スタートアップやベンチャーをはじめ、多くの会社で利用される「ストックオプション」の仕組みやメリット、種類、歴史、ESGや人的資本経営から活用が期待される背景について網羅的に解説する。よく聞く言葉だが、実際に取得・行使する機会をもったという方は少ないのではないだろうか。
ストックオプションとは?
ストックオプションとは、株式会社の役員と従業員が、自社株を事前に決められた一定の価格で購入できる権利・報酬制度です。この一定の価格のことを行使価格と言います。
付与対象者の役員や従業員が行使価格で株式を取得することで、将来会社の業績があがり株価が上昇したタイミングで、取得した株式を売却することで、取得時の行使価格と売却時の株価との差額をキャピタルゲインとして得ることができる仕組みです。一般にはSOと表現されることが多いです。
付与対象者にとっては、通常の役員報酬と従業員給与とは異なる形で多大な金額を得ることが期待できるため、自社の業績・企業価値向上に貢献すること=キャピタルゲインとしてインセンティブ的に機能します。ただ、逆に業績が期待通り上がらず、行使価格よりも株価が下回る可能性もあります。
総じて、時価総額の低い上場前のスタートアップやベンチャーが利用しやすい制度と言えます。実際に2021年の東京証券取引所における新規上場社数125社のうち、87%の109社がストック・オプションを利用しているとのことです(プル―タス・コンサルティング調べ)。
もちろん、上場企業の場合も、値上がり幅は上場前の企業ほど期待できませんが、業績が安定しており、且つ現時点での株価が安定している分、高確率で利益が出る可能性があるので、社員持株会などと併用してストックオプションを付与することは多いです。
毎年の発行社数ですが、年間で600社前後が発行しているのではないかと推測されています。また、上場企業全体で言えば、日本経済新聞の調べによると、2019年に株式報酬を役員に渡した上場企業の数は1500社強に上ると報道しています(これはストックオプションのみならず、譲渡制限付株式や株式交付信託などを含んだ数字です)。
これは実に上場企業の42%を占める割合です。ストックオプションに限ると、「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書2021」によれば、東証に上場している企業の31.7%がストックオプションを導入しているとあります。グロース市場に限れば、全体の85.0%が利用しているそうです。
ESG経営が浸透したことでガバナンス強化の動き
なぜ、これほどまでに導入する企業が増えてきたのか。その理由にESG経営の浸透が挙げられます。2018年のコーポレートガバナンスコードの改訂で、企業に対して、役員報酬の客観性や透明性が求められるようになりました。これによって、現金中心の報酬体系から業績・株価と報酬を連動させる方が納得性が高く、株主理解が得やすいので、各社で導入が進むようになりました。
また、2022年8月に、内閣官房による「人的資本可視化指針」のガイドラインと、金融庁による「2022事務年度金融行政方針」が発表されました。有価証券報告書で人的資本情報開示を義務付ける方針が示されたことで、今後人材マネジメントの考え方は変化していきます。
ちなみに、人的資本経営とは、人材は販管費に括られるコストという従来の考えではなく、資本・投資の対象として考える経営を指します。いわば、従業員もROI(投資収益率)で見るということです。
世界的に優秀な人材の獲得競争はますます激化しています。人材に積極的に投資し事業価値を高めていく会社が評価される時代ですから、従業員エンゲージメントをいかに高めていくかが要諦となります。この点、ストックオプションは従業員エンゲージメントを高める効果が高いので各社で導入は進むでしょう。
このように、ESGのガバナンス強化の動きと人的資本経営のトレンドという観点から、今後ますますストックオプションをはじめとした株式報酬はスタートアップやベンチャーのみならず、上場企業でも広まっていくことでしょう。
ストックオプションと新株予約権の違い
ストックオプションは新株予約権とも呼ばれます。ただ、両者は厳密には異なります。ストックオプションは社内向けに発行する新株予約権なので報酬制度として捉えることができます。
一方、新株予約権はストックオプションと同じように、会社が発行する株式をあらかじめ定められた価格で取得できる権利ですが、一般の投資家が取得することも可能です。
2つの発行方式「自己株式方式」「新株引受権方式(ワラント方式)」
