生産者の営農と生活を守り高め、豊かな社会を築くことを目指すJAグループ。その中でも経済事業を行う全国農業協同組合連合会(以下、全農)の酪農事業は、新鮮でおいしい牛乳や乳製品を消費者へ安定して届ける役割を担っている。
生乳の需給バランスを全国域で調整しているほか、需要拡大や酪農生産支援のための取り組み、乳製品の販売など、酪農家・乳業会社の経営安定に努めている。そうした取り組みがあるからこそ、“当たり前”のようにいつでも牛乳や乳製品が手に入る生活が成り立っているのだ。
しかし、酪農家の後継者不足は深刻であり、未来を担う若手酪農家の育成が欠かせない。そんな中で全農は認定NPO法人キーパーソン21(以下、キーパーソン21)と共創し、酪農の次世代育成を目指し、学生たちへ出張授業を届けている。取り組みの背景や実施して得たもの、今後の展望について、酪農部の挽地さんに伺った。
酪農に携わりたい学生たちへ。未来につながる出張授業
挽地
きっかけは、日本コカ・コーラ株式会社(以下、日本コカ・コーラ)よりご紹介いただいたことでした。日本コカ・コーラが2017~2020年に行っていた、女性の活躍支援プロジェクト「5by20(ファイブ・バイ・トゥウェンティ)」に全農酪農部が参画しており、学生が酪農に興味・関心を持つきっかけ作りや女性酪農家の意欲向上を目指す『「酪農の夢」出張授業』を実施していました。
このプロジェクトの終了後、同プロジェクトに参画していたキーパーソン21と連携した出張授業の継続の打診を日本コカ・コーラより受けたのです。それをきっかけに、2022年3月に初めて共催で出張授業を実施しました。
そして、この授業が好評だったことから、2023年度からは全農主催で酪農などに関心がある学生を対象にした「酪農の夢」コンクールと連携し、受賞校などで毎年1回出張授業を実施するようになりました。
出張授業の様子
共創の決め手となったのはどんなことだったのでしょうか?
挽地
キーパーソン21が最も大切にしている「一人一人が輝く」に非常に共感したからです。酪農家の皆さんは、やりたいことや目指すものをそれぞれ強く持って働いています。「一人一人が輝く」は、まさにそれと通じるメッセージだと感じました。
出張授業ではどのようなプログラムを行っていますか?
挽地
キーパーソン21の「夢!自分!発見プログラム」より2つのプログラムを活用し、スタッフとして若手職員が中心に参加しながら、出張授業を実施しています。
まず「おもしろい仕事人がやってくる!」では、北海道十勝広尾町で新規就農で牧場を立ち上げた女性酪農家、株式会社マドリン代表取締役の椛木円佳(かばきまどか)さんを講師に迎え、酪農の仕事のことや経験談をお話ししていただいています。椛木さんは、酪農女性の交流会「SAKURA会」を立ち上げたり、道内の酪農女性を中心に300名以上を集めた「酪農女性サミット」を開催したり、FM帯広でパーソナリティーを務めたりと、ひときわ輝く酪農家です。お話を通じて、そのパッションを学生たちに伝えていただいています。
そして「すきなものビンゴ&お仕事マップ」では、全農の職員が学生の皆さんと一緒にお仕事マップを書き、その中からわくわくする仕事を自由に発想しながら、「わくわくエンジン®」(※)を言語化しています。
このプログラムは、まだ将来のビジョンが見えていない学生たちに対して、酪農家以外にも酪農家を支える仕事が沢山あることを知り、自分の原動力になるものを見つけるのにとても有効だと感じています。
※わくわくエンジン:だれにでもあるわくわくして動き出さずにいられない原動力のこと。キーパーソン21の登録商標。
椛木さんが酪農について話す様子
酪農家以外にも仕事があると知ってもらうことで、どんなことを伝えたいと考えていますか?
挽地
酪農を学ぶ学生は「酪農家になりたい」という思いから入っている方が多いと思います。ただ、親が農場を経営しているような後継者ではなく、自分で新規農場を立ち上げるとなると、何から始めればいいのか分からなかったり、資金面でも大変だったりします。
でも、酪農に携わる仕事は酪農家だけではありません。例えば、酪農ヘルパーの仕事から始めて、現場で酪農を学んでから自分で酪農を始める人もいますし、私たちのような立場で生産者を支える仕事もあります。そのため、酪農家に限らず酪農に携わる仕事が沢山あることを知ることで、将来のビジョンを描くきっかけになってほしいと思っています。
広がるつながりと、心の変化
出張授業を行ってから、どのような反応がありましたか?
