高砂電気工業株式会社(以下、高砂電気)は、名古屋で創業63年の歴史を持つ老舗メーカーである。
バルブやポンプなどを主力製品として、「細胞から宇宙まで」という言葉通り、医療分野や航空宇宙分野など幅広い領域に貢献し続けてきた。
同社発展の立役者の一人が3代目社長として、先端技術に対応した製品を創出し続けてきた浅井直也さんである。
60歳のとき会長職に就任した浅井さんは、62歳を迎えた現在、障がい者の自立支援に注目し、障がい者の就労を支援する会社を設立するため奔走している。
「新しく設立する障がい者就労支援会社は、高砂電気にとっても良い影響をもたらす」と語る浅井会長と、新会社設立のプロジェクトメンバーである総務の三浦千鶴子さん、製造部の片山恵美子さんに、設立の経緯や障がい者就労支援に対する思いを伺った。
高砂電気工業株式会社が「障がい者就労支援」をスタート
浅井会長が今回満を持して障がい者就労支援に着手すると聞きました。経緯を詳しくお聞かせください。
浅井
高砂電気工業株式会社の代表取締役会長の浅井直也です。
まずは高砂電気のことから紹介させていただきます。高砂電気は、医療や環境、宇宙工学などさまざまな分野に流体制御と呼ばれる専門技術を提供する流体制御の課題解決カンパニーです。
細胞を移動させるマイクロ流体デバイスから、ロケットの推進エンジンまで、「細胞から宇宙まで」に当社の技術が貢献しています。
私は先代社長から事業を継承後、60歳まで社長として高砂電気の発展に尽力してきたのですが、実は50歳の頃からリタイヤ後には障がい者支援に携わりたいなと漠然と思い続けており、62歳になった今、実際に障がい者の就労を支援する会社を設立しようとしているところです。
会社設立の言い出しっぺは私ですが、実際に設立準備を進めてくれているのが、こちらにいる総務の三浦千鶴子さんです。三浦さんは高砂電気で障がい者採用に携わった経験があります。
今は会社設立の準備をしてくれていますが、将来的には障がい者採用をはじめとした総務業務を新会社で行っていただく予定です。
三浦
三浦千鶴子です。高砂電気に45歳で入社し、67歳まで総務として総務業務を担当しました。
その後退職して再雇用となり、現在は持株会社の高砂ホールディングス株式会社で勤務しながら、今回の新会社設立に携わっています。
浅井
そして今回もうひとり来ていただいているのが、高砂電気の製造部で働く片山恵美子さんです。
今後片山さんには職業指導員として、障がい者の方が業務をスムーズに行えるようトレーニングをしていただく予定です。
片山
片山恵美子です。製造部の組み立て検査部門で主任として働いています。会長からお声がけをいただき、今回の新会社設立のプロジェクトに参加させていただきました。
浅井会長と総務の三浦さん、製造部の片山さんの3名で、障がい者就労支援会社の設立を目指していらっしゃるのですね。新会社では具体的にどんな業務を行うのでしょうか?
浅井
新会社では、障がいを持つ人と雇用契約を締結し、生産活動の機会の提供や、知識と能力の向上のために必要な訓練を行う予定です。
障がい者の方々にお任せする仕事としては、高砂電気の製造部の業務の一部である部品の組立や検査、洗浄などの作業を想定しています。
つまり、高砂電気と業務委託契約を結び、高砂電気の製造部の業務の一部を私たち新会社に委託してもらうというかたちですね。新会社にとっては、高砂電気の製造部が「お客様」となります。
障がい者雇用に否定的だった約10年前、若手リーダーの言葉が忘れられない
障がい者の方々に、高砂電気という就労の場を提供するイメージですね。そもそも浅井会長は、なぜ障がい者支援を行おうと思ったのでしょう?