ストックオプションの発行方式は会社が市場から自社株を購入する「自己株式方式」と増資して新株を発行し、対象者が増資の払い込みをして株式を得る「新株引受権方式(ワラント方式)」の2つがあります。
自己株式方式の場合、未上場のスタートアップであれば、自社株式が売買される市場がないので既存の株主から自社株を購入します。
新株引受権方式(ワラント方式)は、行使期間は10年以内で、発行済み株式総数の10%以内にする必要があり、且つ自己株式方式とは併用できないルールがあります。
ストックオプションの種類
ストックオプションは付与時に払い込みを求めるか否かで無償型と有償型に大別されます。全体としては幾つもの種類に分かれますが、ここでは一般的に広く活用されているものを紹介します。
(無償)税制適格ストックオプション
一般的なストックオプションです。権利を行使するタイミングと付与時の株価の価格の差額が報酬となります。税制適格の諸条件を満たすことで、課税されるタイミングが権利行使時ではなく、株式の売却時となります。企業は損金算入はできません。
ちなみに税制適格の条件として、上限金額や付与対象者、行使期間などの一定の基準を満たしたものが、権利行使時の給与課税免除の税制優遇措置が受けられるようになります。また、1株あたりの権利行使価格をストックオプションの契約締結時の時価以上とすることが求められます。
ストックオプションは付与することで、従業員にインセンティブを期待させ、株価を上昇させることが狙いです。付与したタイミングの株価より低い金額が権利行使の価格では付与した瞬間に利益が生まれてしまいますので、インセンティブとして機能しませんから、税制適格となりません。
無償非税制適格ストックオプション
税制適格ストックオプション以外の無償型のストックオプションです。税制適格の場合とは違い、税制優遇措置がありません。権利行使時には最大で55%の給与課税が適用されます。
株式報酬型ストックオプション(1円ストックオプション)
株式で報酬を支払う形のストックオプションです。税制適格条件は満たしませんので、権利行使と株式売却の両方で課税されますが、企業は損金算入できます。通称、行使価格が1円となるケースが多く「1円ストックオプション」と呼ばれ、経営人へのボーナス、役員退任時に慰労金として活用されることが多いです。
権利行使価額を低くし、権利行使時の株価が実質的な報酬(キャピタルゲイン)となります。権利行使時に金銭負担がほとんど生じないことと、退職金目的で活用される場合は、通常の無償税制非適格SOと違って、最大55%の給与課税ではなく25%の退職金課税となることがメリットとなります。
有償型ストックオプション
通常の無償ストックオプションとは違い、付与されるタイミングで対価の支払いを行います。株式売却時にのみ課税され、損金算入はできませんが、通常の無償税制非適格SOとは違い、課税回数が少ないメリットがあります。また、最大でも20%の課税譲渡時の課税のみになるのが魅力です。
会社が発行したストックオプションを役員や従業員が発行価額を支払うことで購入となります。保有者となった役員・従業員が行使価額を支払い、権利行使することで株式を取得することができます。
信託型ストックオプション
有償ストックオプションと信託を組み合わせる新しいスキームの「信託型ストックオプション」は、公正価値評価と有価証券の設計などの資本政策に長けたブティック系のコンサルファーム、プル―タスコンサルティングが開発したことで広まった手法です。
特徴としては、発行時点では付与対象者や配分を決める必要がなく、ストックオプションを信託し、信託期間が満了するタイミングで、在籍期間や役職、貢献度に応じてストックオプションを付与することができる仕組みです。
従来のストックオプションでは、入社時期の遅い者に付与しにくく、不利になる可能性が高いことや付与対象者が本当にパフォーマンスを発揮できるのか、その貢献度が読めない初期段階で各種条件を定めなければならない課題がありました。
経営サイドにしてみれば、実際に貢献しなかった社員にストックオプションは付与したくないものですし、発行前後で入社する社員間で不公平感がでてしまうことなどは組織全体の士気を下げますので困っている企業が多かったです。
信託型ストックオプションであれば、何度も発行せずに一回で済み、貢献度に応じて社員の割当先を吟味できる、株の希薄化を防げるなどのメリットがあり、注目されています。
ストックオプションの大まかな流れ「発行・付与」と「行使」
ストックオプションのメリットとデメリット
企業にとっては、優秀な人材の採用が可能になるメリット
