
東京都大田区に拠点を構える株式会社ハッシュは、2008年に創業した洗剤メーカーだ。
看板商品は、特許を取得した染み抜き剤「スポッとる」。手がけるのは、三代続くクリーニング店の家に生まれ育った代表取締役・浅川ふみ氏である。
「落ちない染み」に抗う、町のクリーニング店の三代目
老舗の家業に育ち、幼いころから「大人になったら自分もクリーニング屋になる」と疑わなかった浅川氏は、自然と家業に従事するようになった。
しかし、現場で感じたのは「落ちない染みは返すしかない」という業界の限界だった。衣類に残ったシミに黄色い紙を添えて返却するたび、顧客の落胆に胸が痛んだ。
「お客様が本当に求めているのは、きれいにして返してくれること。でも、それができないのは自分の技術不足なんじゃないか。そう思って、染み抜きの技術を一から学びたくなったんです」。
独学での研究と父との対立、それでも諦めなかった理由
ところが、専門の学校や師匠に弟子入りするには費用も時間もかかる。家業の現場では「余計なことをするな」と父からたしなめられ、失敗すれば弁償。
厳しい現実の中、浅川氏はこっそりと自分だけの調合を始めた。薬品の知識も機材も限られた中で、何十通りもの組み合わせを試し続けた。
「正直、何度も失敗しました。色が抜けてしまったこともありますし、服を台無しにしてしまったこともありました。でも、諦めたくなかった。服には思い出が宿っているからです」。
浅川氏が最初に成果を感じたのは、業務で使う白衣の襟に付いた黄ばみが、自作の薬剤で見事に落ちたときだった。
「これならいける」と手応えを掴み、やがて家業のクリーニング店でも、その液体を使うようになった。
顧客からは「他店で落ちなかったのに、きれいになった」と声をかけられるようになり、父も「これがないと商売にならない」と認めるようになっていた。
ある日、常連客から言われた「それ、瓶に詰めて売ってくれない?」という言葉をきっかけに、家庭用商品としての開発が始まった。
“スポッとる”の誕生と拡がる支持、ECから全国へ

2008年、浅川氏は家業とは別に株式会社ハッシュを創業。「スポッとる」と名づけた染み抜き剤の販売を開始した。
当初はネット通販サイトを自作し、最初の月に2本売れたときは「本当に誰かが買ってくれた」と涙が出たという。
そこから数年後、東急ハンズのバイヤーからの一本の電話が人生を変える。新宿店での実演販売を通じて、商品は次第に注目を集め、やがて全国展開へ。
現在はロフトやドラッグストアでも販売されており、累計販売数は80万個、売上総額は6億円。直近の年商は1億円に到達している。
スポッとるは、分子分解技術により、生地を傷めずに古い黄ばみや血液、化粧品汚れまでも除去できる点が特長だ。酵素による“過水分解”で汚れの構造そのものを壊す構造により、デリケートな素材にも使用可能。
「クリーニング屋だからこそ見えた“現場のリアル”が詰まっている」と浅川氏は語る。

サステナブルな洗剤開発へ。服と環境の未来を守るために
2023年には、スプレーしてシャワーで流すだけで洗濯が完了する「ルーシーミスト」を新たに発売。旅行や災害時にも活用できるこの簡易洗浄剤は、「洗濯の新しい形」として話題を呼んでいる。
現在、浅川氏が最も力を入れているのが、環境に配慮した天然洗剤の研究開発だ。東京都のゼロエミッション事業の支援を受け、ムクロジという木の実から抽出した天然界面活性剤の製品化に取り組んでいる。
「おばあちゃんに『油は流すな。川を汚して自分に返ってくるからね』と教わって育ちました。環境を守りながら、きちんと汚れを落とせる洗剤を作るのが私の夢なんです」。
クリーニング業界は今、構造的な課題に直面している。高齢化と規制強化により、新規出店は難しく、家業も現在は1店舗を残すのみ。それでも浅川氏は、「技術は形を変えて生き続ける」と信じている。
「服を大切にすることは、自分を大切にすることでもある。お気に入りの服がまた着られるだけで、気持ちが明るくなる。そんな“甦る感動”を、これからも届けていきたいと思っています」。
◎プロフィール
氏名:浅川 ふみ
生年月日:1976年12月25日(48歳)
出身地:東京都
肩書:株式会社ハッシュ 代表取締役
資格:クリーニング師
経歴
1994年 家業である老舗クリーニング店に従事。2008年に洗剤メーカー「株式会社ハッシュ」を設立。
2023年「第35回東京都大田区中小企業新製品コンクール」受賞 2025年3月には研究拠点「ハッシュ ラボ」を設立し、さらに環境に優しい製品開発や新しい洗濯文化の創造に取り組んでいる。