浅井
着手に踏み切った理由は2つあります。1つ目は企業の社会的責任です。企業は社会の一員である以上、営利追求だけでなく、社会課題の解決に貢献すべきです。
様々な社会課題から「障がい者の就労支援」に焦点を当てた理由は、私の妻が障がい児教育に教員として長年従事していたためです。
障がい者が就労機会を得ることの困難さを幾度となく聞いてきて、先ほど申し上げた通り、60歳になったら社長職を辞して、障がい者支援に携わりたいと思いました。
といっても、障がい者支援の経験も具体的なプランも無いので困っていたところ、3年前に京都で自閉症の方の就労支援の一環としてクラフトビールの醸造や開発、販売を行っている「西陣麦酒」という団体と出会ったんです。
障がい者にやりがいのある仕事を提供し、地域住民に美味しいお酒を提供することで皆を笑顔にする「西陣麦酒」の取り組みに感銘を受け、私も同様の支援を始めたいと思いました。
ですから、新会社が安定すれば製造業務だけでなく、障がい者の方々とビールを造りたいと思っているんです。
こんな大きなビジョンは私1人では実現できませんから、総務のプロフェッショナルである三浦さんに話を持ちかけました。ここだけの話、ビール好きな彼女なら協力してくれると思ったんです(笑)。
三浦
浅井会長と奥様から障がい者支援の構想を伺い、ぜひご一緒させていただきたいと思いました。
というのも、ビールも好きですけれど、私自身が高砂電気の総務担当者として障がい者採用に携わってきたなかで、障がい者へのイメージを覆された経験があったからです。
正直に申し上げると採用を始めた当初は、障がい者への期待値は高くありませんでした。「障がいがあるからできないだろう」という思い込みがあったことは否定できません。
しかし、実際に仕事ぶりを見てみるとそのイメージが180度変わったんです。採用した方々は、非常に前向きで、意欲的で、真面目でした。
分からないことは質問し、メモをとり、懸命に覚えるという真摯な姿勢で仕事に取り組んでいます。何より素晴らしいのは、出勤し続けることです。
高砂電気のような製造業では現場が止まると取引先にご迷惑を与えてしまいますから、きちんと出勤し続ける方々はこのうえない人財です。
これほど素晴らしい可能性や能力を持つ人たちなのに、社会で生き生き働ける居場所が少ないなんてもったいない話です。
障がい者の方々に居場所を提供することは私にとって大きな喜びとなると思い、今回お手伝いさせていただくことにしました。
浅井
三浦さんが言ってくれたように、障がい者の方々は様々な可能性を持っています。しかし、高砂電気が初めて障がい者雇用に踏み切った約10年前は、私自身が未熟だったせいもあって中々うまくいきませんでした。
高砂電気では10年程前から障がい者雇用を始めていたのですね。何があったのでしょうか?
浅井
ある社内会議で、障がい者雇用を促進するためには社内体制の整備が必要だと話したところ、参加者から次々に否定的な意見が出てきました。
「準備には時間も労力もコストもかかる」「現場の負担が増える」「そもそも障がい者と働く経験が乏しいので、自信がない」など、障がい者と実際に接する現場従業員の声を代弁するような意見が続出したんです。
雰囲気が良くないまま、会議は終わりの時間を迎えました。すると、当時の若手リーダーが最後に発言してくれたんです。
「みんな目の前の仕事で精一杯だから、障がい者雇用に否定的な気持ちは理解できる。正直、今は仕方ないと思う。でも、いずれはそうでない会社にしよう」と。
凄いですよね。その後、彼は退職してしまいましたが、彼の言葉はずっと心にひっかかっていました。社内体制が未整備のまま障がい者雇用を始めたことで、現場に負担をかけてしまったことが残念でした。
これが「いつか障がい者支援を本格的に実現させよう」と決心した2つ目の理由です。
前回の反省を踏まえて、今回は障がい者就労支援事業を行う会社を高砂電気と別につくることで、障がい者の方々に任せる仕事内容を精査し、就労前の教育を行う体制を整えたいと思っています。
10年程前の現場の声をやっと実現できるチャンスです。
仕事への姿勢を見つめ直し、出社するのが楽しくなる会社へ
今回の障がい者雇用支援会社設立の背景には、約10年前の障がい者雇用に対する心残りがあったのですね。
そうなると、実際に障がい者の方々がスムーズに仕事を始められるように指導する片山さんの役割が非常に重要となってきますね。
片山
そうなりますね(笑)。
今はまだ採用前なので、受託予定の仕事のピックアップや作業内容の精査をしたり、障がい者の方々が大きなストレスを感じずに業務を遂行できる方法を模索したりと、主に仕組みづくりの面から準備を進めています。
「障がい者」と一言でいっても能力や性格には個性があるので試行錯誤の日々ですが、現場のリーダーやサブリーダーたちが、「この仕事もお願いできるんじゃない?」と一緒に考えてくれるなど非常に協力的なので助かっています。
会長に新会社設立のお声がけをいただいたときは、目の前の業務や納期に追われたり、マネジメントや人間関係に苦労したりとメンタル的にしんどさを感じていたのですが、新しいことに挑戦している今は、やりがいや周囲のあたたかさを実感できてとても楽しいです。
片山さんは障がい者の方々と働くことに関してどんな印象を持っていますか?