ストックオプションはメリットの多い資本政策です。経営サイドにとっては、ストックオプションを活用することで本来高額な報酬を必要とする優秀な人材の採用が可能となります。事業を成長させることで将来の株価が上がれば、大きなキャピタルゲインとなりますので、資金力に乏しいスタートアップやベンチャーにとっては、年収の高い人材を雇用しようと考えるときに、自社に来てもらう際に魅力的なインセンティブとして機能します。
また、ストックオプションの行使が可能になるのは、上場時やバイアウトなどのエグジットのタイミングが多いので、それまでに退職した場合は報酬がもらえないので、リテイン(継続採用)し、人材流出を防ぐ面でも機能します。
企業にとっては、従業員のエンゲージメントを向上させるメリット
ストックオプションは、自社の株価が上がれば上がるほどキャピタルゲインも大きくなりますので、役員や従業員の当事者意識・やる気を引き出しやすくなります。多くの企業が導入する理由もこの従業員エンゲージメントを高めることに機能することを期待してとなります。創業期やアーリーステージの段階から長年貢献してくれる仲間に報いたいという経営者も多いです。
企業にとっては、従業員以外のステークホルダーからの協力を引き出すメリット
ストックオプションは、自社のメンバーだけではなく、顧問や業務委託といったステークホルダーも付与対象者となります。社外協力者のエンゲージメントを持続させ向上させるための施策としても有効に機能します。通常、顧問やアドバイザーに付いてもらう方は実績豊富な高名な方が多く、当然、高額な報酬を必要とします。ストックオプションであれば、高額なキャッシュアウトを避けながら、実績豊富な方の協力を引き出すことが可能となります。
企業にとっては、株式の持分の回復ができるメリット
ストックオプションを役員に付与することで、経営陣の株式の持分比率を高めることができます。早めに行使することで、持分比率を回復して上場する活用が可能となります。
従業員にとっては、貢献=自己の利益に直結するメリット
ストックオプションは、社員にとってみても大きなメリットがあります。いくら働いてもインセンティブが期待できない環境下で働くよりも、自分が努力し貢献すること=業績の拡大・株価の向上となり、経営者と同じようにキャピタルゲインが期待できる環境の方が働き甲斐が生まれやすいでしょう。いわば、ストックオプションは、従業員に経営者意識をもたらす施策とも言えます。
従業員にとっては、SOの利益の税負担は、給与所得の税負担よりも軽いメリット
給与の場合は最大で約55%の給与課税がかかりますが、インセンティブとして機能する税制適格ストックオプションの場合は、譲渡課税となり最大でも役20%の税負担で済むようになります。
従業員にとっては、株主になるのと違い、リスクが少ないメリット
通常、株主は所有する株の株価が下落すれば、当然損してしまうリスクを孕みます。しかし、ストックオプションはあくまで株式購入の権利にすぎません。株価が上がった場合にのみ権利を行使すればよいもので、株価が下がった場合には、使用しなければよいだけですので、株主よりもリスクは軽減します。
企業にとっては、株価が上がらなければ従業員のエンゲージメントが著しく下がるデメリット
ストックオプションを付与し、業績をあげることに真摯に取り組んでも、思うように株価が上がらずに、逆に行使価格を下回ってしまうと、キャピタルゲインに期待する従業員の士気は著しく下がる可能性があります。
株価は当然ですが、経済の影響を受けます。自社や従業員一人ひとりの努力ではどうしようもない形で、例えば今回のパンデミックのような外的要因を受けて、株価が下がってしまうこともあります。
ストックオプションに過度な期待を抱かせると、外的要因によって、従業員のモチベーションが低減するリスクが大きくなるので、期待値調整は重要です。
従業員にとっては、SOの有無が不公平感を生むデメリット
ストックオプションを付与した後に入社する従業員との間で不公平感が強まり、組織の一体感を妨げる可能性もあります。実際に入社のタイミングが遅い社員にとってみれば、自社が上場しようがバイアウトしようが、キャピタルゲインを得ることはできませんので、蚊帳の外にいる気分となり、モチベーションも上がりにくいでしょう。
実際に、過去に取材したベンチャー企業では、従業員間の関係性が悪化してしまったケースも見受けられました。これを避けるために何度もSOを発行するようになります。
この点、先述したプル―タス・コンサルティング開発の信託型のストックオプションであれば、従業員間の不公平感を防ぐことが可能となります。
