で、昨年11月までで19回を数える。撮影・編集・出演すべて籾谷氏が一人でこなすというから驚きだ。
実際に日本酒は振舞われないが、そんな酒談義で場は温まり、次に登壇したのがサンシャインシティ常務でまちづくり推進部長を兼務する川上裕信氏。14年に発足した豊島区池袋駅周辺地域再生委員会のメンバーだが、22年度からとしま情熱基金の委員も務める。
1978年のサンシャイン60誕生とともに同社が開業し、昨年で45周年目を迎えた。しかし、オイルショックの影響で、建設費当は初予定より大幅に膨れ上がり、同社の経営は決して順風満帆とは言えなかった。「30年は苦しんだ」と川上氏。
「それ以降、ようやくゆとりもでき、2020年にまちづくり推進部を発足し、新たな経営計画も立てました」
企業がCSRに取り組むにも、本業が安定せねばならない。川上氏は同社サイトの「サステナビリティ」のページ中のコンテンツを逐次解説。「学び・環境・安心安全・創造・まち(多様性)」をコンセプトとして挙げた。特に環境の「サンゴプロジェクト」について力説し、「豊島区長からも賛同を得た」と述べた。
同社のサンシャイン水族館では06年4月に日本で初めてサンゴ礁の浅瀬部分を丸ごと再現した「サンシャイン サンゴ礁」水槽をオープン。11年8月のリニューアル後は、多種多様な生物が暮らす海のオアシスが見られる「サンゴ礁の海」と、沖縄県恩納村から貸与された貴重なサンゴを育てる水槽「サンゴ礁の再生~恩納村の海から~」の2つの水槽で、環境の保護・再生について、一人でも多くの観客に考えてもらうきっかけ作りに励む。
水槽で育ったサンゴはやがて株分けをし、恩納村の海に還る。移植後は定期的なメンテナンスを行うとともに、サンゴの成長の観察、データ収集を行っている。また、14年からは新たに「サンゴ礁再生プロジェクト」を開始。恩納村の海で有性生殖(雌雄が持つ配偶子=卵子と精子=が接合し、DNAの交換を行うことで両親と異なる遺伝子を持つ子孫が生まれる仕組み)によるサンゴ育成を行っている。
このプロジェクトにより、東京副都心を代表する高層ビルとその麓の街が、沖縄の青い海と珊瑚礁とつながっている。そう思うと、西武池袋線沿線で育ち、今も住む筆者も単純に嬉しくなる。
さて、第1部のトリを飾るのは松本社長だ。他の2社と比べると、文字中心のシンプルなパワーポイントの資料が用意され、よりビジネスでのプレゼンのように、松本社長はテーマを絞って語る。まず掲げられるのはマテックスが近年掲げるモットー、「共創志向型経営」だ。
「共創」とは04年、米ミシガン大学ビジネススクール教授のC.K.プラハラードとベンカト・ラマスワミが、共著『The Future of Competition: Co-Creating Unique Value With Customers(邦訳:価値共創の未来へ-顧客と企業のCo-Creation)』で提起した概念とされる。「企業が様々なステークホルダーと協働して共に新たな価値を創造する」という意味の、「Co-Creation」の日本語訳だ。
何をするにも目的、英語でいう“Purpose(パーパス)”が重要だ。このパーパスは昨今のビジネスシーンでは、企業の社会的な存在価値・意義を意味する言葉としても使われている。松本社長もパーパスの重要性を説き、次に「CSR+パーパス」と書かれたフリップを映し出す。つまり、目的なきCSRは持続しない、というわけだ。そして、社長はパーパス経営の可能性について論じた。
企業が社会志向型となれば人が集まり、顧客から選ばれ、新たなマーケットを生みやすくなる。また、そこで得られる共創パートナーとの連携が次に生まれるニーズを掬(ルビ・すく)い上げ、恒久的な持続性を持つ企業になれる。市民「一人ひとりの原動力」になってこそ、これからの企業は生き残れる。
「言うは易し、行うは難し」だが、マテックスはすでにその実践に入っている。それが後述するサードプレイス、「HIRAKU」なのだが、その前に共創で生まれる市場領域がどんなものか、松本社長は説明する。引用されるのは作家の山口周氏の著書『ビジネスの未来』からの図だ。それは従来のビジネス価値曲線と今後のそれとの間(ルビ・あわい)にある。問題解決の難易度は高いが、そのぶん市場の大きさも広がる。
「成長を実感できる環境に身を置き、パーパスを自分ごと化できれば、誰もが共創の原動力になれる」と、松本社長はCSR自体がビジネスを発展させる未来を明晰に訴える。そこまでは具体例を出さず、ロジックでまず聴衆を納得させるのだ。
そして、この「Coki」でも過去に何度かお伝えしているSDL(SOCIAL DESIGN LIBRARY)、「HIRAKU」について、松本社長は語り出した。「HIRAKU」は22年4月にまず「02」が、そして、23年6月に「01」がオープンしている。SDLとは学びのサードプレイスをコンセプトにした、小さいながらも充実した施設で、地域の人々の交流の場になっている。「02」はまた、ロンドンブーツ1号2号の田村淳が校長を務める「田村淳の大人の小学校」のメインフィールドでもある。「01」では例えば、「高齢者のための誰でも食堂」や「いい会社になる研究室」としても利用されている。