片山
今まで2名の障がい者の方と5年ほど一緒に仕事をしたことがありますが、先ほど三浦さんが仰っていたように、何事にも一生懸命なので刺激になります。
先日は障害を持つ学生さんが職業体験に来てくれたのですが、慣れない作業に苦戦しつつも、「大丈夫です!」と頑張り続ける姿を見ていた周囲の作業者が「自分も入社したばかりの頃を思い出して泣けてくる」と言っていました。
障がい者就労支援会社が実現して、事前職業訓練を受けた障がい者の方々が製造部の現場に入ってくれれば、高砂電気の従業員にも良い影響が少なからず出るのではないかと思っています。
浅井
三浦
障がい者の方々と接すると、初心を思い出す気持ちは私もよくわかります。本当に純粋ですよね。言われたことを愚直なまでに実行し、欠勤も少ない傾向が強いです。
「障がい」にマイナスのイメージを持つ人もいるとは思いますが、私からすると今まで関わってきた障がい者の方々は「高砂電気で働いてくれて本当にありがとう!」と感謝を伝えたい人たちばかりです。
片山
自戒の念を込めて申し上げますが、社歴が長くなると自分勝手になったり仕事に身が入らなくなったりすることがあります。
仕事に対する姿勢が崩れると、ミスが多くなって注意されることが増え、仕事はどんどん面白くなくなっていきます。
私はそれを変えたいんです。生活の大部分の時間を占める仕事がつまらないなんて本当に苦しいことだと思うので、初心を忘れないでいたいと思います。
障がい者の方々との交流は、自分の仕事への姿勢を見つめ直す良いチャンスになると思うので、今回の障がい者就労支援会社の設立が、高砂電気の従業員にも「仕事に行くのが楽しい」と思ってもらうきっかけになれば非常に嬉しく思います。
そのためにもまずは私が常に笑顔を心がけ、障がい者の方々が仕事に打ち込んで充実した毎日をつくれるような環境づくりや、指導を行なっていきたいと思います。
高砂電気の一人ひとりの誠実さが積み上げた「信頼」に感謝しかない
障がい者就労に対して並々でない思いを持つ皆さんが進める今回のプロジェクトは非常に期待ができますね。2022年11月現時点での進捗状況を教えていただけますか?
三浦
今は事業所の確保が最重要課題です。経営計画や各種手続きに必要な書類などは徐々に完成しつつあるので、事業所に適切な場所さえ見つかればスピードアップしていけると思います。
片山
事業所が決まらないとできない仕事もあるので気がかりですが、関わってくださる皆様の熱意で実現できると信じています。
事業所が早く見つかると良いですね!では最後に今後の皆様の目標と、高砂電気の方々へのメッセージをいただけますか?