また、付与基準が曖昧な状態で運用することもモチベーションを下げることになります。
企業にとっては、キャピタルゲインを得た人材が流出するデメリット
多額のキャピタルゲインを得た役員や従業員は、労働への意欲が無くなってしまったり、あるいは一区切りついたとして退職してしまうケースが多いです。こうした離職を防ぐために、最近ではストックオプションの権利行使の条件に、一定期間が経過するまでの間、権利を行使できない、あるいは一定期間ごとに権利行使できる株式割合が増えていくといった「べスティング条項」を設ける企業が増えています。
ストックオプションの付与比率
上場するタイミングのストックオプションの健全な割合は、発行済み株式総数の10%以内が望ましいと言われています。IPOを考える会社は、主幹事証券会社のサポートが入りますが、彼らのアドバイスの多くは、付与比率は多くても15%未満に抑えてと言われています。
ストックオプションの付与比率が多すぎると、IPOの後の権利行使によって株式の数が大幅に増えることになり、株式価値が希薄化し、すなわち既存株主の利益が減ってしまうためです。
ストックオプション導入の手続き 発行・付与
ストックオプションを発行するのに必要な手続きは会社法で規定されています。「会社法 第2編 株式会社第3章 新株予約権の第2節 新株予約権の発行」に記載されています。また、上場企業の場合は財務局や証券取引所に事前確認を行わなければならないケースがあります。
SOに要する費用と導入支援するコンサルの相場は?
ストックオプションの発行に要する費用ですが、登記費用9万円と印紙代、株価算定は50~100万円、発行価額の算定50~100万円が相場のようです。
前項で書いたように、ストックオプションの発行手続きはなかなかに複雑です。一口にストックオプションといっても、利用目的によってさまざまな種類があるため、自社で完結して手続きを行うことはあまり現実的ではありません。
アドバイザーのコンサルフィーの相場は、無償SOで20~50万円、有償SOで100~200万円、信託型SOで500~1000万円が目安のようです。
SO支援会社一覧
ストックオプション導入支援を行う会社には以下のような会社があります。ぜひ、ストックオプションに興味を持った方は各社のHPを覗いてみてください。
プル―タス・コンサルティング
SOICO
大和総研
東京フィナンシャル・アドバイザーズ
Stand by C
AKJパートナーズ
GVA法律事務所
(随時追加予定)
ストックオプションの歴史
1920年代まで遡るSOの歴史
ここからストックオプションの歴史について紹介していきます。日本では1997年5月の商法改正によって制度として認定されましたが、制度としては米国で産声をあげたものになります。1970年代以降、有能な経営者獲得を目的に利用が増え、のちに世界に広がっていきましたが、その起源は、なんと1920年代にまで遡るようです。1920~49年という長い間、権利行使時に個人所得で課税するか、株式売却時のキャピタルゲインへ課税するかの議論が行われた記録が残っているようです。
流れが変わったのは、1950年の歳入法「the Revenue Act of 1950」です。ここで、新しいタイプの株式型報酬であるリストリクテッド・ストック(特定譲渡制限付株式報酬)が創設され、長いこと展開されたストックオプションにかかわる課税のタイミングの議論に終止符が打たれました。
1951年当時、個人所得への最高実効税率は91%あり、キャピタル・ゲインの税率は25%だったので、リストリクテッド・ストックの利用が米国内で急増していきました。
ただ、それが1960年代の不況により一転します。新規でオプションを付与する企業は減り、また、一度出した権利行使価格を後に低い価格で再設定するといった企業の恣意的な運用も目立つようになり、「the Revenue Act of 1964」で、低い権利行使価格のオプションへの置き換え停止と、一定の条件を満たすことで、税制上の優遇措置(権利行使時の非課税)が受けられる税制適格ストックオプションが認められることになりました。
1970年代 ニクソン政権下の流れ
1970年代になると、それまで長いこと財政支出によって有効需要を創出して経済調整する、ケインズが説いた大きな政府を推進してきた米国はスタグフレーションに苦しみます。1971年、ニクソン政権はインフレ克服に失敗し、役員報酬を含む賃金と物価を90日間凍結する政策とともに、役員報酬引上げに5.5%の制限を設けました。