「高齢者のための誰でも食堂」は近隣のお弁当屋さんと協働で、孤独に陥りやすいシニアに交流の機会を与え、心身の健康増進を促し、また世代を超えたつながりを自覚してもらうための営みで、豊島区から補助金も交付される。地元の飲食店の協力で、毎回季節に合った手作りメニューが振る舞われ、参加者にはリピーターも多い。こうして「HIRAKU」は地域の老若男女が思い思いのパーパスを持って集う場になっている。
そして、松本社長はマテックスのオリジナルだという「”依”食住」のマッピング図をスクリーンに投射。家と職場の間にサードプレイスという”依りどころ”があるように、様々な場面で人々が依拠とする場は必要だ。これは居場所ならぬ“依場所”の有り様を示した図である。
さらには最後、松本社長は経済産業省近畿経済局が挙げる、『地域の核となる企業の3つの特徴』を「非常に励みになる」と示し、その項目を読み上げた。特に2項目めは力を込めて読んでいた。その文言とはこうだ。
「経営の目的を、企業が関わるすべての人の幸福と捉え、成長の果実をしっかりと還元していること」
この言葉に松本社長並びにマテックスの考えるCSRが如実に表されている。マテックスはガラス窓を通じて住まいに関わり続けてきたが、養老乃瀧の居酒屋、サンシャインシティのビル街といった具体的な場の提供はこれまでせずにいた。しかし、「HIRAKU」が大きなシフトチェンジャーになっている。
次いでセミナーは質疑応答に入るが、まず各登壇者のトークは参加者にとってあまり予測のつかない内容だったようだ。各NPOが総じて企業とこれまで連携を取っておらず、その点では経験値が浅く、よって、「どうやったら企業の支援を取り付けられるか?」といった質問に終始していた。率直に言って、初めのうちは噛み合っていないとの印象も受けた。松本社長も事後に語っていたが、NPO側は「みなさん、とてもナイーブ」なのだ。
そこで質疑応答中、松本社長は参加者に「こんな風にすれば企業とつながる」とコツを伝授。これはビジネス上の取り引きでの要領とまったく変わらないのだが、この辺の共通理解がまず大前提だろう。
「1回メールが送られてきて、『では来てください』ということは滅多にない。実際に面と向かって話し、ようやく気持ちが伝わってくる。そのためにも粘り強く交渉すべきだし、企業選びがもっと大事です」
要はしっかりリサーチをし、自身の事業と企業のそれとの相性を考えるのがまず先決だ。筆者の立場に置き換えれば、取材候補者が多くいるなら、リサーチの上に勘も働かせ、適任者を絞り込むのは当然。そんな「メリットも求めるビジネス側の考えと、理想を追求するNPO側とのギャップをどう埋めるか」を松本社長は今後の課題として掲げるのだった。そして、質疑応答終盤には、松本社長はこんな大胆な提案をした。
「CRSに関するアイデアを1000本ノック的に開陳し合うとよいのではないでしょうか? 皆さん、どうですか?」
この呼びかけで会場は沸き、ようやく一つにまとまった感があった。そして、名刺交換会も当然盛り上がった。松本社長は特に丁寧に応対していたので、言葉を交わす機会を待つ人の列が絶えなかった。
最後に結びの音頭を取った猪瀬典夫理事(NPO法人としまNPO推進協議会)の談話にもあったが、今回の発表をした3社いずれも地域と共に生きる企業だ。持続的にどう活動すれば、地域がよくなるのかを考え続けてきた。そこで松本社長が唱える共創・共生型の地域になって行けば、全国にモデルを示せるだろう。
◎企業概要
マテックス株式会社
本社:〒170-0012 東京都豊島区上池袋2-14-11
TEL :03-3916-1231
資本金:1億円
売上高:147.5億円(2022年度)
従業員数:267名(2023年4月1日現在)
https://www.matex-glass.co.jp/
養老乃瀧株式会社
本社:〒171-8526 東京都豊島区西池袋1-10-15-8階
TEL:03-6327-2800(代表)
代表取締役:矢満田敏之
資本金:5,000万円
売上高:52億3387万円 (2021年度グループ総体実績)
従業員数:488名(パート・アルバイト含む) (2022年3月末時点)
https://www.yoronotaki.co.jp/?PHPSESSID=t29n5hfjcj35u3cnf7qie4a4tk
株式会社サンシャインシティ
所在地:〒170-8630 東京都豊島区東池袋三丁目1番
TEL:03-3989-3321(代表)
設立:1966年(昭和41年)10月14日
資本金:192億円
売上高:271億円(2022年度)
社員数:146名(2023年9月現在)
https://co.sunshinecity.co.jp/
◎CSR事業報告者
マテックス株式会社 松本 浩志
養老乃瀧株式会社 籾谷 佳生
株式会社サンシャインシティ 川上裕信