片山
目標は、皆が仕事に打ち込んで充実した毎日をつくることです。障がい者の方の指導に関しては、個人の能力や適性に合わせた柔軟な関わりを模索していきたいと思います。
高砂電気へのメッセージとしては、「この間職業体験に来てくれた学生さんの時のように、ぜひあたたかい気持ちで障がい者の方々を迎え入れてくれたら嬉しいです。
私も頑張るので、ご協力をお願いします」ですね。
三浦
私の目標は、新会社を少しでも早く財政的に潤沢にすることです。
障がい者の方々がきちんと生活できるだけの賃金を支払えるくらいにならないと、自立支援にはなりません。
障がい者年金が給付されるといっても、障がい者の方々は一人前の社会人として成長したいという思いを持っていらっしゃると思います。
現代社会では就労すら困難とされていますが、障がい者の方々がやりがいのある仕事をして、生き生きと暮らせる社会作りを目指したいと思います。
高砂電気の皆様には、笑顔で仕事をするためにも、今後職場に入ってくる方々に対してともに働く仲間という意識を持っていただければ嬉しいです。
「障がい者の方々とWin-Winの関係を築いていきましょう」とお伝えしたいです。
浅井
私の目標は、障がい者の方々に仕事のやりがいを感じてもらうことですね。
高砂電気は、ロケットや人工衛星に使用される部品も製作しており、マスコミからは「名古屋の『下町ロケット』」と紹介していただくこともあります。
売り上げの最大品目は、命と健康に関わる医療機器の部品です。
このように高砂電気での仕事は「細胞から宇宙まで」の重要な領域に貢献することであると伝えることで、働く障がい者の方々には「自分の仕事は社会にとって重要だ」と思っていただきたいです。
目の前の作業の規模は小さくても、偉大な仕事の一部には違いありません。
今後は機械部品製造だけでなく、クラフトビール造りや、伝統工芸など様々な仕事も開拓することで、障がい者の方にお任せする仕事の幅も広げていきたいと思うので期待してほしいです。
浅井
最後に高砂電気へのメッセージですよね。本当に感謝しかありません。
最初に申し上げた通り、高砂電気の製造業務の一部を委託してもらうので、高砂電気の工場部門や現場部門のリーダーの協力が得られるかどうかが非常に重要だったのですが、協力的な態度を示してくれていて有難いですし、社長なども私たちの考えを理解して協力してくれて嬉しいです。
良い機会なのでこの場をお借りして、感謝の言葉をお伝えしてもいいですか?
もちろんです。どなたに感謝の気持ちをお伝えしたいですか?
浅井
ではまず、この場にいる三浦さんと片山さんに。
三浦さん、言うだけ人間の私に代わって、設立準備を進めてくれてありがとうございます。私の行き届かないところをカバーしてくれて本当に助かっています。
次に片山さん、障がい者の方々と実際に接する重要な仕事を引き受けてくれてありがとうございます。片山さんなら、皆が「会社に来て良かった!」と思える雰囲気づくりが絶対にできると思うので期待しています。
そして、何より高砂電気の皆さん、私が今この新規プロジェクトを進められているのは皆さんのおかげです。
私は今回の会社設立にあたって関係各所から多大な協力をいただいていますが、それが得られているのも、私が300 名近い企業体の会長だからだと思っています。もし私が一人で今回のプロジェクトを始めていたら、何もできなかったでしょう。
高砂電気の社員一人ひとりが誠実に仕事をして勝ち取った信頼が60年以上積み重なっているからこそ、ちゃんと話を聞いてもらえ、協力してもらえています。
皆さんの存在があってこその会社設立なので、必ず良い結果にします。今後プロジェクトを進めるうえで、さらなるご協力をお願いすることも出てくるかと思います。
何卒ご理解とご協力をお願いします!みんなで笑って仕事ができるようにしていくので、期待してください。
◎企業概要
名称:高砂電気工業株式会社
代表者名:浅井直也
住所:愛知県名古屋市緑区鳴海町杜若66番地
URL:https://takasago-elec.co.jp/
業種:ソレノイドバルブ(電磁弁)およびポンプを中心とする流体制御機器等の設計・製造・販売
電話番号:052-891-2301
資本金:9000万円
社員数:257名(単体)
設立:1963年1月
創立:1959年7月1日