この賃金政策によって、役員報酬・賞与は大きく減退し、その抜け穴的運用としてストックオプションが活用されるようになります。当時、賞与には5.5%の制限が設けられていましたが、インセンティブにはこの制限がなく、多くの企業が新たに業績連動の賞与プランの導入を図ることになります。
1970年代 株主資本主義の提唱者 ミルトン・フリードマンの1本のエッセー
株主資本主義の隆盛とストックオプションは切っても切れない関係です。株主資本主義の起源は、新自由主義を代表するシカゴ学派の経済学者ミルトン・フリードマンが打ち出した主張によるところが大きいと言われています。
1970年『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』にミルトン・フリードマンは一本のエッセーを書きました。「ビジネスの社会的責任は利潤を増やすこと」と題されたそのエッセーの内容は、「会社は株主のもの」であり、本来株主が獲得するべき利潤を経営者が倫理観にかられ、株主の同意を得ることなく、環境保全や地域社会への貢献、従業員の雇用維持といった名目でステークホルダーに分配することを諫めるものでした。何故なら、それは株主が得られるはずだった利潤であり、株主こそが自由に使い道を選ぶべきもの。それを経営者の一存で使ってしまうというのは窃盗行為であり、社会主義的だと批判したのです(ミルトン・フリードマンは社会主義が大嫌いな人で有名です。窃盗よりも社会主義であることの方が悪であると考えていた節があります)。
1960~1970年代にかけて世界各国政府はケインズ経済学を信望し、スタグフレーションが起きていたこと、株式市場も株価の低迷に苦しんでいたこと、こうしたことがミルトン・フリードンマンの考え方が浸透した要因にはなるでしょう。この「企業の義務は利益を生み出すこと」というエッセーの影響は大きく、以後今日にいたるまで企業所有論の標準的な見方となっていきます。
それでも、1970年代の役員報酬の内訳をみると、ほとんどが基本給と賞与で、ストックオプションなどの株式報酬の割合はまだまだ小さなものでした。
1990年代 エージェンシー理論によって株主資本主義の到来・SO隆盛
そこから考え方がさらに過激になり、株主資本主義が浸透していく過程では、特に1990年のハーバード大学の経済学者マイケル・ジェンセン教授による「企業は株主のもの」とする見解と共に、ストックオプションが広がっていったと言われています。
マイケル・ジェンセン教授らが説いたのが、組織内のステークホルダーの関係を「依頼人(プリンシパル)」と「代理人(エージェント)」にわけて考える、いわゆる「エージェンシー理論(Agency Theory)」という考え方でした。エージェントである経営者はプリンシパルである株主の意向に従い、株主価値の最大化に努めること、と説くものでした。
このマイケル・ジェンセン教授の理論は民主党クリントン大統領政権下で後押しされていきます。規制緩和によって米国の資本主義は大きく様変わりしていきました。世は金融資本主義時代を迎えます。M&Aやストックオプションが隆盛を極めることになりました。
1990年にマイケル・ジェンセン教授は、CEOの報酬としてストックオプションを与えることが株主価値の最大化に繋がるという論文を発表しました。続いて米議会が93年に追認したことで、経営者へのストックオプション付与に有利な会計基準が認めらることとなりました。ストックオプションを配当することで経営層やマネジメント層が多額の報酬を得る機会が生まれたのです。こうして多くの企業で株主と経営者の利害が一致したことも、株主資本主義が世界に一気に広がっていった要因の一つと言えます。
多くの企業が株価を上げることを経営の最重要課題と捉えるようになりました。多額のストップオプションを得ることは、確かに多くの企業経営者やマネジメント層がモチベーションを高めることに繋がります。ただ、それは自社の株価を上げることになりふり構わなくなる者たちを登場させ、社会全体を見渡したときに弊害は大きかったと言えます。
2000年代 ストックオプションの爆発的増大
実際に1992年~2001年の間で、S&P500社のCEOの報酬は3倍になりました。2000年には、S&P500社のCOEの報酬総額の半分以上をストックオプションが占めるようになりました。
要因としては、上述のマイケル・ジェンセン教授の影響のほかにも、米国の大規模州の年金基金を運用するアクティビスト集団たちが、企業の経営陣に対して、ストックオプションをはじめとした報酬と株主還元との関係性を強めるように要求したことや1991年のSECによる、オプションは付与されたタイミングから6か月保持することというルール変更の影響も大きかったようです。これによって、役員は権利行使後すぐに株式を売却できるようになり、ストックオプションの価値が飛躍的に高まっていきます。