挽地
2024年度に出張授業をした瑞穂農芸高校の学生が、椛木さんのパッションに刺激を受け、北海道の椛木さんの牧場へ2班にわかれ各1週間の牧場研修へ行くことになったんです。出張授業が皆さんのわくわくエンジンをもとに一歩踏み出すきっかけとなり、とても嬉しく思っています。
実際の牧場研修の様子(椛木円佳さんのInstagramより)
また、椛木さんからも、良いつながりが生まれているというお話をいただきました。例えば、出張授業を受けた学生が北海道の大学へ進学し、北海道で再会して交流が続いていたり、出張授業をきっかけにSNSでダイレクトメッセージをもらったりするそうです。
酪農はつながりが大事な仕事だからこそ、未来を担う若者とつながりができていることをとても喜んでくださっており、私たちや学生だけでなく、椛木さんにとってもエネルギーになっていることを感じています。
スタッフとして参加した職員からは、どのような反応がありましたか?
挽地
日々の仕事では大人と関わる機会がほとんどですが、出張授業では将来酪農を担う学生や夢を持った学生たちと話すことができ、職員たちのモチベーションアップにもつながっています。「生産者を支えたいと思い全農へ入会したが、未来ある若者、未来の日本の農業を担う子どもたちに出会うことができ刺激を受けた」「子どもたちを見て、自分も頑張ろうと思った」といった声がありました。
出張授業では職員たちも学生たちと交流をしながらプログラムに取り組む。
挽地
農業学校とのコミュニケーションが生まれたことで、学校の今の実態を知ったり、酪農の理解醸成のイベントや取り組みに学生が参加してくれたりと良い関係を築くことができています。
また近年、酪農のイメージは「きつい、汚い、危険」の3Kと表現されることがあり、酪農の後継者不足や離農も進んでいます。加えて、乳牛を飼う農業学校が減っていたり、畜産学科が定員割れしたりしているという現状も学校から聞きました。そして私自身も、働く中で厳しい現状を身に染みて感じています。
しかし、そんな中でも意欲と明確な目標をもって酪農を学んでいる学生が沢山いるのだと、出張授業を通じて知ったことは大きな学びでした。学生たちは酪農業界の宝ともいえる存在です。だから、そういう学生をサポートしていきたいですし、この出張授業も学生を応援できる機会にしたいという思いが強くなりました。
若者の夢が、産業を元気づける。より多くの学生へ届けたい
共創する中で、キーパーソン21のどのようなところに魅力を感じていますか?
挽地
学生との距離の縮め方がとても上手く、キーパーソン21に共に参画いただけるからこそ学生の本心をより引き出せていると感じています。また、職員も事前にプログラムを受けており、自分では気づけなかったわくわくエンジンを見つけることができ、職員も自分自身の振り返りのきっかけとなっており、プログラムのすばらしさを感じています。
挽地
全農酪農部では酪農家、消費者双方に向けた情報発信や理解醸成活動を行っていますが、酪農の未来を担う学生を応援する機会は多くありません。そのため、今後もプログラムを通じて、酪農の未来を担う学生へ酪農や牛乳・乳製品などの魅力を伝え、興味・関心を持ち深める場を提供していきたいです。未来を担う若者が夢を語る姿は、酪農家にとっても大きな励みになります。だからこそ、より多くの学生に出張授業を届けていきたいと考えています。
また、学生とのつながりもどんどん広げていきたいと思っています。出張授業を受けた学生が大人になって酪農関係の仕事に就いた時に、交流を深めるきっかけにできたら嬉しいです。仕事で全農と関わる機会があった時、「出張授業をしてくれたところだ」と少しでも知っていたら、交流を深められるきっかけになると思うんです。
学生と距離を縮めることは簡単ではありませんが、キーパーソン21のプログラムなら、コミュニケーションを通じて距離を縮めながら学生の本心を引き出すことができます。今後も活用させていただき、学生とのつながりを深めながら相乗効果を生み出していきたいです。
全農とは、これからの時代を作る若者のために、親和性高くご一緒できていると感じています。酪農を学ぶ生徒の中には、「親が酪農家だから」とその道を選んでいる子もいます。そういう子が「プログラムを通じて酪農の仕事の幅広さと可能性を感じて、親の仕事に誇りを持った」と言ってくださった方がおり、本当に尊いことだと感じました。
そして、全農との共創を通じて、酪農に関わる皆さんが誇りをもって「命の産業」である酪農を守っており、皆さんの誠実さが産業を育み、同時に私たちの栄養や生活が育まれているのだと分かりました。それがとても印象的で、日本の宝だと心から思いました。
これからも誇りとやりがいを持って働けるよう、自分の中のわくわくエンジンを信じて進んでもらうために私たちも力になっていきたいです。
◎組織情報
全国農業協同組合連合会
本所所在地:〒100-6832 千代田区大手町1-3-1 JAビル
設立日:1972年(昭和47年)3月30日
◎団体情報
団体名:認定NPO法人キーパーソン21
事務所所在地:神奈川県川崎市中原区新丸子東2-907-25 ハイツ武蔵小杉704
設立日:2000年12月10日
URL:https://www.keyperson21.org/
◎インタビュイー
全国農業協同組合連合会
酪農部 総合課 挽地多英