
川崎市で発生したストーカー殺人事件をめぐり、神奈川県警が自らの捜査遅れを認め、謝罪に追い込まれた。被害者の安全確保に失敗した責任は重く、処分対象は退職者を含む40人にのぼる。なぜここまで多人数の警察官が処分される事態に至ったのか。警察という組織の機能不全が浮き彫りになり、県民の間に深い不信感を残している。
川崎ストーカー殺人事件の概要:救えなかった命
川崎市に住んでいた岡崎彩咲陽(あさひ)さんは、当時20歳。元交際相手の白井秀征被告(28歳)からの暴力や執拗なつきまといに悩まされ、家族とともに神奈川県警へ繰り返し相談していた。2024年6月以降、複数回にわたって警察へ助けを求めたが、対応は後手に回った。同年12月、岡崎さんは行方不明となり、2025年4月、白井被告の自宅から遺体で発見された。
白井被告はストーカー規制法違反や殺人、死体遺棄の罪で起訴されている。
県警は「危険性や切迫性を過小評価し、初動捜査も不十分だった」と認め、被害者を守る機会を逸した事実が明らかになった。
検証報告書が指摘した重大な過ち
2025年9月4日に公表された検証報告書では、神奈川県警の対応の不備が次々と明らかになった。
・被害の危険性や切迫性を軽視
・行方不明直前の初動捜査が不十分
・「事件性が低い」と誤った判断
・「人身安全関連事案」への対応体制が形骸化し、組織として機能不全に陥っていた
とりわけ深刻なのは、複数の部門間での連携不足だった。生活安全部と刑事部の間に情報共有の仕組みが整っておらず、川崎臨港署と県警本部との連携も十分ではなかった。現場担当者や幹部の当事者意識の薄さが、結果的に重大な結果を招いたと報告書は結論づけている。
異例の40人処分 広がる不信感
今回の検証結果を受け、神奈川県警は異例の大規模処分を発表した。
その対象は退職者を含め40人にのぼり、一度の処分としては異例である。
具体的な処分は以下の通りだ。
・川崎臨港署の署長と副署長:戒告
・当時の生活安全課長:減給1か月
・相談を受けた捜査員:訓戒や所属長注意
・本部の人身安全対策課の課長ら:口頭厳重注意
さらに、遺族への説明の場で「必要な措置は講じてきた」「相談を受けた認識はない」と誤った発言をした幹部も処分対象となった。これらの対応が、遺族への二重の苦しみを与えたことは否定できない。処分の規模が大きいことは、単なる個人の過失ではなく、組織全体の問題であったことを示している。
警察は市民を守れるのか
「なぜ40人もの処分が必要になったのか」。
この問いに、多くの市民は不安を募らせている。
本来、警察は被害者を守る最後の砦であるはずだ。だが今回の事件では、その役割を果たすどころか、組織的な不備によって命が失われた。再発防止のためには制度や仕組みだけでなく、現場捜査員一人ひとりが被害者の命を守る意識を持つことが不可欠だろう。
再発防止策は有効か
神奈川県警は再発防止に向けた取り組みを発表した。
・本部に「参事官級ポスト」を新設し、司令塔としての機能を担う
・専門の係を設置し、事案を継続的に管理
・部門間の連携を強化し、署への指導を徹底
・危険性の高い事案の見逃しを防ぐための教育を実施
だが、こうした制度設計が実効性を持つかどうかは不透明だ。過去にも警察は不祥事のたびに「再発防止策」を掲げてきたが、十分に機能してこなかった例は少なくない。市民の信頼を回復するためには、具体的な成果を示すことが不可欠だ。
遺族への謝罪と県民への説明責任
神奈川県警はすでに岡崎さんの遺族に対し、検証結果を報告し謝罪した。しかし、遺族の悲しみと不信は簡単に癒えるものではない。警察監察官室の向井洋室長は「被害者の安全確保を最優先とした対応を徹底するよう組織一丸となって取り組む」と述べているが、その言葉を県民がどこまで信じられるかは今後の行動にかかっている。
県民が求めているのは「言葉」ではなく「行動」である。再び同じ過ちを繰り返せば、警察という組織そのものへの信頼は取り返しのつかないほど失墜するだろう。
信頼回復への道は遠い
川崎ストーカー殺人事件は、被害者を守るべき警察が機能不全に陥った結果、若い命が奪われた痛ましい事件である。異例の40人処分は、その責任の重さを物語っている。
しかし、市民の不信感は容易には拭えない。「警察は信用できるのか」という問いが突きつけられたままである。信頼回復への道のりは遠く、その第一歩は、再発防止策を形だけで終わらせず、実際に被害者を守れる組織へと生まれ変わることだろう。
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