気候変動の原因の一つである二酸化炭素の削減に向けて、大気中の二酸化炭素を減らす「ネガティブエミッション技術」が注目されている。2018年以降、スタートアップの関連事業での資金調達も盛んで、2022年には過去最高の調達額を記録した。日本でも30年までに脱炭素化を目標に掲げる大手企業がネガティブエミッション技術を自社開発する動きや、すでに技術を保有するスタートアップと協業する動きがある。ネガティブエミッション技術を活用して脱炭素化を目指す大手企業とスタートアップの協業の動きを追った。
私が所属するZuva(東京・新宿)では世界中の先端技術を持つ企業のデータを収集・分析している。当社では、SDGsの目標7「エネルギーをみんなに クリーンに」、目標13「気候変動に具体的な対策を」に貢献するネガティブエミッション技術に注目している。例えば、大気中の二酸化炭素を直接回収する技術(DAC、Direct Air Capture)や、二酸化炭素を分離・回収し、場合によっては貯留するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)、二酸化炭素を化学製品や燃料などに変換して利用することも含めたCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)などだ。
こうした技術への注目度の高さは、データからも読み取れる。22年には炭素回収技術を保有するスタートアップの資金調達額は過去最高額を記録した。中でも回収した二酸化炭素をリサイクルする技術を保有する米LanzaTechは、日本企業の三井物産や、住友理工、ANA等と資本提携し、次世代航空燃料SAFの製造を行うなど積極的に自社技術の応用を行なっている。
DAC技術を活用したANAの脱炭素化
22年8月、ANAホールディングスはスイスのスタートアップであるClimeworksと二酸化炭素回収技術の利活用に関する協力について提携を発表した。ANAグループは2050年までのカーボンニュートラルに向けた戦略の中に、持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)の 購入、SAF の調達量拡大につながる出資・投資、CCS、DAC等の活用のための出資・投資に力を入れることを公表している。
Climeworksは世界で初めてDACプラントの商用化を開始したことで知られるスタートアップ。50年までには年間10億トンもの二酸化炭素の回収を計画している。Climeworks 以外にも、大規模なDACプロジェクトの商業化を目指しているスタートアップとしてカナダの Carbon Engineering 、米国の Global Thermostat などが挙げられる。国内企業としては川崎重工業などが 独自の研究・開発・実証を進めている。
国内では「DACは依然、二酸化炭素の回収コストが高く、経済性が見られない」として、当面は様子見という見方が多い。しかし、ANAはClimeworksとの提携を通じて、Climeworksが欧州で商用化する二酸化炭素回収プロジェクトへの出資を検討。将来的には、回収した二酸化炭素を航空燃料の原料として活用することでカーボンニュートラルを実現していく計画だ。
CCUS技術を活用した住友商事の脱炭素化
23年5月、住友商事株式会社は米国グループ会社を通じて、米国のスタートアップであるGlobal Thermostatへの出資及びCCUS分野での共同事業開発を発表した。住友商事グループは、ANA同様2050年までにカーボンニュートラルを達成することを目標としており、2023年1月にはCCUS分野での事業開発に取り組むチームを設立。CCUSのバリューチェーンを構築し、「二酸化炭素分離・回収」「輸送・貯留」「利活用」の事業開発に注力していくことを公表した。
Global Thermostatは、独自の固体吸着材やハニカム構造(正六角形を隙間なく並べた構造)の基材を用いて効率的な二酸化炭素回収技術を開発している。23年6月には日系の経営・戦略コンサルティングファームであるICMGと「Global Thermostat Japan」を設立しており、アジア展開を積極的に行っている。
住友商事株式会社はGlobal Thermostatと共同で、回収した二酸化炭素と水素を原料とした合成燃料の生産技術などの開発を行う予定。合成燃料は次世代燃料や化学品原料として今後大きな需要拡大が期待される。事業化できれば、自社のカーボンニュートラルゴールを達成できるのみでなく、新たな収益をもたらすビジネスにつながる可能性もある。
ネガティブエミッション技術の懸念点
ネガティブエミッション技術には懸念すべき点もある。特にCCUSのような技術は、やり方によっては二酸化炭素の再排出や自然破壊のリスクが高くなる。プロジェクトを進めていくにあたっては技術のみでなく、周辺の環境や生態系へのインパクトなどの観点からも評価していく必要がある。
ClimeworksのCEOはCNBCのインタビューで、二酸化炭素回収コストは今後10〜20年で50%程度に減少すると予測した。課題はあるものの、新たな技術を活用してコストを削減し、効率的に地球規模の温暖化対策を進めることは不可欠だ。技術を持つが資金不足のスタートアップ。資金は豊富で新たな技術を必要とする大企業。これらが結びつくことで、有効かつ低コストの温暖化抑制策を打ち出すことができるのか。日本でも民間企業の挑戦が始まっている。