また、クリントン政権下の1993年、IRCによる規則「Section162(m)」によって、100万ドルを超える役員報酬については損金算入が認められなくしたことも、この規則が、ストックオプションなどの業績連動報酬には適用されない、緩やかなものだったため、浸透が進みました。
私にはストックオプション制度や有償信託などの仕組みを否定する考えは一切ありません。実際に、社員のエンゲージメントを高める手法として非常に有効に機能しているし、とくに金銭的余裕のないスタートアップやベンチャー企業にとって、優秀な人材を獲得し、自社にコミットしてもらうためには必須の仕組みと考えています。ただ、多くの企業で運用に行き過ぎた面があったことは否定できない事実です。
行き過ぎたインセンティブ
当時の行き過ぎた風潮を象徴するエピソードを公益資本主義の提唱者原丈人さんはインタビューのなかで語っています。
リーマンショックの起きた2008年、航空機不況で窮地に陥ったアメリカン航空の経営陣が社員に対して、会社が倒産の危機のため340億円分の給与の削減を迫ったことがありました。社員に選択肢はなく要求を呑むしかありませんでした。ところが、それで大幅に経費を削減できた経営陣が次にしたことは、自分たちが200億円のボーナスをもらうことでした。しかも、アメリカン航空の社外取締役がそれにお墨付きを与えて、コーポレート・ガバナンス上何も問題無いと結論づけてしまいました。理屈としては、「会社は株主のものであり、企業価値を上げることに貢献した経営陣にボーナスを渡すのはあたりまえだ」というものでした。
原丈人さんが「異常だ」と嘆くこの事態を、彼が80カ国の国家公務員に講義したところ、「おかしいと思わない」とそう言ってのけた国が2カ国あったそうです。米英の2国です。会社は株主のものだから、従業員に対する340億円という給与は会社に対する負債であり、この毎年続く負債を経営陣はカットした。イコール会社の価値を上げたのだから、ワンタイムの200億円のボーナスを支払うのは、何らおかしいことではないという理屈だったといいます。
こうした行き過ぎた株主資本主義が齎したものは、富める者は富む一方で多くの生活困難者を生み出す超格差社会に他なりません。
総還元性向100%を超える企業
今日IRR(内部収益率)が過度に重要視されるようになり、経営者は短期的な利益を生み出さなければ「経営者失格」の烙印が押されます。株主の過度なROE要求の前に多くの経営者が屈したのです。そして、短期的に如何に利益をあげるかに企業経営の主眼が置かれるようになりました。
ROEをはじめとした株主重視の指標が企業経営の評価指標として定着したことの利点は確かにありますが、弊害もあることは事実です。実際に、ある年度に獲得した利益を再分配する際、株主に利益よりも多額の還元をしようとする企業が数多くでるようになりました。総還元性向が100%を超えるというアホな会社が散見されるのです。
サステナビリティが問われる時代に、株主のみにそこまで還元することのどこに、正義があるのでしょうか。ましてや外国人株主の持ち株比率が60%超の会社も数多く出てくるようになりました。日本人が頑張って稼いだ利潤が、海外に散逸していく現況は改めなければなりません。
企業がR&Dや人材投資を怠れば当然、持続的成長は望めなくなります。それでも短期的にROEを高めることができれば株主にとっては是と多くの企業で評価されたのです。これによって、本来積極的な投資が必要だった成長過程にある企業が、株主の要求に屈し、成長速度が停滞したと思われるケースが散見します。
とここまで書き連ねていて、最後はストックオプションから議論が外れてしまいました。ただ、ストックオプションを導入する会社に、経営陣の行き過ぎた運用は違うのではないか?ということが言いたくて、このコラムを書いたところがあります。
まとめ
ストックオプションは、多くの会社にとって、従業員のエンゲージメントを向上させる点で有効な資本政策です。経営者や役員にのみ、米国のようにあまりに大量のSOを発行することは株主資本主義的行為であり、それはステークホルダー資本主義を信望するcokiとしては推奨できませんが、節度ある形で運用されれば、経営陣にとっても当面の現金などの会社資産の流出を抑制できる制度であることや、従業員やその他のステークホルダーにとっても、業績を向上させることに当事者意識が向きますので、とても良い手法ではないでしょうか。